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死神のとどけびと  作者: 花
1章 とどけびと 
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4 出会い

4 出会い


オースティンが到着した際、既に集会所はざわめきに包まれていた。


集まっているのは、それぞれの自宅にて夜支度をしながら過ごしていたはずの村老達。先程まで寝間着姿のまま外をうろついていた者もいたはずなのだが、すっかりと身なりを整えた彼らは到着したという【とどけびと様】を前に隠し切れない興奮を滲ませていた。


灯された蝋燭が人々の影を揺らしている。


暗い空気がずっと漂っていた村に生まれた久々の熱気。

「おお、村長。お早く」

熱気に中てられて、思わず立ち止まったオースティンに最初に気が付いたのは、一番扉の近くにいた村老だった。


【とどけびと様】の姿は皆に囲まれているせいでまだ見えない。


手を軽く挙げ挨拶しながら「どんな方だ?」とオースティンは尋ねる。

だが、その答えを聞かされる前にオースティンは呼吸すら忘れて固まった。


集会所の入り口で村老と話すオースティンの声に気が付いた他の皆が、順々に左右に分かれるようにして【とどけびと様】への道を譲っていたのだ。


まるで海を割ったかのように綺麗に引かれた人の波。現れた一本の道。


オースティンの瞳には集会所の奥に通された一人の女性が映し出されていた。


『赤い光の粒を携え、まるで夜の化身ともいえる風貌をしていたというそのお方は…悲しみで溢れた土地を訪れては奇跡の力を使い。皆の心に安らぎと蔓延っていた未練を鎮めたと言われております』


「村長さんですか?」


物憂げな黒色の瞳に、肩口で切り揃えられた黒い髪。耳から垂れる深紅のイヤリング。


真っ直ぐにオースティンの元へと向かってきた彼女は、

「本日より少しの間、お世話になります」

図書館の絵画に描かれたままの姿で、至極丁寧にお辞儀をしてみせた。


彼女の滞在期間は特に決められていない。治療方法も含め、何もかもが不明だ。


実はこれほど【とどけびと様】を崇拝している者が数多くいるエンレイ村においても、彼女に関して詳しく知る人間はいなかった。そもそも代々継がれてきたものといえば…ほんの数十行の文章と、図書館に飾られている絵画しかなく、とどけびとの伝承とはエンレイ村が抱える数多の伝承の中でも特級レベルに謎めいているといっても過言ではなかった。


それでも村の住人達が【とどけびと様】に対する感謝の念を忘れていないのは、彼女に救われたことがあるという当時の先祖達の深い想いが未だ彼らの中に根付いているからだ。


故に。


彼女の人となりなんて知りようもなく。

まず始めに必要なことはお互いについて理解を深めることだとオースティンは考えた。


大切な村娘達の治療をしてもらうのだ。

【とどけびと様】に対して盲目的な崇拝をしている同年代の村老達に比べてオースティンはその辺り冷静だった。


和やかに、けれども彼女のことを知るには。

古来より方法は決まっている。


オースティンはさっそく、歓迎の意も込めた宴を開くために動き出した。


豪雨にやられ、たっぷりと水の含んだ服を着たままになっていた彼女を今すぐ村の大浴場に案内するように女達に任せ。残りの者達は宴に最も重要な食事作りに取り掛かる。


調理場において指揮を執ったのは、長年村の料理番を勤めてくれている男だった。

先祖代々料理番を勤めている彼の一族は作る料理も多種多様であり。加えてエンレイ村唯一無二武器である情報が手助けし、彼の料理の幅は世界中に渡る。


いくら謎の多い彼女とはいえ気に入るものがきっとあるはずだ。


脂の乗ったサーモンのソテーに。辛味と酸味の効いたトムヤムクン。中身のぎっしりと詰まったミートパイ。その他様々。世界各地の料理が大きなテーブルの上に続々と運びこまれていく。


風呂で十分に温まることができたのだろう…ほんのりと頬を赤く染めた彼女が座敷へと案内されて来たのは、そんな大きなテーブルが丁度出来上がったばかりの料理で埋め尽くされた頃のことだった。


「どうぞ。お好きなものをお好きなだけお取りください」

「ありがとうございます」


微笑み答えた彼女が料理を選び終えたことを皮切りに宴会は始まった。


【とどけびと様】という方のことを理解するには数時間という時などでは到底足りないのだろうとオースティンは思う。

それが彼女を観察し続けて、オースティンが下した結論だった。


決して豊かとはいえない表情の移り変わりに、少ない口数。

無口でとっつきにくいタイプなのかと思いきや、投げかけられた質問には丁寧に答えてくれ。

本人を象徴する…静寂かつ神秘的ともいえる雰囲気からは騒々しい場など苦手そうであるにも関わらず、気にした様子もなく一人のんびりと…味噌の香りをたたせる汁に、三角に結ばれた異国の飯を食べている姿は。


ミステリアス、というのだろうか。


何度会話を繰り返しても、長時間隣に並んで座っていても、薄いヴェールで何十にも包み込まれているかのように彼女のことはよく見えない。伝承に登場するような人をそんな言葉で片付けていいのかは分からないが、少なくともオースティンが受けた印象はそういうものだった。


けれど、何故だろうか。

オースティンの胸の内に不思議と不安は残っていない。

理由は自分でもよく分からない。


分かったことといえば、彼女が過去エンレイ村を訪れたのは事実であるということくらいだ。彼女は村人からの質問に、仕事をするために来たことがあると簡潔に肯定してみせた。その言葉に嘘偽りがないことは恐らくその場にいた全員が理解したはずだ。


かく言うオースティンも自分の心が良い意味でざわめいているのを感じていた。


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