106話:お楽しみの時間(2)
耳にかかる熱い息。
そして耳たぶにされるキス。
キスは首筋、鎖骨、そして大きく空いたドレスの胸元にまで迫る。
「…… ンス……?」
重たい瞼を必死にこじ開け、掠れた声で彼の名を呼ぶ。
薄目で見る限り、暗い。
薄暗くてあまりよく見えない。
だが自分が仰向けに横たわっていることは分かる。背中や頭に触れる感触はベッドのような心地いいものではなく……。少し動かした左手が壁に触れる。
壁……?
違うわ、この手触りは壁の材質ではない。革、では?
「!」
胸元で繰り返されていたキスが頬に移り、いきなり強く甘い香りを感じる。
前世の記憶で思い出す。
これは……ムスクの香りでは?
ランスはムスク系統の香水はつけていないはず。
いつも爽やかな香りをまとっていた。
その瞬間。
脳裏で赤信号が点滅する。
何かが、何かがおかしいと。
腕を持ち上げようとすると、やけに緩慢な動きしかできない。
そこで思い出す。
調子に乗って、デザートワインをぐびぐび飲んでいたことを。
完全に酔ってしまい、もしかするとカウチでそのまま眠り込んでしまったのでは!?
王妃は気を利かせ、そのままカウチで休ませてくれた。
もしかするとカウチで私が休むこの部屋に、何も知らない誰かが侵入したのでは!?
焦って体を動かそうとするが、力が入らない。
それでもなんとか、頬にキスをする相手の顔と自分の顔との間に手を潜り込ませることに成功した。だが、すぐに手首を掴まれ、手の平に相手の唇が押し当てられる。「ちゅっ」という音に背筋がゾッとした。
ランスではない。
ランスではない男性が、カウチに横たわる私にまたがっている!
手を引っ込めようとするが、手首をしっかり捉まれ、しかも手首からどんどん肘の方へとキスをされていた。
だ、誰なの、一体!?
まさかこのカウチに王妃が休んでいると思い、国王陛下がやってきたわけではないわよね!?
なんとか体を動かそうとするが、無理だった。
ドレスから露出している腕の部分のキスを終えると、再び首筋にキスをされる。
冗談ではない。
ランス以外に触れられるのも、キスをされるのも、我慢できない。
目を閉じ、気合で呪文を唱える。
「ひ、光魔法。閃光一閃」
目くらましの魔法だ。
私は目を閉じていたが、直視したら、しばらく目が見えくなるはず。
今のうちに風魔法でこの男をどけよう。
「風ま」
当てずっぽうで動かしただろうに、男は私の口を手で押さえつけた。
「お義姉さま、魔法は使わないでください」
この声は……、ロディ!?
「魔女の体液には魔力が含まれるのでしょう? キスをして魔力をもらおうと思ったのですが……。魔法を使われると困ります。そうなると……別の方法しかないですね」
まさか!
ロディの手がドレスのスカートをまさぐっている!
魔法についていろいろ私に尋ねた時は、鈍かったのに。
どうして魔力を得る方法については頭が回るの!?
抵抗したいが、デザートワインで酔った体はうまく動かせない。
どうしてこんなになるまで飲んでしまったのだろう!
それになぜロディがこの部屋に!?
みんなとカードゲームをしていたのではないの!?
「ドレスのスカートって、何枚重ねているんですか?」
冬だからこそ、よりスカートを重ねている。
防寒対策!
それにタイツだって履いているのだ。
ロディが手間取っている間に、まずは口を押えるこの手をなんとかしないと!
「うううっ」
「お義姉さま、無駄な抵抗ですよ。ボクより四歳上でも、所詮は女性なんです。力では敵わないはず。そのまま眠ってくださっていれば、キスで済んだのに」
冗談ではない! なんとかしないと!
懸命に頭をフル稼働させるが、魔法頼みの人生を送ってしまっていた。
頼みの綱の魔法が使えないとなると……。
女性の力なんて非力だ。
しかも私は今、酔っており、体の自由が効かない。
そんな状態ではどうにもしようがないではないか!?
「ううううっ!」
「え、何ですか、お義姉さま? こんなことをして兄上にバレないかって? バレませんよね。だってキスだったとしても、お義姉さま、兄上には話しませんよね? 他の男に唇を奪われたなんて、恥ずかしくて話せませんよね?」
ロディのこの言葉は呪いにも等しい。
なんだか一気に絶望的な気持ちになる。
だって、ロディの言う通りだ。
もし私がランス以外とキスやそれ以上があったと知ったら……。
ショックを受けると思う。
話せるわけがないではないか!
そこで思う。
どうして私は魔女なのかと。
魔女でなければロディは、私に興味を持たず、関心を抱かなかったはずだ。
でも、それなら、魔女でいいのなら、婚約者がいないターニャとの結婚を狙えばいいのでは!? どうしてよりにもよって私を!?
「!」
「あ、ようやく……え、あー、タイツ履いているんですね……。冬の女性は重装備過ぎます」
「ううううっ!」
ランス、ホーク、助けて!
「お義姉さま、大人しくボクにも魔力をください」
お読みいただき、ありがとうございます!
この義弟、危険過ぎる!
次回は「第107話:お楽しみの時間(3)」です。






















































