103話:お義姉さまのおかげですよね
王室付きの魔法使いがいたのに。
火災と王太子失踪が同時で起きるなんて、不運でしかない。
もしソルモンがいたら、ターニャを撃退できただろうに。
女性が石像になることも、ランスが呪いにかかることもなかったと思うのだ。
ううん、“たられば”は意味がない。
もし、〇〇していたら、もし〇〇していればと考えたところで、起きた過去が変わることはないのだから。
ともかくその後、宮殿に併設された図書館、温室、礼拝堂、庭園、宝物庫は入口まで見せてもらい、そこで昼食の時間になった。
昼食はランス、ターニャも戻ってきて、ロディを含めた、ホーク、私と五人でとることになった。王宮にある王族専用のダイニングルームに案内され、そこで昼間から大変ゴージャスな料理の数々をいただいた。
その席でターニャの“クピドの矢の呪い”をどうやって解いたのか、その前段となる戦闘の様子も詳しく話すことになったのは、ロディが聞きたがったからだ。好奇心旺盛な弟に、ランスは笑顔で応えている。その様子は仲のいい兄弟そのもの。
昼食の後、ランスは例の報告書を書くため、執務室へ向かった。ターニャは、石像になった女性達を元の姿に戻した件を、国王に報告することになり、再びソルモンと共に退出した。
残されたホークと私は、ロディに王宮の庭園を案内してもらい、その後、ガゼボ(東屋)でお茶をすることになった。
「兄上が北の魔女ターニャと剣で渡り合い、しかも自身も魔法を使うなんて驚きです。人間なのに魔法を使えるなんて、これもお義姉さまのおかげですよね」
ロディはローズヒップティーにたっぷりの砂糖を入れ、口に運ぶ。ランスもスイーツ好きだが、ロディも甘党のようだ。
「私はたいしたことはしていません。ランス殿下が魔法の呪文をちゃんと覚えていたからこそ、使えたのだと思いますよ」
「でもお義姉さま、魔力なんて目に見えませんよね? どうやって兄上に分け与えたのですか?」
うっ、そこを聞きます!?
動揺してカチャッとティーソーサーにカップを置くことになる。
「それは……秘密です」
「秘密?」
「そ、そうですね。ランス殿下との極めてプライベートなことなので」
そう答えるそばから顔が熱い。
ロディは探るように私を見て、何か悟ったようだ。
「つまり婚約者同士にしか許されないようなことで、魔力を与えるのですね……」
ロディのグリーンアイから逃れるように、視線をババロアに向け「それも含め、秘密です!」と答えることになる。だがこの後もロディは魔法についてあれやこれやと聞いてくるので辟易するしかない。
ランスが魔法に興味を持ち、いろいろ尋ねられた時。
嬉しくて仕方なかった。
それにランスは魔法についての本を読んでいたからだろう。ある程度、魔法に関する知識を有していた。ゆえに的を射た質問であり、それに答えることに、苦痛を感じることはなかった。でも今は……。
「兄上はいいなぁ。魔法を使えて。あ、魔力をもらってすぐに呪文を詠唱すれば、魔法は発動するかもしれませんよね?」
「お義姉さま、魔法の呪文って、例えばどんなものがあるのですか? この場で言ってもらうことはできますか? あ、杖とか必要です?」
「魔法ってどんな種類があるのですか? 火とか水とか……あとは? 兄上は何の魔法を使えるんですか?」
ランスより二歳年下の十六歳。
わずか二歳の差だがとても子供っぽく感じる。
何より、純粋に魔法に興味を持っているように思えなかった。
なんだか面白半分。
「ロディ殿下はどうせ魔法使えないんだから、知ったところで意味ないのでは?」
ホークがバッサリ斬ると、ロディは一瞬頬をひくひくさせた。でもすぐに笑顔になり、「そうですよね。ボクに魔力はなく、魔法を使えるのは兄上ですもんね」と、寂しそうな顔になる。
「ボクも魔女のお嫁さんが欲しいです、兄上みたいに」
これを言われた時は「あ~、ダメ!」と叫びそうになっていた。
ロディはランスの弟。
あのランスの弟なのだ。
ゆえに悪い子ではないのだろう。
単純に大好きな兄が魔法を使えると知り、自分も使ってみたい、使えるようになりたいと思った。よって魔女であり、ランスが魔法を使えるようになった魔力を渡す私に、甘えているだけだ。「ボクも魔法、使いたいなぁ」と。そして十六歳ならまさに思春期真っ盛り。おませさんだ。魔力をどう渡すのか。なんとなく想像がついている。その方法は恋人や婚約者であるから成立するもの。
だから。
「魔女のお嫁さんが欲しい」+「兄上みたいに」=「そうすればボクも魔法を使える」
なのだ。
そうだとしても。
私が嫌う“魔女を利用する人間”そのものに思えてしまう。
さらに言えば、魔女を利用する人間=権力者というイメージが私の中で強かった。それは精霊がそう教えてくれたのもあるし、家にある魔女の歴史書でもそう書かれていたからだ。そしてロディはこの国の第二王子!
どうしてだろう。
あのランスの弟なのに。容姿は完全に王妃似で、国王陛下ともあまり似ていない。ランスと似ているところもない。性格はしっかり者のランスに対し、完全にロディは甘えん坊。
容姿も性格もまったく似ていないのだ。
だからダメなの?
ううん。
“魔法を使えるようになりたいから、魔女と結婚したい”という発想が許せないんだ。ランスは私が魔女だから好きになったわけではない。私の本質を見て好きになってくれた。好きになった女性がたまたま魔女だった――なのだ、ランスは。それに対してロディは……。
義弟になるのに。仲良くしなければならないと分かっている。
でも……既に私の中で、苦手意識が芽生えてしまっていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第104話:それは罰? ご褒美?」です。
ターニャは国王陛下から、ある提案を受けたようで……。






















































