17話:彼の気遣い
「サラ、ここで一旦休憩にしませんか? 一時間程休息し、後はそのまま森の外へ出て、初日の今日は、村に泊まりましょう」
「休憩を十五分にして、先を急いだ方がいいのではないですか? 村ではなく、その隣の町で宿を取った方がいいのでは?」
家を出発して三時間。
その間、短い休憩を何度かとり、ここまで来ていた。森の外まであと少しだった。
幸い冬は始まったばかり。
まだ本格的な雪の季節ではない。
それにこの辺りは私が魔法で雪を降らせるが、本来、雪はそう降るエリアではなかった。
それもあり、昨晩降った雪は、家を出る時にはすっかり消えていた。日の出と共に気温も上昇したということもある。
よって問題なく、森の中を進むことができていたのだ。
そうではあっても。
箒があればあっという間だが、私一人の移動ではない。それに大技になる転移魔法は、そう連日連発で使うものではなかった。結局徒歩での移動となる。
いずれかの村や町で、馬を調達する必要はあるだろう。
「確かにサラの言う通りです。でも町は村に比べ、人も多い。ちょっとずつ慣れた方がいいのではないですか?」
「それは……」
ランスは私が人間嫌いだと理解してくれていた。
いきなり人の多い町へ行くのではなく、村で一泊することを提案してくれたのだ。
つまり先を急ぐ気持ちはある。でも無理はせず、少しずつ人間に慣れてください――ということだ。
そんな気遣いができるなんて。
やはり私が感じていた通り、ランスは優しい人間だ。
ポーションや魔法アイテムは提供するが、助太刀はしない。ただ同行するだけ。そんな少し意地悪とも捉えられる提案にも、大喜びしてくれた。
こんなランスなら、女性はすぐにメロメロだろう。
問題はその女性を、ランスが好きになれるかどうか。
真実の愛、それすなわち相思相愛。
どちらか一方が、盲目的に好きでは始まらない。
好きの演技では、太刀打ちできない。
見つかるといいのだけど。その相手が。
結局、ランスの提案通りで、一時間程休憩をとり、昼食を摂った。そして森を抜け、村に到達した。
◇
村の中央にある、時計塔前の広場。
ベンチにホークと二人で座っていると、ランスが笑顔で戻って来た。
王太子という身分を知っているせいか、本当に王子様に見える。
「宿を確保できました。今日は二人ともお疲れさまです。夕食まで、部屋で休んでください」
ランスの言葉に良かったと思いつつ、既に明日のことを考えていた。そこで私は尋ねる。
「明日からの移動に備えた馬の確保は?」
「それは僕がしておきますよ」
「殿下。身一つで森に現れましたよね。……お金、あるんですか?」
こう見えて私はお金を持っていた。
魔法では生み出せない物もある。
紅茶の茶葉、チョコレート、砂糖など、街で調達するものもあった。ゆえにポーションや魔法アイテムを気まぐれで販売し、現金を手に入れていたのだ。
「この剣は身分の証になります。王家の紋章を提示し、サインをすることで、後に王宮へ請求が行きます」
「! でもそうなると、足取りを追われるのでは!?」
「大丈夫です。王家への請求は月末で一括処理。そして今は月の初めですから」
なるほど。そういうことですか。
ランスは水戸黄門の印籠を持っているようなものなのね。
剣を大切にしている理由がよく分かった。
でもそれは、それ。
「私は意外とお金持ちなんです。ポーションや魔法アイテムを売って得たお金がありますから。それでいて大金を使う機会なんて、滅多にありません。よってホークと自分の分は払います。宿代も馬代も。なんなら殿下の分も払っても構いません」
「サラは随分と頼もしいですね。分かりました。その気持ちを尊重します。それに小銭が必要なお店も沢山あるので、現金があるに越したことはありません。そこは出していただけますか」
「勿論です!」
ランスの柔軟な対応を快く思う。
権力者側にいる人間とは思えなかった。
「では一旦、荷物を置きに宿へ向かいましょう」
ランスに促され、宿屋のロビーに着くと、ホークが盛大な抗議を始める。
「どうしてサラと同じ部屋ではないんだよ!」
