怒紋
「相変わらずですけど、今は少し落ち着いているみたいです」
それだけ告げてイヴはまた部屋に戻る。
「...心配なの?」
セツが忙しなく動き回るルカに声をかける。
「...まあね」
「ちょっと見てほしいんですけど」
顔だけ覗かせたイヴが言ってルカとセツがついて部屋に入る。
「リアは?」
「あー...うん」
寝台の上に仰向けにレタが寝かされている。額に汗が浮いている。
「ここなんですけど」
イヴが指さしたのはその左肩。
「...治ったって言ってなかった?」
ひび割れたような痕が肩口を中心に首筋や上腕にまで広がっている。
「そのはずです。前に見せてもらったときは切り傷の痕が小さく残っている程度でした。明らかに広がっていますし痕そのものも濃くなっています」
「...そこはファンゼルにやられたんだっけ?毒とか?」
「でも確か、衝撃波みたいなものに掠っただけだって言ってたよ、本人が」
「それに毒だとしたらこんなものは見たことがありません」
「イヴが知らないのか...」
レタの氷嚢を変えたイヴが思い出したように口を開いた。
「そういえば、あの2人にも見せてもらったんですけど」
「ヒョウたち?」
周りを行ったり来たりしていたイヴを見る。
「あれは投げナイフみたいなものでできたみたいでした」
周囲の者が黙っているとイヴは続けた。その視線はレタに注がれたまま。
「それに毒が塗ってあったみたいです」
他の者が息を呑むのとレタが突然咳きこんだのが同時だった。
「レタっ」
寝台から転げ落ちるレタにルカが駆け寄る。
レタが若干落ち着くと呆然としていたリアがイヴに問う。
「...今は?」
「応急処置はされていたみたいなので命に別状はありません」
イヴはレタに近づきながら答える。
「...」
「メパレンだったので、このまま安静にしていればそうひどくはならないはずです」
「メパレンって...下手すれば」
言いかけてリアは口を噤む。
助け起こされたレタの顔を覗き込んでイヴは声をかける。
「落ち着いてください。ゆっくり息をしましょう」
「...」
苦しげに深呼吸をして、黙ったままイヴを見返す。小さく喘鳴が漏れた。
「しばらく寝ていてください」
ルカとセツの助けを借りて寝台に上がって仰向けになり、再び深呼吸をする。
呼吸も落ち着いたのを確認して、セツを残して3人は部屋を出た。
「報せを聞いて慌てて走り出そうとして、倒れた。駆け寄ったときには意識がなかった」
「そうですね。もし精神的なものが原因ならぼくの手には負えません」
「竜につけられた傷が...」
「もう二か月くらい経つのにね。...竜か。オレたちはヴェアレアとジューカの攻撃もくらったけどあんな痕は残ってない」
「竜はやっぱりわからないことが多いですね」
「...なんとかならないの?イヴは何か知らない?」
「そう言われましても。見たところ、感情に反応しているみたいだったので、本人ができるだけ平常心でいることでしょうか。根本的な解決方法は今はわかりません」
「竜が出たときの怪我人なんて記録ないからな...。...あと、イヴ」
「?」
「...いや」
ルカが口を閉じて俯いているのを見てリアは疑念を飲み込んだ。
メオが戻って来た。
「大丈夫そうですか?」
「2人とも安定してますから、もう少しすれば起き上がれるかと」
「よかった。...そういえば、メパレンって?」
「ユータンの葉を煮た汁のこと。毒だよ。致死性はそこまで高いわけじゃないけど、とんでもなく痛いらしい」
「...。死ぬことも?」
「あるみたいですね。...ユータンは昔は栽培されていたみたいですけど、今は危険性を理由にほとんどの国で禁止されています」
「簡単に手に入る代物じゃないね」
「...ますますわからない。2人を見つけたとき、なぜか包帯を巻かれていた。多分アイツらのうちの一人が」
「「...」」
「会話を聞いた限り全員が仲がいいわけでもないみたいだし...」
「あと、あちらにもいるみたいですね。悪魔の力の持ち主」
「やっぱり...まあこの話は全員いるときにしよっか」
翌朝ルカが部屋に入るとレタがストレッチをしていた。
「レタ!」
「珍しく遅かったな。...結局ほぼ丸一日寝てたことになるな。ほっとくとすぐに動かなくなる」
「ぼくはおとなしくと言ったんですけどね」
イヴが確認したとき既にほとんど痕が残っていなかった。
「不思議なものですね」
「顔色悪いなお前。そんな心配したのか?」
「だって今までこんなことなかったし。真っ二つにされた時だって、ここまで痛そうにはしてなかったじゃん」
「まあいつまた再発するかわからないのが現状ですけどね」
「気をつける。...平常心か。自信あったんだけどな」
「それは比べる相手が悪かっただけです」
「...なんでこっち見るの二人とも」
そこへメオが入って来るなり言った。
「竜が出たそうです」




