12 約束の行方
12 約束の行方
あの夏の日。ダニエルの旅は終わった。
数年という長い年月をかけた放浪はある日を境としてあっけなく、けれどもダニエルの心に確かな希望を与えた後、終幕を迎えた。
「ルーク君には会えましたか?ダニエルさん」
あの摩訶不思議な…けれども幸せな夢から覚めた時、ダニエルの顔を覗き込みながらそう尋ねてきた彼女とはあの夜以来会ってはいない。
彼女を乗せたバスは復旧工事を終えた道路に向かって、早朝のうちから出発してしまったと友人から聞いた。
なので会話という会話は森の中で交わしたきりだ。
彼女はダニエルが無事息子に出会えたことを確認すると心底嬉しそうに微笑んでみせた。
「自分の名前も思い出せたんですね…良かった」
噛み締めるように言った後、彼女は隣にある息子のピアノの足を人の子にするようにそっと撫でる。
数年間も野ざらしにされ、あちこち傷み始めているピアノをいたわっているかのようだった。
そんな彼女の横顔を見て、
貴女が【とどけびと様】なんですか。
喉元まで出かかった疑問は、確固たる答えを得るためだけに尋ねるのも無粋に感じられて…結局答え合わせはしていない。
ダニエルは暫くの間、友人のホテル経営を手伝うことになった。
どこからか風の噂でダニエルがフォレスト・スノウにいると聞いた元部下達から帰ってきてもらえないかという打診もあったが、今更古巣へ戻るのも…という気持ち半分、息子と再会させてくれた友人のホテルへ感じる恩義半分。
悩んだ結果、なんだかんだと世話を焼いてくれた友人の傍で数年働く契約を交わした。
自分の持つ知識がまだ錆びついていないことを確認した彼は今を後輩への育成期間に注ぐことを決めたのだ。
その後のことはまだ考えていない。なるようになれば良いと思っている。どうせ自由の利く独り身だ。また旅に出たっていいかもしれない。
そうして生きて。
日常のふとした瞬間に君のことを思い出して。
休みが訪れれば墓参りに行って。
君のピアノを何とかして直せないものかと足掻いて。
仕事を頑張ってお金を貯めて君と過ごした古民家を買い戻して。
そうやって、生きたその先で。
「僕たちはまた逢えるんだろう?ルーク」
だからそれまで。頑張るから。
父親としてあの子の愛していたものを守れるように。
記憶が曖昧になってしまった時、少しでも多くあの子のことを思い出せるように。
「おやすみ、ルーク」
また明日。また今度。また二人会える日まで。
≪もう一度、逢いたい人に逢うために人は想いを伝えあうのです≫




