120話:これから幸せに
王太子であるランスと一緒にいると、常に周囲に人がいる。
舞踏会では侍従長、護衛の騎士は必ずそばにいた。
でも周囲を貴族に囲まれ、話していると、ふと彼らの目が離れる“隙”が出来てしまうこともある。それでもランスは王太子なのだ。彼に対してできる隙は限りなく少ない。でも婚約者である私は……。
「サラ様、はじめまして、私、ウエデン侯爵家のレラと申します」
「はじめまして、サラ様。ターリアン子爵家のルシンダでございます」
「サラ様、リーシャ伯爵家のロンダです。はじめまして」
三人は青、黄色、赤のドレスを着ていて、まるで信号機みたいだった。
しかも揃いも揃って金髪の巻き毛で瞳は青い。
三つ子とは言わないが、ドレスの色以外は似ていた。
ともかく挨拶をされているので、こちらも挨拶を返すと、三人はこんなことを言い出した。
「私達、全員、魔女によって石像にされていたんです」
「本当は殿下の婚約者候補だったのに」
「石像から元の姿に戻れたと思ったら、魔女が殿下の婚約者になっていると聞いて、驚きましたわ」
これは……もしかして私への当てつけかしら……?
石像になっている時間がなければ、自分がランスの婚約者になれたかもしれないのに!という気持ちがあったりするのかしら?
「殿下は魔女に呪いをかけられたのに! よく魔女であるサラ様のことを好きになりましたよね?」
「でも魔女は魔法を使えますからね。魅了魔法とかいう、意中のお方を骨抜きにする魔法もあるそうですわよ」
「でもまさかサラ様はそんな魔法は……お使いではないわよね!?」
みすみす王太子妃の座を逃してしまった。
その悔しさからの嫌味を私にぶつけたいのだろう。
新聞でいくら私の美談が語られようと、妬みややっかみは避けられない。
特に婚約者候補だった令嬢は、悔しくて、悔しくて仕方ないのだろう。
その気持ちは想像がつく。
そうだとしても。
こういう人間の悪意にさらされるのは、気分がいいことではない。
そもそも私は、森の中で閉じこもっていることが大好きな、引きこもり気質がある。
ゆえに……「あー、もう嫌です。帰りたいですよ!」という気分になっていた。
そんなことではダメだと分かっている。それでも聞いていて気持ちのいいことではないのだから。どうして森に戻りたい気分になってしまう。
そんな風に気持ちが滅入ったまさにその時だった。
「ちょっと、未練がましいのではなくて? 国王陛下の言葉、聞いていなかったのかしら? 陛下は『二人の門出をぜひ、祝って欲しい』とおっしゃられ、それを聞いてあなた方は拍手をして、同意したのではなくて? 今更ねちねちと嫌味を言うなんて。貴族としての品格を問われますわよ!」
この懐かしい声は……!
茶髪の縦ロールで、ヘーゼル色の瞳は少し釣り目。
メリハリボディを包むのは、目にも鮮やかなマゼンタ色のフリル満点ドレスだ。
そう、このお方は、マチルダ・アン・レヴィンウッド公爵令嬢!
