114話:そんな泣き顔ではダメですよ、殿下
ターニャを下すと、彼女は意味深に微笑む。
そしてハンカチを僕に渡してくれる。
「愛する婚約者に、そんな泣き顔を見せられないのでは?」
その言葉にズキッと心が痛む。
「……もうサラのあの銀色の瞳に僕が映ることはないですから。どんな顔であろうと構いません」
「まあ、王子様。そんなことはないのでは?」
ターニャは僕から視線を動かす。
自然とその動きを追い、そこには父上と――。
心臓が止まりそうになるとは、まさにこのような時のことを言うのではないだろうか。
「サラ……?」
僕の願望が幻となって見えるのだろうか?
「ったく殿下、いくら俺様の演技が秀逸でも、騙され過ぎだぞ」
バサッという羽音と共に肩に止まったのはホークだ。
「ホーク、君は……」
「俺、ずっと生きているからな。殿下は俺の生死確認していないだろう? なぜか天に召された判定になっているけどさ。それ、誤解だから!」
「……! そ、そうなのですか!?」
「そうだよ!」
言われてみれば、確かにホークの生死確認はしていない。
だがサラは……。
「光魔法が発動し、視界が閉ざされた瞬間。そのことに驚き、一瞬、視覚以外の感覚も麻痺したように感じたはずです。その僅かな時間を使い、サラさんはいくつかの魔法を発動しました。例えば風魔法。自身の口と鼻の周りを一時的に空気の流れを止めることで、呼吸が止まっているように感じさせる――とか」
ターニャは驚くべきことを言う。さらにホークまでこんなことを言い出す。
「俺様は上空から火柱の様子を探った。そして見つけた。一か所だけ、そこはまるで台風の目のようだった。ぽっかりと、炎がない場所を見つけた。そこに急降下したら王妃、殿下の弟、魔法使い、そしてターニャがいたんだ。魔法使いとターニャが同時に気づき、ターニャが先に動いた。俺に目配せをした上で、ギリギリ避けられるところで魔法をぶつけてきたんだ。俺はその火矢を受けたふりをして落下し、ターニャにキャッチされた」
「キャッチしたホークを手にあたしは『この使い魔を見れば、王太子殿下の婚約者の魔女は心が折れ、隙ができるでしょう。そこで一気に叩きのめします』とお三方に告げました。三人は喜んで『そうするがいい』と言い、あたしは殿下の前に出たのです」
まさか、そうだったのか……!
「ではホークを放り投げたのも」「演技ですよ、殿下」
ターニャは肩の髪を払い、ウィンクする。
「サラが俺を間違いなく受け止めてくれると思っていたからな。俺様も渾身の演技でやられたふりをしていた。そしてサラの手に戻り、俺の心音を確認するために顔を近づけた時。俺はサラに伝えたんだ。ターニャがあの三人から離れた際、こっそり俺に伝えてくれたことを」
そこでホークは羽を腰に当て、まるで「エッヘン」という姿になり、こう明かす。
「死んだフリをしてください、サラさん。殿下があなたの生死を確認するでしょうから、風魔法を使い、呼吸を止める。遮断魔法で心音を隠してください。合図は『あたしが何の魔法を得意としているか、忘れたのかしら?』と言った時です。それを聞いたら即、あたしを拘束する魔法をかけてください。どんな魔法でも対応できるので、信じてください」
まさかその言葉が合図だったのか!?
でも確かにその言葉の後、サラは氷魔法を発動し、ターニャを拘束していた。
「拘束が完了したら、めくらましで光魔法を発動。あたしから少し離れた場所で、王妃、ロディ、ソルモンが様子見をしています。彼らの五感を一瞬でいいから封じてください。するとソルモンは何か攻撃を仕掛けるでしょう。まずは防御魔法を展開。でも攻撃が直撃したと思わせ、死んだフリをしてください。その後、何が起きても全てが終わるまで、死んだフリの演技を続けるように。こうすることで殿下は間違いなく覚醒します。大魔法使いとして」
ターニャの声音を真似して告げられたホークの言葉に驚愕する。
大魔法使い。
その存在はサラの家の本で見ていた。
ありとあらゆる魔法を使え、強力で大量の魔力を持つ。しかも人間の男性が突然変異的に大魔法使いになると。
もしも僕がその大魔法使いになれたらと夢想したことがあったが、その存在は伝承のようなもの。しかも何がどう作用し、ただの人間が大魔法使いになるのか。そこは一切解明されていない。よっていくらなんでも僕では無理だろうと思っていたのに――。
「殿下は、サラさんの魔力で魔法を使えていた時点で、特殊でした。それ以前にサラさんと協力し、そう簡単には解くことができない呪いを解いています。間違いなく、それが第一の兆し。あたしは殿下に大魔法使いの資質があるとピンときていたのですが、そこからどうやって大魔法使いになれるのか。それは不明でした」
心臓がとんでもないくらいドキドキしている。
僕が……大魔法使いとしての資質を持っていたなんて。
「そして人間というのは、窮地に立たされた時、とんでもない力を発揮すると聞きます。火事場の馬鹿力。そこで今回がいい試練になると思いました。優しい殿下の中で、限界突破が起きた時。大魔法使いとして開花する。何せ大魔法使いとしての資質があるのに、それが花開くことなく、むざむざ潰されるはずがないと思いました。結果はご覧の通りです」
そう言うとターニャは、後方に見える三体の石像に目をやる。
「サラさんからもらった魔力はとっくに尽きているはずなのに。殿下は当たり前のように魔法を使い、三人を石像に変えた。石魔法は簡単な魔法ではないですよ、殿下。魔力消費も大きいですし。それにポーションに必要な素材を召喚しましたよね。氷漬けになっていましたが、見ていましたよ、あたしは。本来長い工程を経て、作り上げるのに、瞬時にポーションを作り終えてしまった。そんなことができるのは大魔法使いくらいです。間違いなく殿下は、大魔法使いとして覚醒しました」
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第115話:全ては覆された。」です。
大魔法使いに覚醒しようと、関係ない。
僕の願いはただ一つ、君と共にあること――。






















































