100話:頬にキスをするので……
もしランスが大魔法使いになれる可能性があるなら。
私よりもターニャのような魔女の伴侶になる方がいいのではないか。
思わず、そう言った瞬間。
ふわりと後ろから抱きしめられ、爽やかな香りを感じる。
「サラ、今、信じられない言葉が聞こえましたが、これは本心ではないですよね? 僕は魔法よりも何よりもサラが大切なんです。サラが魔法を理由に僕を遠ざけるなら、もう僕は二度と魔法を使いません。ですから変な考えはしないでください」
そう言うといきなりターニャの目の前でランスが頬にキスをするので、もう焦ってしまう。だがターニャはこの様子を見て、くすくすと笑った。
「あたしはもう呪いもかかっていないですし、殿下に対しては申し訳ないのですが、興味ゼロです。それに婚約者がいる男性や、既婚者の男性に手を出す気持ちにはなれませんから!」
さらにターニャは自身の手を口元にあて、ホークと談笑しているマークを見る。
「彼のような筋骨隆々な方がタイプなんです。殿下も相当鍛えていらっしゃいますが、彼は違いますよね。殿下は殿下で素敵です。でも私の好みは彼なんですよ」
そう言ってウィンクをする。
なるほど。
ターニャの好みは私とは全然違うのね!
「それに他の東西南の魔女達は、既に伴侶がいます。みんな一途ですから。サラさんは魔力の強さとか量とか、そんな余計なことを考えず、ご自身の気持ちに正直になってください」
そこで騎士団のメンバーが揃い、いよいよ出発となる。
「それでは殿下、サラ様、ターニャ様。王都でまた会いましょう」
マークがそう言うと、騎士達が一斉に左胸に拳を当て、背筋を伸ばす。
そこまでは感動的なお別れ。
だがターニャが呪文を詠唱した次の瞬間には。
広々とした庭園に転移していた。
こんもりと丸い形に整えられた植木が整然と並んでいる。
「……なんだか化かされたような気持になります。ここは見慣れた宮殿の庭園に見えますが、本当にそうですよね……?」
ランスがそう言うが、私だって同じだ。
ここまでの距離の移動をしたことがないので、実に不思議な体験。
しかもこんなに完璧に手入れされた庭園なんて、初めて見た。
基本、森の中では菜園ぐらいしか手入れをしていないので、草木は自由に伸び放題なのだから。
するとそこに。
「貴様、何者だー!」
怒鳴るような叫び声が聞こえ、様々な方角から警備の兵士がやってくるのが見えた。
◇
ターニャのお城でもゴージャスだったのに。
案内された宮殿内の貴賓室は、それ以上だった。
まず、天井が高い!
その天井にはびっしり絵が描かれている。
完成までにどれぐらいの歳月が必要だったのか。
想像もつかない。
暖炉は三か所あり、一番大きな暖炉のそばにソファセットが置かれている。
ソファは金糸で刺繍があしらわれ、全体に黄金の装飾。壁紙は白だが、あちこちに黄金の飾りが輝いている。天井からは大小のシャンデリアが四つもあり、絨毯は深海を思わせる深みのある濃紺で、とてもふかふか。
庭園で大勢の兵士に囲まれた時は、どうなるかと思ったが、敵というわけではない。それにランスがいるのだから、すぐにその場は収まり、こうして部屋に案内されたわけだ。
「快適そうなお部屋でよかったわね」
同じ魔女であり、女性であることから、ターニャと私は同じ部屋に案内された。
そのターニャは動じることなく、黒のローブを脱ぐとソファに座った。
すぐにメイドさんがティーセットを運び、スイーツがローテーブルに並べられる。
「九時半より、国王陛下夫妻と謁見となります。この後、メイドさんがドレスをご用意するので、お着替えをお願いします」
トランクの荷物はマークに運んでもらうことになっており、ほぼ手ぶらでここへ来てしまった。でもそれはランスが「身一つで問題ないです。僕だってその状態でサラと森で出会いました。そこでサラはすべて準備してくれましたよね。その時の恩返しをさせてください」と言ったが、まさにその通りで進行中だった。
ひとまずターニャの対面のソファに座り、用意された紅茶を飲み、スイーツを口へ運び気持ちを落ち着かせる。紅茶はランスが入れた時のようにとても美味しく、ミルクがよく合う。
スイーツはチョコレートで、甘いものに、緊張がゆるむ。
「失礼します」
メイドさんが入って来たと思ったら、トルソーも運ばれ、そこにドレスが飾られていく。その上で、“さあ、どのドレスに着替えますか”だった。着用イメージが湧き、これは分かりやすい!
正装になるため、すべて立襟長袖のドレスになる。
私が選んだドレスは、ミルキーブルーに白い立体的な小花が身頃を飾り、スカート部分に散らされているデザインのもの。ターニャはボルドー色で大きなバックリボンがついたもので、シックで大人っぽい。
メイドさんによりドレスに着替えると、髪をセットしてもらう。
私はハーフアップにしたが、ターニャはアップにしている。宝飾品は共にパールでシンプルに。お化粧は勿論、薄付けだ。
今頃ホークも隣室で、従者に手伝ってもらい礼服に着替えていることだろう。
無事、準備が終わったまさにそのタイミングで、ランスとホークが部屋にやって来てくれた。
~第四章「決戦の地を目指し」完 ・To be continued……~
いつもお読みいただき、ありがとうございます~
次回は来週より、第五章スタート!
「第101話:謁見」です。
将来の義父と義母に遂に対面!






















































