11話:歓喜と絶望
ランスは、真実の愛で北の魔女ターニャを倒すのではなく。魔女には魔女をぶつけ、倒すことや降参させることを考えた。そして私に助太刀を求めたのだ。
「私が魔女であるから、利用するつもりですか?」
「え……」
「この世界の人間は勝手ですよね。魔女や魔法使いは、魔法を使えるからと、自分たちのいいように利用する。魔女と結婚すれば長生きできると、無理矢理手に入れようとする輩もいます。ランス殿下は自身の呪いを解くために、私を利用するのですか?」
ランスは先程以上に顔を青ざめさせ、「違います!」と必死に否定する。
違う……。
本当だろうか?
人間は怖い。
平気で嘘をつく。
でも……。
ランスはこの森で生活している間、誠実だったと思う。
家事は苦手。
それは当然だ。王族なのだから。使用人に囲まれ、なんでもやってもらえていたのだろう。
それでも私を手伝おうとしてくれた。
それに自身が得意なこと。
紅茶を淹れたり、見回りをしたり、狩りは率先して頑張ってくれたのだ。捕らえた獲物で料理できるよう、下処理もしてくれている。さっきだって卵を取りに行ってくれたし、フライパンで私が火傷しないよう動いてくれた。王太子なのに。
つまりランスは根っからの悪い人ではない。
私を利用する。
そんなつもりはない。
ただ、真実の愛と言える女性に出会えるか不安だったのだろう。もしもの時を考え、私に助けて欲しいと思っただけ。
その気持ちは分からないでもない。
もし私が同じだったら……。
転ばぬ先の杖。
保険が欲しいと思う。
そうだとしても……。
私は生まれてからこの時まで、人生のほぼ全てを森で過ごしてきた。たまに街へ出るが、本当に稀なこと。今さら森の外へ出るのは……完全な引きこもりから外へ出るのは、怖くもあった。
ランスのような善良な人間ばかりではないはずだ。
人間とは関わりを持ちたくない。
それにランスにそのつもりがなくても、結果的に魔法を使えるからと、私は助太刀に選ばれたのだ。
そんなのは……いやだ。
それに北の魔女ターニャは、確かに悪しき魔女。
とはいえ、同業者。
その魔女を倒すのを手伝うのは……。
いろいろ考え、青ざめるランスにこう告げることになった。
「ランス殿下は、森の中で倒れていました。私の住む森で。しかも衰弱されていたのです。このままで命を落としてしまうかもしれない。放っておけなかった。だから助けました」
ランスはその整った顔を歪め、今にも泣きそうな表情になっている。
「助けはしましたが、本来、私は人間と関わりたくないのです。森の外へ出るつもりはありません。ポーションも魔法アイテムも。あちらの棚にいろいろあります。好きなだけ持っていっていいです。全部持って行っても構いません。あれだけあれば、魔法使いと変わらないと思います」
「そんな……!」
絶望的になる姿には、心が痛む。
でも情にほだされてはいけない。
「ごめんなさい、力になれず」
「……そうですよね。僕は……サラの気持ちを無視し、自分の都合だけの提案をしていました。最低な奴です。ごめんなさい」
ランスがテーブルに頭がつく勢いで謝罪するので、驚いてしまう。今はこんなところにいるが、彼は王族なのだ。こんな簡単に誰かに頭を下げていい人間ではないはず。
「頭を上げてください。ランス殿下には、殿下のご事情があるのです。それに呪い。そんなものを同じ魔女が殿下にかけたこと、恥ずかしく思います。本当に、ごめんなさい。嫌な思いをされましたよね」
「魔女と一括りにする必要はないと思います。人間にも悪い人間、良い人間がいるように。魔女にも良い魔女、悪い魔女がいるのでしょう。僕はサラのような優しい魔女に出会えてよかったと思います。心からそう思っていますよ。あなたが助けてくれなかったら、今の僕はなかった。もう十分です」
その時のランスの表情は……。
心からの笑顔なのだ。
笑顔なのに……。同時に深い悲しみを感じてしまう。それはまさに歓喜と絶望が同居した顔だ。
なんで?
どうして……?
「最初の話に戻りますが、サラの言う通り、ここでぐずぐずしている場合ではないです。真実の愛を見つけないといけない」
そこでランスは席を立った。
「急な話で申し訳ないです。そして恩に報いることもできていないのですが、僕は森を出ます」
「……!」
ランスが森を出ることを願っていたのに。
本人から宣言されると。
心臓をわしづかみにされたように苦しくなる。
「後日。森の入口にお礼の品を届けさせるようにします。良かったら受け取ってください」
「そんな。そんなこと、していただかなくても大丈夫です」
「サラは人間の世界に暮らしているわけではありません。こちらの慣習を押し付けるのは、悪いと思っています。ですが僕たちの間では、贈り物は気持ちよく受け取るものです。ゴミを贈られたら拒否していいと思います。そうではない場合、好意として受け取って欲しいです」
ここは「いえ、いえ、受け取れませんよ」「いや、いや、受け取ってください」と前世日本人のような押し問答をする必要はない。
「分かりました」と快諾する。
快諾した後――。
ランスは寝室から剣を手に取ると、もう家を出ようとしていた。
その様子に私は泣きそうになり、魔法で斜め掛けカバンを出し、フード付きのマントも用意。ココやホークに、ドライフルーツやナッツ、干し肉、リンゴをカバンに入れさせた。さらにたっぷり入れた水袋を私自身が用意して、ランスに手渡す。
「何から何まで、ありがとうございます」
ランスの澄んだ瞳。
何かを悟ったような達観した 表情。
引き留めたい気持ちを飲み込み、彼を送り出した。
お読みいただき、ありがとうございます!
こんなさよならで良かったのか。
次回「第12話:おじいさんと魔女」。
ランスがその胸中を語ります!
ということで続きを読みたい!と思われた方は
ブックマーク登録や『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価いただけると執筆の励みになります。
また、ページ下部に他作品のリンクバナーもございます。併せてお楽しみ頂けると幸いです☆彡