13話:この日、初雪が
払拭されただけではない。
僕はサラのことを……これが恋だと思う。
そばにいるとドキドキし、彼女の一挙手一投足が気になる。
サラの銀色の瞳に、自分が映りたいと願ってしまう。
サラの献身に凍り付いた心が溶かされ、さらに強い力を与えてくれた。
そう、北の魔女ターニャの呪いに対抗し、僕は日増しに若返ることになったのだ。
サラにははっきり言わなかった。
でも間違いない。
僕が元の姿に戻れたのは、サラへの愛の力だと思う。愛の力が僕の精神を強靭にしてくれた。
彼女を愛することで、僕は本来の自分の姿に戻りたいと願うようになった。
僕はサラの祖父でもなければ、父親でもない。
“お父さん”なんて呼ばれるのは、悪夢でしかない!
ランス・エドワード・エヴァレット、十八歳として、サラの前に立ちたい。
この願いが、僕の精神力を強化。
ターニャの呪いの影響を、受けにくくしたのだと思う。
ようやく元の姿に戻れた。
でもこれは一時のこと。
呪いは解かれたわけではない。
呪いを解くには、北の魔女ターニャを倒すしかなかった。
そしてターニャを倒すには、真実の愛が必要。
サラに気持ちを打ち明け、僕のことを好きだと思えないか、聞こうと思っていた。
ところが――。
「ともかくこのまま若返りが続いて、ついに赤ん坊になられたら、困るわ。さすがに赤ん坊を育てる自信はない。もうおじいさんには森から出て行っても」
この言葉を聞いた時。
心臓が止まりそうだった。
サラが僕を追い出そうとしている……!
それは困る。
その思いで、すべてをサラに打ち明けた。
ここはこの勢いに乗り、自分の気持ちをサラに伝えようと思っていた。
それなのに。
「では何なのですか!? 好きになれないかもしれないなんて、最初から諦めたその態度。私はそういう男性には幻滅します!」
サラに嫌われてしまった……。
気持ちを伝える前に、失恋するなんて。
失恋したが、そこで諦めたら終わってしまう。
なんとかサラに振り向いて欲しい。
そこで思いついた苦肉の策が、助太刀案だった。
これならサラのそばにいることができるし、もしかしたら敗者復活できるかもしれなかった。
つまり、サラの気持ちが僕に向いてくれるかもしれない。
僕はそんな風に考えていたが、サラは違う。
僕はサラの逆鱗に触れてしまったと思う。
サラは人間から利用されることを嫌っていた。
人間と一緒にいることを嫌がっていた。
それなのに僕を助けてくれたのは……。
彼女の慈悲だ。
サラはとても慈悲深い女性だった。
だが彼女の逆鱗に触れ、理解した。
完全に嫌われてしまったのではないか。
嫌っている相手から追われること程、嫌なことはない。ターニャに追われた僕だからこそ、よく理解できる。
サラのそばにこれ以上いるのはダメだ。
でもサラのそばを離れ、他に好きな女性なんてできるだろうか?
無理だろう。絶対に。
僕はもう呪いから逃れることはできない。
こうして僕は一つの決意を胸に、サラの家を出た。
彼女に余計な負担をかけたくない。
だからあっさりとした別れで、彼女の元を去ったのだが……。
心の中では嵐が吹き荒れている。
サラの足に口づけ、服従を誓い、心から謝罪して、どうかそばにいて欲しいと頼みたくなっていた。そんなことをされたら、サラが困ると分かっていても。そうしたい気持ちに駆られてしまう。
離れたくない。呪いが完全に解けなくても。
サラのそばにいたい……。
恋とはなんて甘く苦いのか。
サラの姿を思い浮かべれば、甘い気持ちになる。
ところが現実を知り、その苦さに身悶える。
吐く息が白い。
気温がどんどん低下していることを感じる。
晩秋。
間もなく訪れる冬。
サラと出会ったのは夏の終わり。
足りなかった。
僕はサラとアーモンドの花が咲き乱れる春も、一緒に過ごしたいと願っていた。
森の中は静かだった。
僕が森の中に足を踏み入れた時は、様々な音で溢れていたのに。
虫の鳴き声、鳥のさえずり。
小動物が動き回ることで、葉がかさこそ立てる音。
風の音を感じ、枝がしなる音さえも聞こえていた。
でも今は音がない。
なんて静かなのだろう。
冬に向かいつつある森は、まるで息を潜め、何かを待っているかのようだ。
先程から急に、足が重くなった。
ここ最近感じていた体の軽さが、失われていく。
腰の剣が重い。
サラが用意してくれた食料と水も重い。
「……!」
自分の手を見た。
骨と皮だけと思える、かさかさした手の甲を見た瞬間。
「はははは」
乾いた笑い声を出してしまう。
これは老人の手だ。
森の外へ出て、遺書を用意し、父上に送り付ける。
僕の私財はサラへ届けてもらう。
そう考えていたが――。
こんなにも早く老化が進むなんて。
若さを取り戻すのに、あれだけ時間がかかったのに。
サラ、ごめん。
どうやら森の外を目指すのは無理そうだ。
せっかくいろいろ用意してくれたのに、すまなかった。
贈り物を受け取って欲しいと偉そうに言い、でもその約束は果たせそうにない。
食料は不要。
斜め掛けにしていたカバンをはずし、草むらに置く。
水袋は木の根元に。
身軽になりながら、自分では前進したつもりだが……。
ほとんど進んでいない。
巨木の根元に座り込み、その太い幹に背中を預ける。
空を見上げた。
今朝は冬晴れだったのに。
鈍色の雲が、上空には広がっている。
どうりで吐く息が白く、森が静かなわけだ。
気温はどんどん低下している。
雪に、なるのだろうか?
この森に来たのは、夏の終わりだった。
だからこの選択肢は考えていない。
凍死。
眠るように逝けるだろうか。
白い灰が落ちてきたと思ったら、それは降り始めの雪だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
エンディング曲はレミオロメンの『粉雪』でしょうか。
次回は「第14話:え、誰に!?」です。






















































