102話:ボク、嬉しいです
「魔法使いはソルモンがいるので、なんとなくどんな存在か分かっていました。その一方で魔女は……イメージとしては、腰の曲がったおばあさんや少し怖い感じがして。童話で魔女は、悪者として登場することが多かったので……。でもこんなに若くて清楚で、しかも兄上を助けてくれたのでしょう。嬉しいなぁ、素敵なお義姉さまができて」
謁見の間を出て私をエスコートして歩き出したロディは、開口一番でこんなことを言うので、私はくすぐったくてならない。
「え、でもロディ殿下はターニャと会っているんですよね。体調のすぐれない王妃様のために、ポーションを作るよう、呼び出したんですよね?」
ホークの言葉にロディは少し驚いた顔になる。
「あれ……どうしてそのことをホーク殿は知っているのでしょうか?」
「ターニャは“クピドの矢の呪い”にかかっている間の記憶はない。でも呪いをかけられる直前の記憶はちゃんとあったんだよ。それでロディ殿下にポーションを渡しに行ったことも、モーニング・グローリーの花を見に王宮の庭園に行ったことも、覚えていた」
「はははは。そういうことでしたか。……実はターニャはボクの先祖に恩があるということで、特別な盃で一度だけ呼び出すことができたのですよ。ボクはこっそりその盃を使い、ターニャを呼びだしたので……。秘密にしていたのですが、なんだバレてしまったのですね」
ロディは少しランスを思わせる困り顔でそう言うと、一旦立ち止まる。
「ここが、今日の夕食会が行われる“美食の間”です」
そう言って両開きの扉を開けると、そこは長テーブルが置かれ、椅子がずらりと並んでいる。左右の壁には暖炉があり、片方の暖炉の壁には国王陛下夫妻とランスとロディの家族四人の肖像画が飾られ、もう一方には王家の紋章のレリーフが飾られている。そして天井には沢山の果物が描かれ、壁には晩餐会を楽しむ人々の大きな絵画が飾られていた。
“美食の間”というか、“食欲が増進する間”に思えた。
私がそんなことを考えていると、ホークがロディに尋ねる。
「ターニャはモーニング・グローリーの花を見に行った王宮の庭園で、“クピドの矢の呪い”を受けたらしい。王宮の庭園は警備が厳しそうだけど、そんな簡単に魔法使いや魔女が忍び込めるのか?」
ロディは次の部屋へと私をエスコートして歩き出しながら、ホークの問いに答える。
「そうだったのですね。王宮の庭園は、宮殿の庭園に比べ、警備が厳しいですよ。一般人は勿論ですが、貴族でも許可がないと入れません。基本的に、王族のための庭園ですから。でも相手が魔法使いや魔女でしたら、関係ありませんよね?」
再びロディは立ち止まり、両開きの扉を開けながら、話を続ける。
「今回、兄上はターニャの魔法で、王都から遥か北の地から一瞬で宮殿の庭に現れました。そんなことをされたら、いくら警備を固めても、突破されてしまうと思います。そうですよね、お義姉さま」
「それは……そうですね。でも王室付き魔法使いがいるのなら、そういった場合に備えた魔法を展開していても、おかしくないと思いますが……」
とても広いホールだった。
二階まで吹き抜けになっており、その二階には室内バルコニーがある。
「ここは舞踏会や大勢の晩餐会が行われるホールです。オペラや演劇が上演されることもあるのです。二階に見えるバルコニーに椅子を置き、王族はそこから鑑賞します」
片面はガラス窓でその左右の壁が鏡になっているため、ホールがさらに広く感じる。
「使用方法にあわせ、カーテンを引き、鏡の壁は隠すこともできます」
「すげー。床は大理石で、シャンデリアも豪華。何より広い!」
ホークが感嘆の声を上げる。
「ここでお姉義様の爵位や婚約の件も発表されるんですよ。大勢の貴族たちが勢揃いしたこの場で」
それは想像すると、とてもすごいことだ。
前世でも、そんな大勢の前に出たことなどない。
しかも現世では、森の中でつい最近まで引きこもりをしていた。
舞踏会デビューは果たしたものの、それはあくまで地方都市での話。
王都は人口が違う。
貴族の数も違う。
なんだか今から緊張しそうだった。
「次の部屋へご案内しますね」
ロディは私の手を取り、再び歩き出しながら、先程の件の答えを口にする。
「ソルモンは魔法の塔に籠り、魔法の研究に魔力の多くを使っているようで、庭園の警備は人任せですよ」
そうなのかと思う一方で、人の手による警備もなかなかのものだった。
今朝、庭園であれだけの数の警備兵に囲まれた時は、ビックリした。
「ということは、ポーションを受け取った日に、王宮の庭園で特に異常はなかったのですね?」
「そうですね。むしろそれ以降、度々現れた北の魔女ターニャに手を焼きましたよ」
「ソルモン様はなぜ動かなかったのですか?」
「ああ、それは」とロディは渡り廊下を通りながら、その理由を口にする。
「南の農村部で大規模な山火事があり、それがなかなか鎮火せず、ソルモンはその対応で王都を開けることになったのですよ。まさに兄上が王都から消えた後で。本当は兄上の捜索を父上はソルモンに任せたかったのではと思います。でも捜索活動は騎士でもできますが、火災は人の手に負えないこともあるので。魔法使いであるソルモンが動くことになりました」
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次回は「第103話:お義姉さまのおかげですよね」です。
義弟はなんだかサラに興味津々で……。






















































