3 黒髪の彼女
3 黒髪の彼女
夜道を走り抜ける一台の鉄の塊。
全方向から叩きつけられる大雨に、鉛色の空を一瞬だけ明るく照らす稲妻。照らされたライトによって浮かび上がる…ただでさえ舗装されていない山道はぬかるみ、塊の中に座る二つの体は縦に横にと大きく揺れる。
「こりゃあひどい雨だ…。お客さん!こんな山奥に本当に村があるんで!?」
「はい、もう少し先に行ったところに」
季節は夏、彼らは突然のゲリラ豪雨に襲われていた。
よくよく見れば勢いよく跳ねた雨によってもはや泥まみれと化した鉄の塊には「taxi」と消えかかった文字で書かれ、紺色の制服に身を包んだ壮年の男性がハンドルを握りしめている。
「そうですかい、じゃあもっとひどくなる前に急ぎますかね」
「お願いします」
今日は何かと巻き起こる日だと思いながら頷いた運転手の視線はちらりとバックミラーに移された。
視線を浴びせられたのは後部座席に座る、とある女。
田舎町の普段誰も訪れることはないようなタクシーの乗り合い所に昼間尋ねてきた珍客だ。
雨をしのぐためか、被ったままになっているフード付きの薄手の外套。重厚感のある古びたトランクケースを膝の上に抱え、動きやすそうなロングパンツにショートブーツといった軽装で身を包んでいる。
儚い雰囲気の中にはまるで長い旅路でも歩んできたかのような落ち着きがあった。
返事を終えて、女がこつんと窓に頭を寄せた。会話の終わった車内は沈黙に包まれる。激しく車を打ち付ける雨の音がよく響く。女の瞼は徐々に閉じられようとしていた。
木、木、木、とどこまでも変わらない景色。
暇なのだろう。もしかしたら旅の疲れがでてきているのか。感情の乏しい様子の女からは読み取れないが。
女は瞳を閉じようとして。
ふと、次の瞬間。何かに気が付いたように目を開いた。
「………」
黒色の瞳が空虚な空間を見つめたかと思えば、小さく唇を開いて今にも消えてしまいそうな呟きを零す。小さすぎて運転手にはまったく聞こえていないようだ。言葉は誰に届くこともなく宙を舞い、雨の音に混じる…が。さして女は気にした様子もなく。
まるで何かに頷いてみせたかのような仕草をすると再び扉に体を預け、今度こそ瞳を閉じた。
※※※
「村長、来てください!村長!」
「しー。アメリアが今寝たところなんだ。どうしたんだ?そんなに慌てて……」
「すみません。でも!のんびりしている場合じゃありません!到着されたんですよ!早く寝間着から着替えてください!」
「到着?」
「【とどけびと様】です!たった今、門の前にご到着されました!」
※※※




