捌凍
黒い雲はイチオ島付近で確認されたと報告があり、5人は船で北東へ向かう。島にあった小さな船に乗る。
「船なんか乗れるの?」
「乗れずにこの国で生きてられるか。だが一人じゃ厳しいからお前らも手伝え」
「了解船長」
レタが指示を飛ばした通りにそれぞれが持ち場に着く。
「舵握ったら本性出るとかない?」
「ない。とりあえずはイチオに向かう。そこで情報を追う」
竜ははじめ北諸島の間に東側から入り、無人島に六日間とどまった。
イチオ島では二つの情報が手に入った。無人島に人を向かわせたがもぬけの殻、そして黒い雲は新しく、さらに南で確認された。
「南下してる...。どうして今頃になって」
「...今言っても仕方がないが、連絡手段は必要だろう」
「とにかく急ごう。なにかあったのかも」
「このあたりかな。ルカ?何か見えなーい?」
見張り台で周囲を見回していたルカが一方を指さす。
「あれ!」
小さな無人島の上に雲があった。
上陸し、平たい形の島の中心へ向かう。
「結んだ後ちゃんと確認しろ」
「しょうがないでしょ初めてやったんだし!言わなかったじゃん」
「後にしましょう。今は――」
「上!」
5人がまるごと収まってしまうほどの大きな水球が頭上から降ってくる。それぞれが転がって避けた先で、弾けた水流に呑まれる。
「え?」
手をついた感触の違和感にリアが声を上げた。
「これは...」
さっきまで地面だったところが水面のように反射している。水鏡のように自身が映っているのが見える。水のようだが斜面を流れない。手はその上にあった。
ルカがゆっくり立ち上がっても、両足は沈まなかった。足踏みすると波紋が広がって水鏡が歪む。
「...へえ」
そして空中に浮いている妬竜を見据える。
「出迎えご苦労!」
相手が動き出すのを見て走りだした。足を蹴るたびに水滴が跳ねとぶ。竜はルカに標的を定めたらしく、その後を追う。
「...適応早くない?わかってても足踏み出せる?」
リアも立ち上がりながら言う。
「彼女は感覚に従うタイプだからな」
マホが言うとレタも頷く。
「思考よりもな。今だって特に考えてないぞ。竜には攻撃が効かないってこと忘れてるんじゃないのか」
「とりあえず囮になるから!手考えて!」
攻撃を躱しながらルカが叫ぶ。
「手って言われてもな...」
「さっきリアが言っていたやつはどうでしょう?」
「まあ待つしかないか...」
後ろに回り込むように他が動く間も、ルカは尻尾の振り払いを躱し、続けて繰り出された体当たりも躱す。
「すごい。見切ってる」
「...まあ困らないまま生きてきたから、癖を直す機会もなかったんだろうな」
「まず他のやり方を知っていると思えない。上手くやれているならいいんだろうが」
竜がルカ目がけて頭上から突進する。ルカが躱すと、勢いを緩めず、まるで本当の水に飛び込むように地面に潜った。水飛沫を上げて全身が見えなくなる。
「!今ならいけるか」
リアが杖を構える。
ルカの足下の地面に小さくひび割れができ、ルカが飛び退いた瞬間、さっきまでいた場所の真下から竜が飛び出した。小さな欠片が飛ぶ。
空中に飛び上がった竜が周りにまとった水流を見て、リアとマホが杖を向ける。レタが放った矢で水滴が飛び、そこから広がるように水が凍り付き、竜の全身を包んだ。
「「っ!」」
しかし氷はすぐに砕け散り、それぞれは破片を腕や防御魔法で防いだ。少しも動きを止めることなく竜は真下の4人へ向かった。
4人は転がって避け、竜は勢いのまま張られた防御壁も地面の薄氷も全く意に介すことなく突き破り、再び潜った。
「...」
間を置いて飛び出しが来る。それを転がって避けたイヴの頭上から降って来た水球をマホが防御壁で受け止めた。斜めに飛び上がった竜はそのままレタへ向かい、レタが躱すとまた潜った。今度はルカの下から飛び上がった。
「っ...なんか怒ってない?」
「...だとしたら沸点低くない?」
空中で竜の体に円が連なったような紋様が浮かび、体の周りで水流が渦をつくる。
「...」
吹き飛ばされないように耐えながら、リアたちは渦に包まれた竜の体が光るのを見た。
渦が消えると、竜はいなくなっていた。足下で水が流れ落ち、元の土が現れる。
ルカが地面に腰を下ろす。
「終わった...のかな今回も」
「また雨が降るのかな」
リアも同じようにしながら空を見上げる。
「...ぼくは足手まといでしたね。すみません。師匠と一緒にいればよかったですね」
イヴが言うとリアが力なく笑った。
「全然。オレたちだって今回ただ逃げ続けてただけだし」
「...ローチェ」
不意にマホが誰かを呼ぶ。
その先を見ると、海岸側に二つの人影があった。
「え!?いつの間に」
ルカが飛び上がる。
「お前よくまだ動けるな...」
「だって、ここ島だよ?」
見回しても船は5人が来た一隻しかない。
「...今回も全員無事か。流石だね」
歩いてきながら淡赤の衣のほうが言う。仮面を着けていて表情はわからない。
「...何しに来た」
マホが問うと淡赤――ローチェが答える。
「特にこれといっては。竜はやっぱりわからないけど、まだキミたちは戦うでしょ。今回は、やつらがここに来てないことを確認できたから。もう帰るよ」
そう言ってもう一人のほうを見る。
「ボクはもう来る気はないよ、用がないから。あっちは知らないけど」
言いながら、その姿は背景に溶けるようにして消えた。
残された5人は一人で立っているエルのほうを見る。しゃがんでいた背が立ち上がる。白い外套を翻して振り返った。
「久しぶりですね」
仮面ごしの視線は誰の目とも合っていない。