じゃなくてもいいから
どうやら切り落とせば多少は消耗するらしい。そう聞いてからずっと手足や触手状に伸ばされた部分を狙って切りかかっている。
ようやく右腕を切り飛ばす。
しかしセリが一瞬身体を震わせると、すぐに元通り生えてきてしまった。
また。
セリはトワを見て笑う。
「もしかしたら次の一回で決まるかもしれないわよ?」
再び距離を詰める。そもそも距離を詰めること自体にリスクがある。無数の触手をかいくぐらなければならない。
何度か繰り返し、ようやく刃が触れる。
咄嗟に手を放す。刃が変形した腕に絡めとられていた。外された黒い刃は空中から手元に戻って来る
「...そんなことするくらいなら、急所を狙えばいいのに」
セリは自身の首を指す。
「出来ないことでもないでしょうに。本気で消耗戦をする気なの」
「他に選択肢はない」
首を狙ってもおそらく簡単に弾かれる。
今までの反応速度を見れば、腕だってその気になれば防御できるのは明らかだった。目的はわからないが、わざと切らせている。それでも、ダメージは与えられているはずだ、というのはトワの勘。
セリの側に殺意があれば、と考えることはしなかった。
突然、二人が動きを止めた。
「交代しますか」
トワの横にエルがいた。
「頼む」
トワはセリに背を向けて走った。
全身に細かい傷が無数にあった。痣や擦り傷がほとんどで、切り傷、刺し傷はなかった。
「話してくれますか?」
エルは目線をセリのほうへ向けた。
「...さっきのは」
セリは苦労してそう言った。
「なんのことですか?」
「...あなた、いつここに来たの?」
「今ですけど」
「どうやって?」
「歩いてですけど」
「...何しに来たの?」
「話をしに来たんです」
「わたし、トワの足止めを頼まれてたんだけど」
「十分じゃないですか?」
セリは腕を翼の形に広げ、エルに向かって叩きつけた。
「話してくれますか?」
エルは後ろにいた。セリは背中から触手を伸ばして背後を薙ぎ払った。
「自分が訊きたいのは、君の願いは何かってことです」
エルは正面にいた。
セリは腕と触手を元に戻した。
「...」
「君は悪魔に、何を願うんですか?」
「人間をこの世界から消すこと」
「何のためにですか?」
「人間がいないほうが、世界は幸せだからよ」
エルは数度頷いた。
「他に、同じ願いを叶えようとしているヒトはいますか?」
「...全員把握してるわけじゃないけど、いないんじゃないかしら」
エルは頷きながらセリに背を向けた。
「どこ行くのよ」
「帰ります」
「話は?終わり?」
「終わりです」
エルは部屋を去った。
見えなくなってから、残されたセリはため息をついた。
その首に、手が当てられた。




