殲根
目を開けたイースの視界に赤が映る。漂う匂いは独特なもの。
「2日にこのオフォベ、一昨日にタミュア」
「かなり移動してますね」
地図を見ていたイヴが言った。
「被害はどの程度?」
「オフォベでは一応死者は確認されていないようだが、タミュアはわからん」
「タミュアは大きい町ではないが、町の半分が瓦礫の山になったそうだ」
スェトナに現れたファンゼルは町を襲って行方をくらませた。それを二度繰り返している。
「どちらも一度襲撃してすぐに消えた。今それ以上に問題なのは、壁が壊されたことで魔物が集まってきかねないこと」
「現地でもできるだけの対処はしているが、限界がある。住民を移動させようにも道にも被害があったし、そもそも」
「また襲われる可能性が否定できない以上、どこも安全とは言い難い...ですか」
メオが言うとシュロが頷いた。
「次の襲撃が来ると仮定しても、どこかは予測できない。現状できることと言えばオフォベとタミュアの修復くらいか。オフォベは既に安全確保を終えて結界の修復に取り掛かっているが、タミュアはまだかかりそうだ」
説明を聞いてメオが重く呟いた。
「...想像以上にひどいですね」
「後手後手に回っていますからね」
「本来なら我が軍で解決すべきなのだが。マホがいなければここももっとひどかったかもしれない」
「私は何もしていない。事態は解決できていない」
「竜自体をどうにもできないのが悔しいな。手も足も出ない」
「我々は知っているが、あれは人間がどうにかできる相手ではないよ」
近くでファンゼルが目撃された。
「行こう」
5人が立ち上がる。
「誰だ」
行く手に人影を認めてシュロが声を投げる。
「...エル」
マホが呼ぶ。
「久しぶりですね」
「何の用だ?」
「少し話したいんです」
「急いでいるんだ。後にしてくれ」
話を切り上げて歩き出そうとするマホにエルの声が届く。
「今です」
立ち止まったマホは一瞬の逡巡を見せてから後ろのトワを見る。
「...頼む」
「わかった」
頷いたトワはもの言いたげなシュロを促して先に歩かせ、イヴとメオはそれを追った。
マホはエルを見据える。
「それはいつからですか?」
手の動きでで首の後ろを指しているのだとわかった。
(どこまで知っているのやら)
「気づいたのはニヒツから戻ったころか。言われるまで気づかなかった」
「痛いですか?」
「言われるまで気にならなかった」
「そうですか」
メオから、レタのことはある程度聞いている。
そこでエルは急に話を変えた。
「悪魔に頼んででも叶えたい願いってありますか?」
「...ない」
マホは短く返す。唐突さは今に始まったことではない。
「この世界で時間は常に変わらず流れています」
有名な話だ。この世界のモノは全て例外なく、同じ時間の流れの内にあり、変わることはない。
「悪魔のもといた世界は違うそうです」
「...で?」
「では」
エルが切り取られるように消える。消え切る前にそれから素早く目線を外し、マホは歩き出した。歩きながら、考えていた。
行く手からメオが走って来る。何やら慌てている。
(この匂いは?)
ってて?




