12話:おじいさんと魔女
僕は……なんて不器用なのだろう。
それとも想う人を前にすると、うまく立ち回ることができないのだろうか。
恋愛。
王太子ランス・エドワード・エヴァレットとして教育を受け、様々な学問、武術、礼儀作法、社交術、国内貴族の名前……。
いろいろなことを学んだ。
唯一学んでいないのが、恋愛ではないか。
でも恋愛についてはこう言われてきた。
「殿下。王族は恋愛について学ぶ必要はございません。無論、夜伽については必要なので、その時が来ましたら、学習する時間を設けます。ですが、恋愛は不要です。なぜなら王族の婚姻に恋愛など介入しないからですよ。殿下が結婚するのは、国益のためです。国内貴族のパワーバランスの調整のため。他国との交易のため。友好国と絆を深めるため。そんな事情で王族は結婚するのです。そこに感情は不要。義務、と思っていただければいいのです。よって恋愛は不要」
王太子教育で、一般教養を教える講師から言われた言葉だ。
恋愛は不要。
そう言われたが、僕は恋愛が必要な状況に追い込まれた。
あの北の魔女ターニャによって。
ターニャを倒すには真実の愛が必要。
でも僕は恋愛を知らない。
そう思っていたが。
分かってしまった。
サラと過ごすことで。
全てに絶望し、森に入り込み。
ここで餓死するか、獣に襲われて死ぬか。
そのどちらかだと思っていた。
その割には剣だけしっかり腰に帯びているのは……。
なぜだったのか。
それは分からない。
だが草むらに横たわり、目を閉じ、死を待つことにした。
そこにサラが現れたのだ。
耳が遠くなっていたので、何を言っているかは聞き取れない。でも美しい音が遠くから聞こえてきた。
目を開けようとするが、力が出ない。
それでもなんとか頑張ると、薄目を開けた状態になる。
シルバーブロンドで、見たこともない美しい銀色の瞳が見えた。しかも肌は陶器のように美しく、滑らかで……。
最初は遂に天使が現れたのかと思った。
でもプラム色のロングローブを着ている。
その下に着ているのはアイリス色のワンピース。
天使……ではないのか?と思った。
すると彼女は私の手首を掴み、そして何やら喜びの声をあげた。
次の瞬間。
彼女の顔が耳元に近づいた。そこで初めてサラの言葉を知覚する。自身のことを「この森に住む魔女のサラです。このままではあなた、死んでしまいます。ひとまず私の家に運びますね」と言ったのだ。
サラの優しい声。
耳に触れる彼女の息。
夢ではない。これは現実。
老いた姿の僕を見て、高位貴族の令嬢達は眉をしかめ、見なかったことにしようとしていた。打算で近づく女性たちは、冷めた目で僕を眺める。その目は、僕の背後にある王太子妃の座しか見ていない。
でもサラは違った。
その瞳は、心から心配していることを物語っていた。無条件で僕を受け入れ、自身の家へ連れて行くと言ったのだ。
家へ連れて行く。
馬にでも乗せるつもりか?
老人の姿とはいえ、僕はそれなりに身長があった。
腰は曲がっているものの、サラのような華奢な女性が、僕を運べるのか?
そう思ったが。
なんてことはない。
サラは魔法を使ったのだ。
天使かと思ったら、魔女だった。
魔女。
僕の中で魔女に対しては、悪い印象しかない。
それはすべて北の魔女ターニャのせいだ。
サラ=悪い魔女ではないのに。
最初は警戒した。
ろくに口も利かなかった。
声をかけられても聞こえないふりをしたり、答えなかったり。
でもサラはそれに対して怒ることもなく、私にスープを飲ませ、パンを食べさせてくれた。好物のミラベルも、お腹いっぱいになるまで食べさせてくれたのだ。
もしかすると僕がしゃべれないと思ったかもしれない。
戦争捕虜となり、舌を切られる者は多かった。
サラは僕の口の中を気にしていたので、舌があるかどうか、確認したのだろう。舌を隠すなんてできないから、話せることはすぐにバレていた。
でもサラは、僕が話せるのにあえて無口でいることに気が付くと……。
問いかけをやめた。
名前、どこから来たのか、何をしに来たのか……etc.
聞きたいことは山ほどあるだろうに。
それは全て呑み込み、僕のために動いてくれた。
これには……彼女の懐の深さと寛容さを噛み締め、感動することになる。
だが入浴の世話までしようとするから……!
あの時は自分が老人の姿であることを忘れ、恥ずかしがってしまった。
物心がつく前は、人の手で入浴していた。
だが成長すると、入浴は自分自身で行った。
それに乳母の手が離れて以降、男性に囲まれ成長したのだ。
あんな風に優しく女性の手で背中を流してもらうなんて……。
老人なのだ。
心臓に悪いと分かっていても、ドキドキは止まらなかった。
そして自身の使い魔に用意させたベッドに、僕を寝かしつけてくれた。
寝る前にポーションまで飲ませてくれる。
魔女や魔法使いが作るポーションは、宝石と同じ価格で取り引きされる。そんな高価なものを惜しみなく僕に飲ませてくれるなんて……。
しかも身元不明の老人姿の僕なのに。
それだけでは終わらない。
翌日には、伸び放題になっていた髪と髭まで切ってくれたのだ。
伸びていた爪も切ってくれた。
手と足、当たり前のように。
サラは一連の行動を「かいご」と言っていたが、「かいご」とは何なのだろう?
分からない。
だが「かいご」を率先してできるサラは、素晴らしいと思ってしまった。
僕に手のひらを返すような態度をとったのは、サラぐらいの若い令嬢が多かった。ゆえに若い女性に対する抵抗感も、僕の中にはあったのだが……。
わずか数時間。
サラといるだけで、その気持ちは払拭された。
お読みいただき、ありがとうございます!
恋に不器用な王太子ランス。
次回は「第13話:この日、初雪が」です。
この日見た雪を、僕は永遠に忘れない――。
【第五章完結】一気読みできます!
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