村の掟
「やっと帰りやがった、あいつら」
「そうだな…ったくそんな時だっていうのに。聞いたか?またあの家のやつだってよ」
「ああ。よそ者を村に入れたらしいな」
「ソフィア。関係者以外を村へ入れるな。都会に出てそんな決まり事も忘れたのか?」
カルミア村、北西部。立ち並ぶ小さな木造小屋のうちの一つが現在のソフィアの家だ。
家の周囲には伸びっぱなしの草が茂り。玄関扉の隣に置かれた鉢植えには枯れた花が放置されていることから、家の主は長らく不在にしていることが伺える。
手入れされることなく放置されていた一軒家。
「忘れたりしてないわ」
そんな家の前では現在、家主であった老婦人の孫娘…ソフィアの語気荒い声が響き渡っていた。
「なら何故怪しいやつを村に入れた!」
「怪しくなんてないわよ!彼女は!あたしの!友達なの!」
言い争っている相手はソフィアにとって幼馴染ともいえる肩書を持つ男である。
ソフィアと彼は特別仲が良かったわけでもないが、悪かったわけでもない。
にも関わらず、ここまでの険悪な雰囲気。
幼馴染の後ろに並ぶ取り巻きも誰一人としてソフィアのことを庇おうとしないことから、彼らの間には埋めるには苦労しそうな深い溝があることが察せられる。
「あのまま山に放置して、貴方たちのいうその獣に彼女が襲われたっていいって言うの?」
「誰もそんなことは言ってないだろう!
今回争いの種となっているのは、ソフィアが連れてきたあの旅人の彼女の存在だった。
「そう言ってるのと同じじゃない!」
村に縁ある人間以外の立ち入りを禁ず。
いつから定められているのか…それがここ、カルミア村で定められている決まり事だった。
誰が作ったのかは知らない。
知らされていない。
ただそれを律儀にも守り続けている彼らと、そんな考えに縛られることに辟易とし村を飛び出したソフィア。
「お前は昔から…皆の輪を乱してばっかりで」
根本的な考え方が違うのだから意見が交わることもないのだろう。
ソフィアにとってここは生まれ育った場所ではあるが、決して心安らぐ場所ではなかった。
「おかしいと思うことをおかしいと言って何が悪いのよ」
「お前のために言ってやってるんだろう!これ以上父さんたちから目をつけられてどうする?」
『どうしてみんな…けものがきらいなの?』
『あのねえ…ソフィア』
『ソフィア、けものがわるいことしてるのなんてみたことないよ。それにおばあちゃんだって言ってた…』
『ソフィア!』
―どうでもいい
『あの子は本当に昔から変なことばっかり言って。言うことだってまったく聞いてくれないし』
『うちの家族はただでさえ母さんのことで冷たい目で見られるんだから…。もう勘弁してくれよ』
―今さらどうでもいいわ
期待なんてしちゃいない。
そんなものするだけ無駄だ。
「…」
昔からそうだった。
この村にソフィアの居場所などないのだ。
おばあちゃんの隣以外…あったことなど一度もない。
だからソフィアは吐き捨てた。
「どうでもいい」
ふん、と嫌味たっぷりに微笑んでみせる。
「はあ?」
「あんたたちにどう思われようがどうでもいいって言ったの、聞こえなかった?」
幼馴染は憤慨したように、顔を赤く染める。
「帰って」
それ以上の追及は許さないとでも言うように、思い切り吐き捨てると、話し合いはそこで終わった。




