111話:これは尋常ではない。
「サラ、起きてください!」
完全に熟睡していたが、ランスの声で目が覚めた。
そしてすぐに焦げ臭い匂いに気づく。
「火事が起きています。すぐに避難を」
そう言うと私に濡れたタオルを渡してくれる。
「みんなは!?」
「僕も今、目覚め、このタオルを用意した状態です」
そこに扉を遠慮なく叩く音と「サラ!」の叫び声。
ホークだ!
鍵は掛けてあるが蹴破ってホークは部屋に入ってくる。
「火事だ! 王宮で火の手が上がっている。尋常な燃え方じゃない。魔法で燃えているとしか思えない」
「王宮で!? 父上と母上は!? ……ロディは……」
ベッドのそばにランスがいるのを見て、ホークは一瞬「!?」と驚いている。
それはそうだ。
ホークは、ランスがたまに私と一緒のベッドで健全に寝ていることを知らない。
野営した時、ランスと私は同じ天幕だった。だがそれは防犯上も防寒上も仕方ないことだった。あの極寒の中で、何もできまいと思っていたと思う。
というか。
それは今は置いておいて!
「俺も気づいてすぐにここへ来たから、他のみんながどうなっているか分からない。でも煙がこっちにも回ってきている。早く避難だ!」
ホークにも濡れタオルを渡しながら、ターニャはどうなっているのかと思う。
だがターニャは私の隣の部屋なのだ。そこで窓から庭園に出て、ターニャの部屋の様子を見ようと思ったが……。
「な、これは……!」
ランスが絶句しているが、私だって同じ。
王宮の建物は火柱状態で燃えている。
これは確かに尋常ではない。
「ホーク、ターニャの部屋を」「了解!」
「ランス殿下、魔法での鎮火を試みます!」
「僕も加勢します!」
そこで脳裏に浮かぶのはソルモン。
王室付き魔法使いは何をやっているの!?
火柱に目が行ってしまったが、多くの使用人たちの叫び声も聞こえた。
この様子を見るに、火災はじわじわではなく、突発的にものすごい勢いで起きたのではと思えてくる。そんな燃え方になるのは……魔法が使われた可能性が強い。
「殿下、サラ様!」
近衛騎士がこちらへ向かって来た。
「すぐに避難を!」
「父う……いや、陛下は!? 王妃は!?」
「それが、あの炎で王宮には誰も近づけず」
「ではソルモンは!?」
「申し訳ございません。分かりません!」
王宮付き魔法使い。
給料泥棒では!?
でもそれはいい。
今は鎮火!
「ランス殿下、もう少し王宮に近づく必要があります」
「分かりました、サラ。君たちは退避して欲しい。ソルモンを見つけたら、すぐに消火活動に参加するよう伝えてくれ」
「ですが、殿下」「僕は魔法をある程度使えるから、問題ない」
近衛騎士とランスが押し問答していると、ホークが戻って来た。
「ターニャの姿が見当たらない。もう避難したのかもしれない」
「分かったわ。ホークは可能な範囲で上空から王宮の様子を探って。避難できずに困っている人がいたら報告して」
「了解!」
ホークが鷹の姿になって飛び立ち、ランスは近衛騎士との押し問答を終えていた。
近衛騎士は去り、ランスは私の手を取り、駆け出す。
「殿下、まずは自分自身を濡らしてください」
「ああ、そうだね」
応じるや否や、ランスは「水魔法。水流無限」と呪文を唱える。
「!」
私も含め、全身がびしょ濡れになる。
「それで、どれぐらい近づきますか?」
「この辺りで」
熱気を感じる。
サウナにいるようだ。
「殿下の水魔法に私が風魔法を掛け合わせ、火柱にぶつけます!」
「分かりました」
ランスはそこで静かに呪文を唱える。
合せるように私も詠唱。
「水魔法。水流滅炎」
「風魔法。風速増幅」
さながら嵐の海の高波の勢いで、火柱に水が降り注ぐ。
白い蒸気が広がり、本当にサウナにいる状態だ。
「ランス殿下、繰り返してください! ただ、限界までは頑張らないでいいです」
「そうですね。いざという時、自分の身を守るためですね?」
「その通りです!」
その後はしばらく消火活動に専念。
火柱はどんどん弱まっていく。
このまま鎮火できると思った時。
もくもくと蒸気の白い煙が立ち込める中、人影が揺れて見える。
「殿下、あれは……」
「あれは……ターニャ……?」
赤髪にルビー色の瞳。ぷっくりとした唇にその近くのほくろ。
真紅のドレスに黒のローブと間違いなくターニャ!
そしてその腕に抱いているのは……鷹の姿のホーク!
まさか!
「ホーク!」
もしや火柱に近づき過ぎて怪我をしたのでは!?
そう思い、駆け寄ろうとすると……。
「!?」
ターニャがまるでボールを投げるようにホークを放った。
「風魔法! 微風集中」
ホークの落下地点に風を集中させ、地面への直撃を避けた。
私はそのまま駆け寄り、座り込むとホークを抱き上げる。
「ターニャ、なぜホークを!」
ランスが叫び、私はホークの様子を確認する。
目立った傷、火傷はない。
心音を確認するため、ホークの体に耳を近づける。
心臓が止まりそうだった。
ホークは私にとっての大切な家族。
何かあったら……ターニャを許さない。
いかなる理由があったとしても!
そのターニャとランスが激しく言い争っている。そして――。
「つくづくおバカさんな殿下ね。あたしが何の魔法を得意としているか、忘れたのかしら?」
「まさか……この火災は君が!?」
「氷魔法。氷結拘束」
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第112話:悪夢のような告白」です。
もしかして裏切り……?






















































