2 噂
2 噂
「お客様、ご注文は何になさいますか」
吊り下げられた洒落たライト。職人の手によって一つ一つ丁寧に織り込まれたというテーブルクロス。磨き上げられたカトラリー。
客は談笑しながら食事を楽しみ、ホールスタッフは足取り速く行き交う。
はめ込まれた窓ガラスからは満天の星空が覗き込み、爛々と光り輝いている姿はまるで人々の様子を伺っているかのようだ。
そんなここはフォレスト・スノウ。
いわば日常の疲れを癒すため憩いを求めている人の集まるリゾートホテルだ。
主な客層は滅多に取れない自分達の時間を謳歌するため子供を預けてやって来た夫婦や、バカンスを楽しんでいる恋人達。
ホテル命名の理由ともなった、森林に施される雪景色が皆の観覧目的である。
つまり新緑の季節である現在はオフシーズンであり、森林浴に来る客は稀にあれ、冬の集客数の比にはならない…はずだったのだが。
「交代よ、少し休んで」
「…お願いします」
決して客にはみせないがホールスタッフ達の崩れない愛想の良い微笑みの下には、わずかばかり疲労の色が浮かび始めていた。
バックヤードへと戻った新入社員のスタッフは誤魔化しきれなかったあくびを噛みしめながら休憩室へと入っていく。何とも頼りない背をポンと叩き見送った先輩社員は「いつになったら収まるのかしらね、この騒ぎは…」とぽつりと呟いた。
彼女がぼやくのも無理はない。
何せこの騒ぎが始まったのはここ数日の話なのだから。
では何があったのか。
まずはそこから話すことにしよう。
端的に言うと、現在フォレスト・スノウには二つの出来事が巻き起こっていた。
一つは土砂崩れ。
二つ目は怪奇現象だ。
前者のことは言葉通りで説明するまでもない。ここ数日断続的に降るゲリラ豪雨が地盤を緩ませ土砂崩れを起こした。フォレスト・スノウからは少し離れた場所での事で、直接的な被害は受けなかったが近くの道は通行止め。立ち往生してしまった長距離移動バスの乗客を復旧するまで受け入れることとなった。
これだけなら大した問題ではなかった。
乗客とは言っても全部で数十名の話だ。いつものオフシーズン中であれば余裕を持って受け入れることは可能だった。
だが。不運…と言って良いのか。嬉しい悲鳴と言うべきなのか。
現在のフォレスト・スノウはいつも、とは違った。
それ以上に客が入り、毎日毎時間…電話が止まることなく鳴り続けていた。
この状況が二つ目の出来事、怪奇現象に繋がる。
それはとあるテレビに出るような有名人がお忍びでフォレスト・スノウに訪れた話だ。
二、三日の滞在予定だった彼は散歩がてらよく敷地内にある遊歩道を一人、利用していたという。鬱蒼とした森にも続くが整備された道から外れない限り迷うことはない、そんな場所で。
彼は聴いたと言うのだ。自然溢れる森という場所に似つかわしくない…
ピアノの音色を。
近くに住む人間など誰もいないというのに。
もちろんホテルで演奏家を雇っているというわけでもなく。男性客は他の客にも尋ね回ったらしいが…皆首を横に振るばかり。
これが全ての始まりだった。
束の間の休暇から帰路についた彼は仕事場で自身の身に起きた不思議な体験談を披露した。
それからは一瞬。従業員達が事情を把握した時には既にフォレスト・スノウはてんてこ舞い…首も回らない状況だったというわけだ。




