10話:こんなことをしている場合ではないのでは!?
私がランスに献身的に尽くしたことで、ターニャの呪いの力の影響を受けにくくなった。
なるほど。
それは一理ある。
魔女の呪いの源は、魔力だ。
そして呪いの強さは、呪いをかけた魔女の魔力と、呪いを受けた者の精神力によって決まる。
森の中で私が発見した時のランスは、心身ともに疲れ切った状態。だがランスの介護をしたことで、彼は健康となり、強靭な精神力を取り戻した。その結果、魔女の呪いの力の影響を受けにくくなったのではないか。
ただ、呪いの影響を受けにくくなっても。
それは根本的な解決にはならない。
その一方で、魔女の定めた解呪方法がある。
「呪いを完全に解く方法。それは外見に囚われず、心から殿下に尽くす女性を見つける。その女性と手を取り合い、真実の愛を以てして倒せば、呪いは解ける ――のですよね?」
「はい、その通りです」
「え、こんなところにいる場合ですか!? ランス殿下は王太子。王様のお妃様になりたい女性は、沢山いるはずです。一刻も早く、その女性と手と手を取り合い、北の魔女に挑む方がいいのでは!?」
するとランスは、その碧眼を悲しそうに震わせた。
その姿にココまで悲しそうな顔になっている。
こんな時はいつも抱きしめ合っている。
ココを抱き上げ、ぎゅっとしてから、その背を撫でてあげる。
一方のランスは、なぜそんな悲壮な表情になったのか。その理由を話し出す。
「北の魔女ターニャを倒すには、僕に真実の愛を誓ってくれる女性が必要です。ですが多くの女性が石像に変えられ、さらに老人の姿になった僕を見ると……。それまで『ぜひ王太子殿下の婚約者に』と近づいてきた令嬢達が、離れて行きました。『そんな高齢の方を、心から愛するのは無理です』と言って」
それは……。そんな風に手のひらを返されるのは辛いことだ。しかも自身が一番苦しい時に、助けの手を引っ込められたようなもの。
「それだけではありません。その逆もありました。王太子妃にしてくれるなら、その茶番に付き合ってあげてもいいわよ、という令嬢も。平民の女性や娼婦まで名乗りを上げました」
「……後者の女性たちは、王太子妃という地位や名誉、お金が目的ですよね!?」
「その通りです。それは真実の愛とは真逆なものです。そんなことではターニャの呪いを解くことはできません」
この周囲の反応に、ランスは絶望する。
でもそんな気持ちになるのは……仕方ないと思えた。
なぜなら十代からいきなりおじいさんに姿を変えられたのだ。その時点で受けた精神的ダメージは計り知れない。その上で、見捨てられ、逆に甘い蜜を求め、すり寄る輩がいれば……。絶望的な気持ちになってもおかしくない。
「こんな自分を愛してくれる女性はどうせ現れない。それに自分としても、いきなりこんな老人になり、腰も曲がり、動きも緩慢になり……。目も耳も、よく見えず、聞こえにくい。これではどうせ先は長くないだろう――そう思い、王宮を去ることにしました」
自ら王宮を去り、森の中へ入った。そこを魔女である私に助けられた。
そんな状況だとは思わなかった。
てっきりこの世界の人間は成長=若返るとか思ってしまったが、そんなことはない。
まさか呪いをかけられていたなんて!
「事情はよく分かりました。私と出会った時、殿下はどん底だったのだと思います。ですが奇しくも私の介護により、その絶望から回復されました。現在、殿下は呪いに打ち勝つ精神的な強さを取り戻したのだと思います」
「ええ、そうなのです。それもこれもサラのおかげです!」
「それに今のお姿であれば、どんな女性も殿下を愛するのでは? 少なくとも高齢過ぎて、生理的に無理という声が収まり、好意を持ってもらえるでしょう。身分を伏せ、共に北の魔女ターニャに立ち向かってくれる女性を、一刻も早く見つけた方がいいと思います。こんな森にいる場合ではないかと」
「それは……その通りです。その通りなのですが……」
「何か問題でも?」
ランスは困った顔になり、こう告げる。
「真実の愛とは、相思相愛なのです。僕のこの姿を見て、好意を持ってくれる女性が現れても、僕自身が好きになれないとダメなのです」
「え、それは……」
そんなこと言われても!
呪いを解く必要があるのだ。好きになるよう、努力しなさいよ!と思ってしまう。
「殿下。言わんとすることは、恋愛経験がない私でも分かります。ですがそこは殿下も努力するしかないのでは!? 身分や外見がご自身の趣向と違う、好きになれないなんて考えている場合ではないですよね!? 外見なんて移ろうもの。人間ですから、どうしたって年をとり、容姿はやがて衰えるんです。それに身分なんて……平民だろうと、同じ人間ですよね!」
「サラ、違います、そういう意味で言ったのではなく」
「では何なのですか!? 好きになれないかもしれないなんて、最初から諦めたその態度。私はそういう男性には幻滅します!」
「え……」
ランスは分かりやすく顔を青ざめさせた。
ちょっと言い過ぎたかと思い、「え、えーと」と言い淀むと、ランスはハッとして弱々しい笑顔になる。
「確かにサラの言う通りですね。諦めているわけではないのですが……その、考え方を変えました。ターニャは魔女です。魔女と戦うのに人間では、限界があるのではないでしょうか」
「それは……つまり?」
「僕一人では倒せません。もし挑んでも別の呪いをかけられ、状況が悪化するように思えます。ですが魔女が助太刀してくれたらどうでしょう?」
ランスの碧眼が切実さを帯び、私に向けられている。彼の言う魔女、それすなわち、私だ。
「もしターニャを倒すことができたら、呪いも解けるのでは?と思ったのです。それにもしかすると、平和的な解決もできるかもしれません。魔法があれば、魔女でも拘束できますよね。命を助けるのと引き換えで、呪いを解かせるとか……」
お読みいただき、ありがとうございます!
ランスの考える打開策を、私はどう考えるのか!?
次回は「第11話:歓喜と絶望」です。






















































