5‐1 海辺の村の御伽噺
5‐1 海辺の村の御伽噺
その日の宿のことをどうするか、なんてこと…すっかり頭から抜け落ちて、辺りが暗くなるまで一人砂浜の上に座り込んでいたダニエルだったが、流石にこのまま夜を越すわけにはいかないと何とか重い体を動かして歩き出した。
民宿をやっているという家を訪ねてみれば、案外すんなりと部屋を貸してもらうことが出来た。
時間も時間だったため食事は自重する。
それならば、と民宿を営んでいた老夫婦は宿泊料金を格安にしてくれ、部屋の鍵だけ渡してくれた。日雇いで稼いだ金もそろそろ底をつきそうになっていたダニエルとしては、大変ありがたい話だ。
部屋の中は潮の香りと波の音で満ちていた。
海の上にせり出すようにして造られたこの辺り特有の建築技術なのだろう。真下から波の音がよく響く。
中央に置かれた…シングルベッドの向かい側には鏡付きの机と椅子、隣には備え付けられたブックスタンド。数冊の本が等間隔で並べられている。
特に腹も空かせていなかったダニエルは旅の疲れもあり、すぐにベッドに寝転がった。
そのまま眠れてしまえれば良かったのだが、どういうわけかしっかりと目が冴えていたため、かつて本の虫とも呼ばれたこともある彼はブックスタンドに手を伸ばし、手に触れた本を取るとパラパラと適当にページを繰り始める。
わずか数十ページの短編。眠る前に丁度良さそうだ。
「花嫁伝説?」
表題に書かれていた文字を呟いてから、ダニエルは思い出す。
そういえば村の端に海の方を向いて座る…二つの銅像があったことを。
仲睦まじい様子で寄り添う男女の銅像、どうもあれが題材らしい。
それは、村に住んでいた漁師と異国から嫁いだ花嫁についての物語だった。
『昔、ある時。ここアルメリアの村は大きな嵐に呑み込まれてしまいました。
空は真っ黒な雲に覆われ、海はかつて見たことがないほどに荒れ、家を震わせるほどの突風に子供達は皆、怯えていました。
次の日。昨日のことがまるで嘘だったかのように晴れ渡った空が広がった日。
喜びに溢れた子供達は砂浜に向かって駆け出しました。すっかりいつもの姿を取り戻した海で泳ぎ遊ぼうと思ったのです。
ですが。
「はやく!こっち!」
あるもの、を見つけた子供達は大急ぎで家に帰り、大人を引き連れて再び浜へと戻ってきました。
「ほらあれ!」
子供達の差す指の先にあるもの。
それは人間でした。
いえ。正確に言えば人の形をした何かだと、当時の人の目には映りました。
まだ精霊が存在しているといわれていた遠い遠い昔の時代。
村の外との関わりをほとんど持たず生活を行っていた彼らは、嵐が吹き荒れた次の日…突如として現れた知らないものに戸惑いを感じてしまったのです。
よって、倒れたものに駆け寄る大人は誰一人としていませんでした。
皆が顔を見合わせながらどうすべきか悩み、誰か動き出す者はいないかと押し付け合っているようでした。
事態が動いたのは、長いようで短い沈黙の時間が明けた時のことです。
最初に動き出したのは村で漁師をしながら暮らしている若者でした。
青年は恐る恐る倒れ込んだままピクリとも動かないものに対して話しかけます。
『「大丈夫か」と。そしてその正体がようやく自分と同じ人間だと気が付くと、慌てて「誰か手伝ってくれないか」と叫びました』




