4 ダニエル・グリーンという人物
4 ダニエル・グリーンという人物
「ダニエルさん、あたし…この業務はまだやったことがなくて」
「やっておくよ。後で教えてあげるから今は少し休んでおいで」
「ダニエルさん、相談したいことがありまして」
「5分だけ待ってくれ、これを終わらせてしまうから」
「予想以上に大人気だな、うちの新人は」
髭を剃り、髪を纏め清潔感を手にしたダニエルは現在フォレスト・スノウの裏方業務に徹していた。
その背を見守るのはもちろんこの人。業務内容を口頭で説明しただけであっさり頷いたダニエルを見て、やはり自分の判断は間違っていなかったと満足気にほくそ笑んでいるフォレスト・スノウオーナーと。
「新人だなんてそんな…ここの業界を目指してきた人であの人のことを知らない人なんていませんよ…」
休憩室を出てきたところをとっ捕まった齢十八…正真正銘この職場において一番の新人である彼だ。
オーナーとダニエルの関係値を知らない新人君は目の前にいるのが自分にとって完全な上役であるにも関わらず何を言ってるんだろうこの人、と口には出さないが表情で全てを語り。オーナーは面白いからという理由だけで説明もせず放置している…どっちもどっちのでこぼこコンビである。
「そういえばお前もダニエルに憧れた口だったか?」
オーナーからの問いかけに彼は少々誇らしげに答える。
「もちろんですよ、境遇が似ていたので。貧乏な家に生まれて家族を養うために働きながら猛勉強して複数のホテル経営をするオーナーにまで登り詰めたんですよ。憧れるに決まってます」
オーナーもしみじみと同意を示した。
「俺もだ。ずっとあいつの背中を追いかけてたんだよなぁ」
ダニエル・グリーンの人柄を一言で表すとしたら努力の人、それに限る。
そんな彼を皆が尊敬し、集まり。引退すると発表した際には多くの人間に惜しまれ引き留められたという。
だからこそ、事情を知らない人が疑問に思うのは当然のことだ。
彼は何故。
「急に姿を消してしまったのですか?」
事業主として成功を収め、家族にも恵まれ、傍からみれば順風満帆な彼の人生。退職するにはまだあまりにも早すぎる年齢で。一点の曇りもないように…見えた。
事情を知っているのは彼の友人である…このオーナーを含め、ホテルの立ち上げ当初から傍に居た数名だけだ。
「色々あってな。あの人は今少しばかり探し物の途中らしい」
二つの視線を背中に浴びながらも気がつかないほどぼんやりとしていたダニエル・グリーンの瞼の裏にはとても美しい茜空が広がっていた。




