そのとき不思議なことが起こった
ユタが槍を構える。
罠にかかったペントアが暴れる。その左前肢を押さえたままリトはユタに合図を送った。
少しでも力を緩めれば動き出すだろう。
一瞬だけ足下を確認して顔を上げた。
目を疑った。
「え!?」
向かい側でテウィの声がした。
「...ユタは?」
注意しながらリトはそちらに声を投げる。
「...わかんねえっす。...気づいたら消えちまってて」
テウィが踏ん張りながら答えた。
「...狼狽えるな」
そう言いながらリトは素早くあたりを見回した。だがどこにもユタはいなかった。
不意に後方で声がした。
見ると、尻尾を押さえていたスァズが背後からゲマードの攻撃を受けていた。
尻尾を固定していた留め具が音を立てて破壊され、ペントアが尻尾を振る。ゲマードに気を取られていたスァズはそれをまともにくらって吹っ飛ばされた。
「まずい」
立て続けに留め具が壊れ、ペントアが右半身を持ち上げた。罠は即席で調整したぶん脆かった。
「いったん離れろ!木まで戻るぞ!」
テウィに向かってそう指示を飛ばした。
直後に、ペントアが体を捻って噛みついてきた。それを防いで飛び退く。先に走り始めていたテウィを追う。
スァズは戦える状態ではないと考えた方がいい。二人だけでペントアを止める方法はあるのか。ペントアは動きを止めないと戦いづらい相手だ。
予備の罠はあるが、さっきのもの以上に心許ないうえ、二人ではとどめを刺しきれるかわからない。
多少無茶でも離れたのは間違いだったか。まだ前肢だけでも固定できていたさっきの状態のほうがマシだったか。
背後から顎が迫る。それをなんとか躱す。その拍子に躓いた。体勢を崩す。
「先に行け!」
足を止めかけたテウィに叫ぶ。ペントアの頭突きを防御魔法でいなす。
「...助けを呼んでくるっす!」
そう言ってテウィは走り去った。
どうせこうなるなら最初からそうすべきだったかもしれないと、地面に叩きつけられながらリトは思った。
大舞台が解体中に崩壊した。死傷者を何度確認しても、それを支えていたうちの一人が見つからなかった。
救急車が搬送中に車道から飛び出した。それを運転していた者の行方を誰も知らなかった。
レフクは生徒たちに呼ばれた。見ると彼らの斑と一緒にいたはずの引率者が消えていた。
日が暮れてもチェオは戻らなかった。後に納戸が水浸しになっているのが見つかった。調べても、蛇口が開けっ放しになっていたことがわかっただけだった。




