16話:こうなったら……
転移魔法を行使し、おじいさんを連れ、家へ戻った後。
すぐに入浴の準備を魔法で整え、お湯に浸からせたが……。
それだけではなかなか体は温まらない。
ポタージュを飲ませたいが、意識がないので難しかった。誤嚥は避けたい。
ならば。
ベッドに寝かせ、私の体温を使い、おじいさんを温めることにした。
私は火系統の魔法はあまり得意ではない。
森で暮らす精霊に魔法を習ったせいか、火系統の魔法はほとんど教えてもらえなかった。何せ森にとって火は、天敵みたいなもの。竈に火をつけるぐらいの魔法しか扱えない。もし火系統の魔法を使えれば、何かおじいさんの体を温める方法があったのかもしれないが……。
ひとまずココに頼み、ベッドウォーマーはセットしてもらっていた。ベッドの中はぽかぽかに温まっている。
ベッドにおじいさんを横たえると、その姿は会ったばかりと変わらない状態だ。髪は短く、髭こそがないが、疲れ切った様子に胸が痛む。
「ココ、ホーク。これからおじいさんの体を温めるから、後のこと、任せてもいい?」
「任せておけって。人型になれば、なんでもできるから」
「ちゃんと食事もするわ。……サラはいいの?」
お腹は……本来空腹になっていい時間だった。
でも食欲は……感じない。
「魔力を使い過ぎて、体を休めたい状態なの。空腹も感じないわ」
「! なら早く休むといい!」
「そうよ、サラ。無理は禁物よ」
ココとホークに背中を押される形で、おじいさんの眠るベッドに潜り込む。
魔力を使い過ぎて疲れた。
それは事実。
おじいさんに寄り添うようにして目を閉じると、すぐに睡魔に襲われる。
そして目覚めると――。
そこにはおじいさんではない。
ランスがいた。
◇
まさかランスに抱きしめられた状態で目覚めるなんて!
これは完全に想定外だった。
しかもランスが語ったことに、私は「参ったな」と心の中で思う。
私から離れると、ランスはターニャの呪いに負け、再びおじいさんの姿になり、森の中で行き倒れるだろうと言うのだ。
そんな、まさか!――ではない。
まさにその通り!――だ。
だって冬の森の中で倒れるランスを、放置できるはずがない!
森の中で行き倒れるから、つい助けたくなる。
ならば魔力も回復したし、街にランスを転移させればいいのか。
そうも考えたが……。
おじいさんの姿で、街で行き倒れていた場合。
そのまま放置される可能性が高かった。
救済院という孤児院の大人版も街にはある。だが身寄りのない老人を収容する救済院は、寄付で賄われていた。運営はかつかつであるし、収容しきれないため、野山に老人を置き去りにする心のない人も出てくるわけだ。
結局。
北の魔女ターニャの呪いに対抗するには、ランスの精神力が、強靭な状態でないといけない。だがおじいさんになったランスは、完全に呪いの力に負けている気がする。だからこそ生命線となる水袋や食料まで、放棄してしまうのだ。
おじいさんになると、急に心が弱くなるのは、当然に思える。十代からいきなりおじいさんになり、体の機能が衰え、さっきまで出来たことが出来なくなるのだ。普通は心が折れる。
そこまで思い至った私は、仕方ないな、と思う。
どこか困っている人を放っておけないのは、私の生来からの気質だ。
そこで私はランスに、こう伝えることになった。
「北の魔女ターニャを倒すことは、手伝えません。そこはポーションと魔法アイテムを提供するので、勘弁してください。でもターニャが住む北の谷までは、同行します。ランス殿下がおじいさんになると、いろいろと困ると思いますから。私のことは、使用人とでも思ってください」
「! 本当ですか! 同行くださるのですか!?」
眩しい程の笑顔になったランスは、碧眼をうるうるさせている。
「ど、同行するだけです。助太刀はしないんですよ? ご自身で真実の愛のお相手を探す必要があること、分かっています?」
「分かっています。……感謝のハグをしていいですか?」
本当に分かっているの!?
しかも感謝のハグ?
え、ベッドで未婚の男女が横になった状態で?
ハグ……。
たとえハグだとしても!
この状態ではダメでしょう。
「感謝は言葉だけで十分です」
ランスの顔は分かりやすい程、しょんぼりしたものになる。
精神力が弱まる=老化。
今のランスに必要なのは、心を強くすること。
そしてどうやらその役目は、困った人を放っておけない私にかかっているようなのだ。
「……一度ハグをしたら起きます。もうそろそろ起きていい時間なので」
「ありがとうございます!」
声に喜びを溢れさせたランスは、私のことをぎゅっと抱きしめる。
おじいさんの時は干からびた大根みたいなのに。
今、こうやって元の姿を取り戻したランスはとても力強かった。
ランスの胸の中は広く、温かく、とても心地いい。
なんだかこのまま再び眠りたくなる。
「サラ、朝食を用意したぞー!」
「おはよう、サラ! おじいさん、元気になった?」
ココとホークが部屋にやって来て、私は慌ててランスの胸の中から離れる。
こうしていつもの服に着替え、朝食の席に着くと。
私はランスに同行することに決めたと、ココとホークに話すことになった。
基本的にココもホークも。
私の気持ちを尊重してくれる。
「じゃあ、留守番は私に任せて。今回はたっぷりの魔力で私を人型にしてもらえるかしら、サラ?」
ココの提案に同意し、その姿を人型に変える。
パステルピンクのワンピースに、白のフリルたっぷりエプロン。人型のココはアキバのメイド風だ。
そしてミルクティー色のふわふわの髪からは、リアルウサギ耳がある。瞳はピンクで、まさに“萌え萌え”だ。不思議なのは特にそこを強化しているわけではないのに。人型のココの胸は大きい。
ちなみにお尻には、丸い可愛い尻尾もついている。
この見た目だと、完全にラブリーだが、戦闘力は意外とあった。
実際にウサギも怒ると、足ダンをしたり、物を口でくわえ、放り投げたりする。ココも稀に森の中で天敵に会うと、すぐさま人型となり、蹴りの攻撃を繰り出す。
「ココが留守番なら、俺は旅の護衛、だろう?」
ホークが人型になると、それはランスともまた違う、ワイルド系美青年になる。
黒髪に金色の瞳で、日焼けした肌をしていた。
猛禽類なだけに、全身にしなやかに筋肉がついている。
シュッと引き締まった体躯で長身。
本人希望で、シャツもズボンもマントも全て黒。
ナイフ使いで手裏剣のようにナイフを投げる。
槍も得意。でも弓矢は嫌い。
まあ、鳥類は……弓矢は嫌いよね。
ランスにはセレストブルーの上衣とズボン、そして濃紺のフード付きロングマントを用意した。
「準備は整ったな。よろしくな、じいさん!」
「ホーク、殿下とお呼びして!」
「へい、へい」
「では出発しますか」
ランスは昨日とは一転。
凛々しい王太子として、笑顔で扉を開けた。
~第一章「出会い編」完 ・To be continued……~
お読みいただき、ありがとうございます!
ランス、ホーク、私の旅が始まります――!
次回は第二章「第17話:彼の気遣い」です。






















































