116話:すべての始まりは
ランスにキスをされる……!
ホークがいるけれど、今は鷹の姿だし、きっと気を利かせてくれるはず。
そう思い、瞼を閉じたまさにその時。
「殿下、戻りましたわ」のターニャの声に、私の顎を持ち上げていたランスの手が慌てて離れる。
「あら、お邪魔でしたか?」
「いえ、大丈夫です。護衛、ありがとうございました。迎賓館には無事着いたのですね」
「はい、殿下。迎賓館全体に防御魔法と検知魔法を展開しました。騎士や兵の皆さんもいますし、大丈夫だと思います。陛下は軽食を取られ、その後は横になるそうです」
ターニャの報告を聞いたランスは安堵の表情になった。
そしてターニャを昼食に誘う。
「いろいろありがとうございました。ところでこれから昼食です。よろしかったら一緒にいかがですか?」
「ありがとうございます、殿下。サラさん、ご一緒してよろしいのかしら?
「ええ、ぜひ同席してください」
「では喜んで同席させていただきますわ」
こうしてランス、ターニャ、ホーク、私の四人で昼食を摂ることになった。
騒動があった中、急ごしらえで用意された昼食かと思ったが、そんなことはなかった。前菜はサーモンのカルパッチョ、スープはコンソメスープ、魚料理はスズキのムニエル、肉料理は牛肉の赤ワイン煮込み。パンも焼き立てのものが出された。
その食事の最中の会話で、いろいろなことが明らかになった。
「ターニャはどうして王妃たちに従うことになったのですか?」
ランスがサーモンのカルパッチョを優雅に口にしながらターニャに尋ねた。
「あたしの部屋にソルモンの遣いがやって来たのです。陛下が私室にてソルモンと三人で話したいことがあると。緊急を要することなので、こんな時間で申し訳ないが来て欲しいと言われ……。この二人からの要請を断ることなんてできませんよね? あたしは王室付き魔女になる予定の身ですし」
それはその通りだ。
さらに言えばこの時点で、ソルモンの裏切りは分かっていない。
「もしかすると“クピドの矢の呪い”に関して何か分かったのかもしれないと、急いで身支度を整え、王宮へ向かうことになりました」
焼き立てのパンを口に運び、そこでターニャはため息をつく。
「陛下の私室なのに、扉を守る兵士がいない。その時点でおかしいと思うべきでした。ですが王室付き魔法使いがいるのです。兵士がいなくても問題ないのだろうと思い、部屋に入ると……」
陛下は既に痛めつけられた状態で床に転がされていた。
王妃は跪き、涙をこぼしている。
その王妃にソルモンが剣を向けていた。
王妃が人質に捕られている。
救出しなければならない。
そう考えたわずかなロスタイム。
魔法を唱えるのがワンテンポ遅れた。その瞬間を逃さず、背後を取られた。
そう、扉の影に隠れていたロディに口を塞がれたのだ。
「目の前で陛下を転移させられ、命令を聞かなければ殺すと言われました。どこへ転移させられたかも分からないのです。従うしかありませんでした。しかも王妃は人質のふりをしていたと分かり、まさに『やられた!』という感じです。不覚でした」
ターニャは悔しそうな表情で肩をすくめる。
その後は見ての通り。
王宮に火を放つよう命じられ、従うしかなかったわけだ。
「元々、あたしは悪役でしたよね。その時の記憶はなくても。だから自ら協力する風を装うことにしたのです。『あたしは別に人間とお友達ごっこをするつもりはない。しかも王室付き魔女だなんて、番犬ではないのだ。首輪をつけられるのはごめんこうむりたい。よって喜んで協力しますよ』と。すると……ロディ殿下は単純ですから、すぐにあたしを仲間と認め、面白いことを教えてくれました」
到着したばかりのコンソメスープをいただきながら、その話を聞くことになる。
「そもそもあたしへポーションを依頼したところから、彼らの計画はスタートしていたのです」
「それはどういうことですか?」
コンソメスープを飲む手を止め、ランスが尋ねる。
「王妃の体調が良くないのでポーションを作るよう依頼した。冷静に考えるとおかしくありませんか? だって王室付き魔法使いがいるのですよ? 王妃のためのポーションを用意しなくて、何が王室付き魔法使いでしょう」
そう言われると、ターニャの言う通りだ。
いくら研究に没頭しているとはいえ、王妃の頼みを無視したら、反逆罪では?
「最初から私を王宮へ呼び出し、ソルモンに“クピドの矢の呪い”を使わせるつもりだったのです」
「ということはモーニング・グローリーを見るようにロディが仕向けたのも、計画の一環だったということですか?」
スープを飲み、ターニャは頷く。
「その通りですよ、殿下。そもそもこの国を乗っ取るのが彼らの計画。その足掛かりがランス殿下、すなわち王太子の排除です。殿下がいなくなれば、必然的に第二王子であるロディが王太子となります。そこでロディはソルモンに“クピドの矢の呪い”をあたしにかけさせたのです。その上で、モーニング・グローリーを餌に王宮の庭園にあたしと殿下を呼び寄せた」
「つまり“クピドの矢の呪い”を受けた直後のあなたに僕を見せるようにした。僕に対して、盲目で暴走状態の恋心を持つように仕向けたのですね」
そこに魚料理が到着した。バターのいい香りが広がる。
「狂ったような求愛をされても、殿下はお断りですよね? 一方のあたしは殿下が逃げようとすればする程、追いかけたくなる。呪いのせいで。そして殿下は明確にあたしにお断りをする。その後はどうなると思いますか?」
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第117話:その結末」です。
【おまけ:執筆裏話】
夏に冬のシーンを書く時は、エアコンの温度をいつもより低くして
寒い状態にして書いています。






















































