太郎がくれた奇跡
あの日は私の心とは裏腹な程、快晴な天気だった。
大好きだった彼氏に突然、別れを切り出され頭が真っ白になった私は途方に暮れていた。
前方から歩いてくる通行人に何度もぶつかり何度頭を下げてるだろう。そんな私の右腕に抱えられてる犬のぬいぐるみ。
これは最後の別れの記念だと元彼氏がよこした手土産。
おそらく、私の予想だが……あの男は動物アレルギーの為、好きでも犬が飼えない私に対して飼う事が出来ないならぬいぐるみで気を晴らせという意味がこのぬいぐるみに込められてるんじゃないかと勝手に思っていた。
物に罪はない……私はこのぬいぐるみをその場でゴミ箱へ捨てる事は忍びなかった。
その日の夜、ベッドの枕元に犬のぬいぐるみを置いた。
取り敢えず、名前を付けよう!
私はそのぬいぐるみに太郎と名付けた。
なぜなら、元彼の名前が太郎だったからだ。
私はベッドに横たわり、太郎を見つめた。
「何で、そんなに可愛いの?」
話す訳のないぬいぐるみに私は思わず、問いかけていた。
気のせいだろうが、一瞬だけ太郎が笑った様に見えた。
不思議だった。
けれど、不思議な事はそれだけじゃなかった。
深夜1時ぐらいだっただろうか、夢の中で何度もぬいぐるみの太郎が私に謝っていた。
そして、何だろう?私の鼻先が妙にくすぐったい。
毛の様な感触だった。
私はそのくすぐったさに目を覚ますと……
「……?!えっ、何?!」
私の目に飛び込んだのは夢か?それとも幻か?
何度、目を擦っても本物の犬みたいに動いているぬいぐるみの太郎の姿が目に映る。
「…何で、どうなってるの?これは現実…?!」
「うん、現実だよ。それより太郎君のとこへ行ってあげて。彼はもう長くないよ、癌なんだ」
「…えっ?」
「彼は楓ちゃんの事を思って別れたんだよ」
「…何で私の名前を?」
「太郎君から何度も聞いた名前だから」
そう言うと太郎は僕の後に付いてこい!と、言わんばかりに私を誘導した。
私は太郎を追いかけながら暗い夜道をひたすら走った。
先の見えない出口を探すかの様に…。
と、太郎が病院らしき場所で一旦止まり私の方をちらっと振り返るとドアの僅かな隙間から中へと入っていった。
私は中へと入り太郎の後を追う。
するとある病室の前で太郎はぬいぐるみに戻ったかの様に動かなくなった。
私はぬいぐるみに戻ってしまった太郎を優しく手に持った。
病室の看板には元彼(太郎)の名前だけが書かれていた。
「本当に病気だったの?」
この時間だし寝ているだろうと思い、私は病室の扉をそっと開けた。
私はゆっくりとベッドの方へ近付くと、そこにはすっかりと痩せ細り頭も髪の毛が抗癌剤のせいなのか、すっかりと抜け落ち、坊主状態になった元彼(太郎)の姿だった。
私は言葉を失った…。
他に好きな人が出来た訳じゃなかったんだ。
私は彼の頬に手を触れた。
その瞬間、彼の目元が微かに動いた。
「…太郎?」
私の微かな声に太郎はうっすらと目を開いた。
「……うん?………?!な、何で、楓がここにいるんだ?」
「何でって…心配で来たのよ。そんな事より、馬鹿は太郎よ!何で言わないのよ、病気の事……」
「だって、言えるはずないよ。好きな人には幸せになって欲しいからね」
「……馬鹿!」
それから半年後、私に見守られながら太郎は安らかに天国へと旅立った…。
そしてぬいぐるみの太郎もあの日以来、動く事は一度もなかった。
けれど、この太郎のぬいぐるみは私にとって、とても大切な宝物となったのでした。
おしまい
最後まで読んで頂きありがとうございました。