108話:待ってください
部屋に戻ると、ランスは私をベッドに横たわらせ、すぐにメイドを呼び出す。そして自身は出て行こうとしていた。
「ランス、待ってください」
テールコートの裾を掴み、呼び止めてしまう。
「……一緒に休みませんか」
顔だけではなく、耳や全身も熱い。
自分から共に休もうと誘うなんて。
恥ずかしくてランスの顔を見ることができない!
「サラ」
顔を見ることができないと視線を伏せていたら!
ランスが騎士のように片膝をつき、跪くので、その顔が思いっきり見えてしまう。
碧眼はキラキラと輝き、頬はぽうっと珊瑚色に染まっている!
「お酒で酔っている状態での入浴は危険です。よってメイドたちに濡れたタオルを使い、体を清めさせます。サラの寝る準備が整ったら、僕は戻ってきますよ。入浴を終えてね。だから待っていてください」
そう言って私の手を自身の両手でぎゅっと握りしめた。
ランスの優しさに胸がキュンとし、その反動でロディの言動を思い出し、猛烈に頭に来て、悲しくなる。
同じ兄弟なのに。
どうしてこうも二人は違うのかしら。
ランスの優しさがロディに少しでもあれば。
私の魔力を利用しよう……なんて考えないだろうに。
父親は同じで、同じように愛情を注がれ、育てられたのではないの?
性格がこうも違ってしまうなんて。なぜなのかしら?
「サラ、どうしたのですか? なんだか怒っているような、悲しそうな……。もしや今、一人になりたくなかったですか?」
「! だ、大丈夫です。お酒を飲んで、体温も上がり、汗もかきました。ドレスも脱ぎたいしですし、身支度を整えたいです」
そこでまさに扉をノックする音が聞こえる。
「ではメイドを入れていいんですね?」
「はい」
「僕は一旦部屋に戻りますが、大丈夫ですか?」
「はい。入浴を終え、戻られるのを待ちます」
ふわっと笑顔になると、ランスは立ち上がり、優しく私の頭を撫でる。
愛おしい気持ちが込み上げ、「やっぱり行かないでください」と言いたくなるのを呑み込む。その間にランスはメイドに部屋に入るよう応じ、そして微笑みを残し、退出した。
◇
メイドさんにより身支度を整えてもらいながら、私はお水も飲むようにした。
同時にポーションを持参していたことを思い出し、それを飲んだ。
準備が整うのに従い、ポーションの効果が効いてきて、体も動き、目も覚める。
そしていろいろと考えることになった。
ロディの暴挙にばかり意識が向かってしまうが。
あの部屋に私を放置したのは……王妃ではないか。
隠し部屋なので人が近づきにくい。
しかも場所は王宮。
警備体制は万全。
そう思えるが……。
それでもノーリスクではない。
常識的な判断なら、部屋まで人を使い、運ばせる、ではないかしら?
あのままカウチで寝かせるなら、扉の前に一人ぐらい護衛を置くのでは?
正式発表はされていないが、私は王太子の婚約者なのだ。
それが部屋の明かりを消し、あのまま放置なんて。
そこで王妃の様子を思い出そうとするが、デザートワインで乾杯した辺りまでは覚えているが、その後が……。
前世でお酒を飲むことはあった。二日酔いは一度経験し、記憶が曖昧になったことも一度だけある。でもそれは完全に忘れているわけではなく、断片的に覚えていないことがあるという感じだった。
ここまでごっそり忘れるなんて……。
お酒って怖い!
そこでクールダウンする。
王妃を非難する考え方をしてしまったが。
酔っ払いの私は、態度がでかくなっていた可能性もある。
つまり私が「部屋まで送る? いいですよー、大丈夫ですよー。ここで少し横になれば回復すると思うんで。気にせず部屋に戻ってくださーい!」と言った可能性だってあるのだ。
ちなみに酔うと私は泣き上戸ではなく、陽気になるタイプだった。
うん、この可能性も加味し、王妃にはお詫びのメッセージを送っておこう。義母になる方であり、これから長い付き合いになるのだから。
「では髪をとかしますので、ドレッサーへどうぞ」
考え事をしている間に、すっかり寝る準備は整えられていた。
濡れタオルで全身を清めてもらえたし、パリッとした白の綿の寝間着に着替え、厚手のピンク色のガウンも着せてもらっている。
ドレッサーの前に座ると、メイドさんが二人がかりでブラッシングを始めた。
王妃への対応はそれでいいとして、問題はロディだ。
ランスは有能で、例の報告書は明日の午前中には仕上がるという。
つまり午後は「ターニャに“クピドの矢の呪い”をかけた犯人を捜すために動こう」とランスは言っていたのだ。そうなるとロディも一緒に動くことになるだろう。
ロディ。
私の魔力を欲しがったのは、遊びの域を超えている。
しかも魔法を使わせないため、レディの口を押えるとは! それ以上のひどいこともしようとしたのだ。本当に信じられない。
ではこの件をランスに話すべきなのか。
ランスはロディのことを、私にとってのココのようだと言っていた。
それだけ信頼し、大切にしている存在。
その弟が自身の婚約者にした行為は……正直、鬼畜だと思う。
それを知ったらランスは……。
勿論、未遂に終わっているし、魔力も奪われずに済んでいる。
だがもし、ランスとホークがあの時、部屋に来てくれなかったら……。
でも絨毯の上に落ちた瞬間に、口は自由になっていた。
魔法を使える状態になったから、最悪には絶対ならなかっただろう。
それを踏まえ、どうすることが最善なのかしら?
ランスにこの件を話すべきなのか、一旦伏せておくべきなのか。
「お嬢様の髪はさらさらですね。アップにされていましたが、この通り。元の艶々な状態に戻りました」
ドレッサーの鏡に映る私の髪は、見事なスーパーストレートだった。
「二人のブラッシングも良かったと思うの。ありがとうね」
メイド二人が笑顔になったところで、扉がノックされた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第109話:つい……」です。
ランスが部屋に戻ってきます……!






















