「レ、レヴィンウッド公爵令嬢!」
「わ、私達は、そ、そんな嫌味を言っているつもりはありませんわ」
「そうですわ。じ、事実をお聞かせしている迄で……」
三人はたじたじになりながらも、必死の反論をしている。
するとレヴィンウッド公爵令嬢は……。
「ごちゃごちゃ言っていないで、今日は『婚約、おめでとうございます』と言えばいいのではなくて!」
バッサリ斬り捨てる。
これには三人は「うっ」となり、言葉が続かない。
さらに「サラ、どうした!?」とココを連れたホークもやって来て、「主様、いかがされましたか?」とターニャを連れたマーク団長もこちらへ来てくれた。
こうなると旗色が悪い。
三人の令嬢達は「「「婚約、おめでとうございます!」」」と吐き捨てるように言って去って行った。
「サラ様! お久しぶりですわ!」
なんだか喧嘩腰だが、言っていることは普通の挨拶だ。
「お久しぶりです、レヴィンウッド公爵令嬢」
「殿下の婚約者になるということは。あんな令嬢のことも軽くあしらうことができないといけないんです」
「うっ、そ、そうですよね」
「そうです」
しゅんとしそうになると、レヴィンウッド公爵令嬢は思いがけないことを言ってくれる。
「もしもご自身がそういうのが苦手でしたら、舞踏会でも晩餐会でも。そばにわたくしのような気の強い女を、置けばいいのです!」
「え、えーと」
「それはサラ、問うまでもない。レヴィンウッド公爵令嬢は、サラの味方になってくれるということだ。舞踏会とか晩餐会とか、そいうところでは、そばにいてくれるってさ。いい奴じゃないか」
ホークの言葉に、レヴィンウッド公爵令嬢は腕組みをして「ふんっ」と横を向き、頬を赤くしている。
「なんて素敵なお嬢さんかしら。サラさん、あたしにこちらのご令嬢のこと、紹介してください」
ターニャがににこにこしてレヴィンウッド公爵令嬢を見る。
「あ、はい! 勿論です!」
◇
森の中で引きこもり生活をしていた私は、ある日、森の中でおじいさんを拾うことになった。
衰弱したおじいさんは、白髪で、ひげもじゃ、痩せた長身のサンタクロースみたいだった。粗末なグレーのローブを着て、それなのに腰には立派な剣を持っていて。
そしてこのおじいさんこそ、私の婚約者なのだ!
でも昔の面影はどこへやら。
今は……見事なブロンドに碧眼。
鼻梁が高く、顎もシャープで眉はきりっとしている。
それでいて笑うと子犬のような可愛さ。
鍛え上げられた体躯。
背筋が伸びると、スラリとして背が高い。
しかも魔女歴二十年の私に対し、わずか数日でとんでもない魔法使いになってしまったのだ! 若干十八歳にて! もう驚くしかない。
しかも彼は文武両道の王太子なのだ。
そして……。
「サラ、今日の執務は全部終えました! 一分一秒でも早く、サラの笑顔を見たくて」
王太子妃教育で私が目を回していると、可愛く甘えて、ちゃんとアドバイスをくれる。
「サラ、ハイム王国について知りたいなら、博物館に行きましょう。ハイム王国の文化を知るのに役立つ、沢山の展示があります。文字情報を追うだけでは、頭に入ってこないでしょう。目で見て楽しんで覚えると、忘れないですよ」
こんな風にね。
そして。
「僕が今すぐ、連れて行ってあげます」
あっという間に転移魔法で、博物館に連れて行ってくれるのだ!
「さあ、行こう、サラ!」
ランスが眩しい程の笑顔になり、私に手を差し出した。
~エンドロールのその後に~
周囲に広がるのは、深い藍色の海。
断崖絶壁の孤島のわずかな平地。
そこに建てられた石の塔には、犯罪者たちが収監されている。
この地で生を終えるために、収容された者たちが。
その独房の天井、床、壁は無機質な石で作られていた。
窓は天井近くに格子で堅く閉ざされたものが一つだけ。
あとは粗末なベッドと机に椅子のみ。
その椅子に座り、机に広げた主の教えが書かれた唯一の書物を、面倒そうにパラパラめくるのは……。
ダークブラウンの髪に、グリーンアイの十六歳の青年。
「おい、お前に届け物だ」
食事の出し入れで使われる、鉄の扉の小さな空間から、封筒が差し入れられた。
受け取り、ペーパーナイフもないので、青年はびりびりと手で封筒を破く。
中を覗き込むと、そこには赤黒いルビーのような塊が見える。
「これは……もしやこの宝石を使い、看守を買収し、脱出しろ、ということか? 母上かソルモンが贈ってくれたのか!?」
青年はニヤリと不気味な笑いを浮かべる。
既にこの二人は処刑されているのに、その事実を受け入れていないようだ。
「この塔から、この島から抜け出し、兄上に復讐してやる。あの魔女を奪い、絶望のどん底へ突き落してやる」
青年は知らなかった。
それが、呪いの魔力が結晶化した塊であると。
その呪いがもたらすものは“老化”であることを。
左の手の平を広げ、右手で持った封筒を傾ける。
コロンとその手の平の上に、呪いの塊が転がり落ちた。
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