「!? ホーク。君は今、人間の男性の姿です。未婚のサラと同室なんて許されません!」
ランスが目を丸くして、断固拒否する。
だがホークはめげずに言い返す。
「何を言っているんだか。俺はサラの使い魔なんだ! 殿下のペットじゃない! なんで殿下と同室なんだよ!」
「ホーク! 大人しく言うことを聞いて頂戴。ここは森ではなく村だから、殿下が言うことが正しいわ。未婚の女性が異性と同室なんて、不埒だって思われちゃうのよ」
私がいさめようとするが、ホークは譲らない。
「なら俺、鷹の姿に戻る!」
「もう、ホーク! 我がままを言わないで」
「でも俺はサラと一緒がいいんだ」
ホークは私の手を取り、上目遣いで見る。
こういう時のホークは、そのワイルドさもあいまって、とても色気が出ていると思う。
「気持ちは分かるわ、ホーク。私だってあなたと一緒がいい。でも、ここは人間が沢山いる場所なの。我慢して」
「サラ……」
昔からそうしていたように。
私が子供の頃からそうだったように。
ホークが私をぎゅっと抱きしめる。
両親もいない。兄弟もいない。
精霊は透き通った質量をもたない存在で、鳩ぐらいの大きさ。
誰かに抱きしめてもらう。
それはホークやココが人型になった時にしかできない。そして今、ホークにぎゅっと抱きしめられても、私は何も変な気持ちにはならなかった。
「な……! い、いけないです、サラ! こんな人前で、ハグではない抱擁を異性とするなんて!」
「何言っているんだよ、じいさん。昔から俺とサラとココは、こうやってきた。これは寂しい時、悲しい時、なぐさめたい時、なぐさめて欲しい時なんかにする、気持ちを落ち着けるための行動だ。やましい目で見るなよ!」
「ホーク、じいさんではなく、殿下よ。それにそんな言い方はダメ! ランス殿下は許してくれている。でも王侯貴族が見ていたら、ホーク、あなた不敬罪になるわよ」
びしっと言うとホークがしゅんとするので、「よしよし」とその頭を撫で、再び抱きしめると。
「サラ! ず、ずるいですよ! どうして、ホークだけ……」
ランスはなぜかその碧眼の瞳をうるうるさせ、頬をうっすらと紅色に染めていた。しかもそのブロンドに白髪が見え隠れしていることに気付き、心臓がドキッとする。
もしかして一人だけ抱きしめてもらえない=仲間外れにされていると感じてしまった!?
これぐらいで!?と思ってしまうが、自分がその立場になれば、寂しいと感じるだろう。
「ランス殿下。仲間外れにするつもりはありませんでした。殿下も間違いなく、仲間です。寂しく感じる必要はありません」
「サラ……! そんな、そういう意味では」
ふわりとランスを抱きしめる。
宮殿では孤独を感じ、私が住む森まで流れ着いた。
まだまだ心はリハビリの最中なのだろう。
「サラ……」
まるで子犬が「きゅうん」と鳴くようにランスが私の名を呼ぶ。
遠慮がちにその腕が私の背中に回された。
ホークと違い、ランスの心臓は忙しそうに鼓動している。
だ、大丈夫かしら!?
緊張させているのでは?
ホークやココとするぎゅっとを思い出し、ランスを抱きしめている私は、気持ちが落ち着いている。完全に癒しモードで、ランスを異性として意識することはない。こうやってぎゅっとするのは、やましい気持ちとは無縁だからだ。
でもランスからすると、違うのかもしれない。
男性にばかり囲まれ、育ったと言っていたのだ。
そろそろ離れようとすると、ホークが先に「もういいだろう! 馬の調達にも行かないといけないし!」と声をあげる。ランスは名残惜しそうだが、お互いにゆっくり体を離す。
私はすぐに彼のブロンドを確認するが、艶やかに輝き、白髪はない!
成功だった!
もし老化の兆しがでたら、人の温もりを感じさせるといいのかしら? 私がココやホークに抱きしめられた時、元気が出るように。ランスも抱きしめられることで、心が安定するのかもしれない!
お読みいただき、ありがとうございます!
ランスには嬉しい勘違い!?
次回は「第18話:ほっこり心が温かく」です。
「……もしや新婚か?」――(何ですって!?)