悪魔の誘い
歩き続けていた瞬匿の背に何かが突然触れた。
振り返る間もなく景色が変わる。次に見たのはすさまじい速度で迫って来る城壁だった。
ぶつかる直前で止まる。
音が戻って来て、ようやくそれがフュバウの町の城壁であることを察した。振り返っても誰もいない。
数秒後、風を切る音がして、見ると邁莢が近くに着地するところだった。その後ろから游嬰が現れる。
「...毎回言っとると思うが、せめて一言かけてくれんか。死ぬかと思った」
「いい加減慣れろ」
衣を払いながら邁莢が言う。その向こうから游嬰は静かに2人に近づいた。
「濫酩たちはネウラに」
游嬰が言うと、邁莢が大きく息を吐いた。
「頼む」
伸ばされた手に游嬰が触れる。一瞬で邁莢の姿は視界から消える。
游嬰は黙ったまま瞬匿にも手を伸ばした。瞬匿は息をついて立ち上がった。
ボーアのネウラの町の城壁の外に逍喧がいた。
風を切る音がして、邁莢、瞬匿、游嬰が現れる。
「お、来た来た、低能ども」
小さく舌打ちして瞬匿が訊く。
「状況は?」
「この町にいるのは間違いないと思う。2人が向かった」
「儂らは?」
「今は待機かな。やつらも来るかもしれないし」
逍喧がそう言ったとき、町から耳慣れない音が聞こえた。
巨大なトラバサミのような顎が地面から飛び出してきて歩み寄ろうとしていた2人に噛みついた。
目の前の人物は目を見開いた。
「...食いちぎるつもりだったんだけど」
濫酩は呻きながら挟まれた片足を振り返った。匡瑚が胴体にわずかに食い込んでいた歯を両手でゆっくり開いて押し返すと、顎が形を変えて再び歯が突き刺さる。
「やめろ」
目の前の人物が声をかけると動きが止まる。
「降参する」
そう言って2人に歩み寄る。顎が地面に戻ると、匡瑚の身体に空いていた穴が塞がっていく。濫酩の足は黒く変色したかと思えば傷は塞がっていた。それを見て呆気にとられる相手に匡瑚は手を差し伸べる。
「ありがとう。さっきも言ったけど、わたしたちにはあなたを傷つけるつもりはないわ」
「よくいう」
「ついてきてほしいのよ」
「いやだって言ったら?」
「力ずくで連れて行く」
「やっぱり」
「それで?」
「知りたいんだけど、おまえらは何者?おれに何の用?」
「それはそのうちわかるわ。それに、あなたが何者なのかも説明する」
「...なんでおれがこんな目に」
「選ばれたから、としか言いようがないわね。ついてきてくれるかしら」
「...わかったよ」
「隙があったら殺してくれてもいいわよ。特にそっちは」
黙って聞いていた濫酩を指さす。
「悪魔の力」
「そう。聞いたことない?」
「どうだろう。おれにもよくわかってないんだよ。こいつが出てきたの今回が4回目」
「最初は?」
「今年の一月の始め。オズファにいた」
「聞いてないな」
「すぐにいなくなったから」
「名前はどないしよう」
「...えおれのってこと?一応ロコって名前があるんだけど」
「今はそれでいいんじゃない」
城壁を出ると4人が待っていた。
「おまえらの目的は?」
「悪魔を蘇らせる」
「...正気じゃないね」
游嬰が全員を移動させる。
「ところでなんでそんなに急いでるの?」
「敵が来るかもしれない」
「敵?」
「そう。正義の味方が」
「笑い事じゃないわい」
「事実だろ?」
「で?なんでおれが必要なの?」
「ちょっと待っててね。正義の味方が来ちゃったみたい。ぶちのめしてくる」
「やめてちょうだい。あなたはここにいて。わたしが行って来るわ」
命の扱いが軽い作品は苦手