15話:もう、二度とは会えない
温かい。
初雪が降る森にいたはずなのに。
どうしてこんなに全身が温かいのだろう。
巨木の幹に寄りかかっているだけで、こんなに温かくなるはずがない。夏ではないのだから。
そうなると……。
遂に天に召されたのか。
餓死するか、獣に襲われるのか。
でも結局、凍死、だったのか。
いずれであれ、天に召されると無になるのかと思っていた。思考はできず、感覚もなくなるのかと。
でも今こうやって考えることができている。
温かさも感じていた。
そして……。
もう、二度とサラには会えない。
それを悟ると……。
あの森で目を閉じた時でさえ、涙を流さなかったのに。今ここで泣くなんて。
「いつか国王として立った時。感情のコントロールは重要になります。どんな時にでも冷静に。落ち着いて。気持ちが乱れる時は心を無にしてください。深呼吸を繰り返し、沈めてください」
王太子教育で繰り返し言われたことだ。
言われた通り、一度頭を空っぽにして。
深呼吸をすることで、確かに気分の乱れを抑えることができた。
でも今は……。
涙が止まらない。
こぼれる涙を頬で感じた。
その一方で、腕と脇腹や胸の辺りに、何かが触れている。そしてそこは特に温かさを感じていた。
肉体はなく、魂だけの存在になったわけではないのか……?
目をゆっくり開けると、見慣れた景色が見える。
見慣れた景色。
それは魔法に関する書物、薬草や植物に関する図鑑、古代語の本などがびっしり詰まった本棚だ。
サラが一人暮らしをしていた三角屋根に煙突の家。
使い魔のココとホークがいても、一人暮らしの家だ。本来、サラがポーションを作るのに利用していた部屋を、急遽僕の寝室にしてくれていた。
ベッドこそあるが、本棚が壁一面を埋め尽くしている。ゆえに毎朝目を覚ますと、いつも目に飛び込んでくるのが、その本棚と沢山の本だった。
天に召された。
でもそこにはサラの家が、僕が使わせてもらった寝室が、再現されているのだろうか……?
そんなことを考え、本棚から視線を動かしたその先に、シルバーブロンドが見える。
ドキッとして思いっきり自分の右腕の方を見ると……。
サラ……?
白い綿の寝間着を着たサラが、僕に寄り添うように目を閉じている。
これは本物のサラなのか?
もし本物なら、サラは僕と一緒に天に召されていることになる。
心臓がドクン、ドクンと大きな音を立てていた。
僕が息絶えたのなら、それは雪が降る屋外にいたからだ。
でもサラが僕と同じ場所にいるということは……。
なぜ、サラは命を落とした!?
僕が家を出た後、何か事故でも起きたのか……?
ゆっくり腕を動かそうとして、ハッとすることになる。
しわしわの手。
老人のままだ。
天に召されても、呪いは解けないのか……?
苦い気持ちになりながら、サラに触れる。
温かい。
そうだ。
こんなに温かいのだから、サラが命を落としたわけがない!
ということは。
これは現実、なのか?
現実……。
サラは僕が使っていた寝室にいる。しかも同じベッドで横になっていた。カーテンは閉じられているが、明るさを感じる。
間もなく朝、だろうか?
もし朝であるならば。
随分長い時間、サラとベッドにいるのでは……?
心臓が高鳴っていた。
先程の不安とは違う、これは胸のときめきだ。
そしてじわじわと理解する。
僕があの巨木で倒れているのをサラは……見つけてくれたのではないか。
そうだ、きっとそうなのだと思う。
魔法を使い、家まで僕を連れてきてくれた。
自分としては、あの場で眠ってから、そこまで時間が経った気はしていなかった。でも体は間違いなく冷えていた。
きっとサラは僕を温めるため、こうやって添い寝をしてくれたに違いない。
サラ……。
僕のために。
胸のときめきは、高鳴りから感動に代わり、ジーンとしている。
そこで気づく。
体にみなぎる力を。
再び手を見ると。
元に戻っている!
十八歳のランス・エドワード・エヴァレットの手だ。
ゆっくりと眠るサラを抱きしめる。
温かく柔らかく、とてもいい香りがしていた。
みずみずしい花の香りがする。
これはピオニーか。
さっきまでジーンとしていた心臓は、今はトク、トク、トクと忙しなくなっている。
サラ。
君のそばを離れると決めたのに。
でも離れたら、僕はもう生きていけないようだ。
困ったな。
だからと言って、サラにつきまとうわけにはいかないのに 。それでも再び君に別れを告げ、この部屋を出て、家から離れたら……。
僕はまた森の中で倒れることになるだろう。
倒れた僕を、サラはまたも発見して……。
「うん……」
サラの出す無防備な甘い声に、心臓がドキリと反応していた。全身がさらに熱くなっている。
「!」
唐突にサラが目を開けた。
輝くような銀色の瞳。
「……! ランス殿下!? どうして元の姿に!?」
「それはサラがこうやって身を挺し、僕を温めてくれたからです。その献身により、ターニャの呪いの影響を受けにくくなったのかと」
サラの顔が「そういうことか!」という表情に変わる。変わった直後に「お、起きますから!」と体を起こそうとするので、つい抱きしめてその動きを封じてしまう。
僕としては弱い力だったが、華奢なサラはこれだけでもう、身動きが取れない。
「サラ。雪が降った翌朝です。離れたら寒いですよ。それにまだ起きる時間じゃないはず。そして僕は君に相談したいことがあります。変な気を起こすつもりはないので、このまま聞いていただけますか」
丁寧に頼み、腕を離すと、サラはコクリと頷く。
こうして僕はさっき気づいた事実を話す。
サラが離れると、僕はターニャの呪いに負け、再び老人の姿になり、森の中で行き倒れるだろうと。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「 第16話:こうなったら……」です。
離れないといけない。
でも離れらない……(嬉しい……)
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