表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神のとどけびと  作者: 花
巡り会い
26/26

化け物

ろうそくの炎が揺れている。

淡いオレンジ色の光が辺りを優しく包み込み。暗い床に二つの影を落としている。

くるくるとパスタを巻いては口へ運ぶ二人の女性の影だ。


二人は時折、弾けるような笑いを零し。

かと思えば、神妙な顔で語り合う。

なんてことのない日常の些細な話から、世界各地を渡り歩くという旅人の彼女が今まで通って来た国や村の話まで。


そうしてひとしきり話し終え、二人の皿が空になった頃。自然と話題はここ、カルミアのことへと移り変わっていった。


「もうバレているとは思うけど、あたしこの村に馴染んでないの」

話はソフィアの告白から始まった。

幼い頃から親にも、村の大人たちにも煙たがられていること。その姿を見て育った子供たちにもよく虐められていたこと。


「原因は分かってるんだけどね」

ソフィアは窓からもう暗くて何も見えない外をぼんやりと見つめた。

「…あたしが獣に同情的なことばかり言うから」


カルミアにとって獣とは決して相容れることのできない、敵だ。

村で一丸となって戦うべき相手。

だというのに村の中、ましてや自分たちの身内にそれを乱すものがいるとすれば、それは面白くないだけでは済まない。

許されないことだった。


「でもね」

そんなことソフィアにだって分かっているのだ。


『まって、おいていかないで』

ただ引っかかっていることがあるだけで。

その事実をなかったことにはできないだけ。で。


「あたしはね、その獣に助けてもらったことがあるの」


その日は珍しく村の子供たちに「一緒に遊ぼう」と誘ってもらった日だった。

ソフィアは嬉しくて、目を輝かせて彼らに着いて行った。

壁より先には絶対に外に出てはいけないよ。

幼い頃より言い聞かされた決まりなんてすっかり頭から抜け落ちて。


そして気がついたら時には。

「お察しの通り、迷子になっちゃったの」

気がつけば誰も周りにはおらず。右を見ても左を見ても、同じにしか見えない森の中。

我に返った幼きソフィアの心が悲しみと恐怖心で満たされるようになるのはあまりにも容易なことだった。


「それでね、あたし。どうしても動けなくなってしまって。ずっとその場にしゃがみ込んでいたの」

『おとうさん、おかあさん』

少女にとって頼りにするしかない大人たちの名前を呼んでは泣きじゃくった。

「でもね、誰も迎えになんて来てはくれなかったわ…気が付かなかったのかもね」


過去から束の間だけ意識を今に戻したソフィアはそう言って小さく笑う。

微笑みながらもその顔の裏に隠されている感情は決して明るいものではない。


―それ以外の答えなんていらない

当時の幼かったソフィアには分からなかったことも、大人になった今なら分かる。

これ以上は踏み込んではいけない。自分の心のために。


「だからあたしが村に帰ってこれたのはあの子のおかげなの」


『そこでなにしてるの?』


その子が一体いつからそこにいたのかは分からない。

泣きじゃくって、息苦しくなって、顔を上げた時にはそこにいた。

とめどなく溢れる雫に反射した…夕焼け色に染まった毛並みは、ソフィアの涙を一瞬で止めてしまうほどには美しかった。


「きっと慰めてくれてたの」

近づいてきた獣は、村の大人たちが描いた姿よりずっと穏やかな表情をしていた。

くりくりの瞳は可愛くて。


人間の肉などあっという間に引きちぎってしまうぞと教えられていた牙は確かにあったけれど、獣はそんなものを使う気配もなくただ少女の涙を優しく舐めとった。

少女が怖がっていないことが分かると、今度は頬を。

順々に舐めてはやめ、舐めてはやめを繰り返した。


「あたし気づくと笑っていたわ」

状況は何も変わっていないのに、心は軽くなっていた。

震えて立ち上がれなかった足が動くようになっていた。

だから泣いてばかりのこの状況に立ち向かう勇気が持てた。


「…命の恩人なの」


ソフィアにとって何よりも大切なものを与えてくれたのは、人間ではなく獣だった。

ただそれだけのことだ。


今ここにソフィアが生きていられるのは。

一人の力で無事家まで辿り着けたのは。

意地汚い顔でニヤニヤと笑ういじめっ子たちの顔を思いっきりグーで殴れたのは。

ただ一人、必死に探してくれていた祖母の胸の中に帰れたのは。


過去から完全に意識を戻したソフィアはすっかりと日の落ちた外を見た。


「…」

「…」

「…ねぇミツキ」


無言のまま彼女がソフィアの方を向く。


―先に襲ってきたのはあいつらだ

―仲間が傷つけられた

―殺されたんだ!

―ほんとうに?

―あいつらは獣だ。血も涙もない…人間を襲う化け物に近い何かだ


少なくともソフィアの瞳に映ったものはそうではなかった。

なら彼女の目にはどう映るのだろう。

この土地に、村に、初めて足を踏み入れた…彼女の目には。


幼い少女を山に置き去りにした子供達に対して「ほどほどにしておけよ」と笑う人間か。

敵である人間の子供を救い出した獣。


「ねぇ、ミツキ」


本物はどちら?


「ほんとうの化け物はどっちだと思う?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