侵、切、臥
「ねえエル。少なくとも今はアタシたちと目的は同じじゃないの?」
「そうですね」
「なにか知っているなら教えてくれない?というかアタシたちと協力しない?」
エルは考える仕草を見せる。
「今はその気分じゃないんですよね」
「...いつ気分になるのさ」
「では」
頭を下げる。
「あ」
ローチェと同じようにエルの姿が消える。
「...またか」
「もうこの程度じゃ驚かなくなっちゃった」
「オレは驚く気力がないよ。...ほんとに何しに来たんだよ...」
「...まあとりあえず、少し休憩しよう」
「あいつらって何人いるの?」
「エルに聞いたところでは6人。そのうち3人が悪魔の力の持ち主だとか」
「へー...」
「そろそろ行こうか。風が強くなる前に帰らないと」
「イヴ起きて。歩ける?」
皆と一緒に立ち上がったリアが声を上げる。
「今気づいたんだけど、頭から水被ったはずなのに服が全然濡れてないんだよね」
「本当だ。言われてみれば」
「竜の力なのかな。そういえばレタは肩大丈夫だった?」
「え?ああ」
繋いである船のほうへ歩いていく。その途中でレタが立ち止まる。
「どうした?」
「今何か聞こえなかったか?」
「どんな音?」
「ええ...どっかで聞いたことあるような」
歩いて来た方を振り返る。
「それじゃわかんな――」
最後まで言い切る前に、全員の体が突風に打ち上げられて宙に浮いていた。
「「っ!」」
なんとか着地した5人の目の前に変わった形の羽毛が舞った。
5人の中心に先ほどまでなかった影がある。二足歩行、頭や前肢、長い尻尾に派手な飾り羽があり、全身も羽毛に覆われている。鋭い鉤爪のついた脚で地を蹴って、呆然とする一行のそばを通り抜けて走っていく。島の端で長い首を上げて周りを見回すように動かす。その姿勢が下がる。
その姿が見えなくなった瞬間。
「「!」」
再び体が浮き上がり、吹き飛ばされる。
地面に激突するか海に落ちる寸前で何かに受けとめられる。
「たっ」
それで勢いは弱まったものの、地面に打ち付けられたルカが両手で頭を押さえる。
何かが形を変えて地面の平らなところに全員を投げ出す。
「...師匠」
トワが歩いて来た。黒い網が形を変えて背中の盾に戻る。
「...雑です」
「悪かった」
「さっきのは...」
「怠竜――ジューカだと思う」
リアが答える。竜は既に見当たらない。
「...また別の竜ですか」
ルカが頭を押さえて転がる。
「なんでアタシだけ...」
「むしろ君でなければ死人が出ていたかもしれない」
マホが僅かに波を被った裾を見ながら言う。
「なにも良くない...」
「トワ。助かったけど、どうやってここまで?」
「走って来た」
どうやら海面を走って来たらしい。
「...最初からそうすればよかったのに」
「忘れていた。それに疲れるんだ」
トワは顔色がよくない。
「帰りは乗るの?」
いやそうな顔をする。
「あっ船」
レタが船のほうに走っていく。
確認して無力感の滲んだ声を上げる。
「参ったな。さっきの余波か...。少し破れてる。直せるか...。この島に使えるものがあるか...」
「これは?」
後ろからついてきたトワが黒い盾を近づけると、崩れるように塊がいくつも落ち、それが形を変えて船体の穴を塞いだ。
「...大丈夫なのか?」
「何分かかる?」
「...イチオまでで6分」
「なら大丈夫」
「わかった」
レタは後ろの皆に出発を呼びかける。
「イヴ?」
「...師匠...」
「行こう」
「...はい」
イヴがついて来る。振り返ろうとするイヴに小さくトワが言った
「何もいない」
「トワってすごいけど、それ以外の魔法は使わないの?」
「...使えない」
「え」
「考え方が古いんですよ」
「働けお前ら」
静かになった無人島で、音がした。船を見送ったローチェの隣にエルが現れる。
「終わったんですか?」
「...とっくにね。驚いた。ただ通りかかっただけだったのかな。どこを目指してたんだろう」
「そうですか」
「...イヴと目が合った。偶然じゃない」
トワも力を使った後は目が合うことはなかった。
「なんでですかね」
「...キミもわからないことがあるんだ」
「わからないことだらけですよ」
ローチェが顔を向けてもエルはあらぬ方向を見ている。
「...あれでよかったの?協力しないままで」
「帰ります」
「待て」
「気が向いたら考えます」
音がして、エルが消える。
ローチェがため息をついて、懐から玉を取り出して振ると、同じ音が鳴った。
今度こそ島には誰もいなくなった。




