前編
こんばんは。
週末に頭を空っぽにして読めるラブコメディを目指しました!
ちょっと待ってくれ!
僕は叫んだ。心の中で。
叫ばずにはいられない。
それでもなんとか、声に出さなかった僕を褒めて欲しい。
これでも生まれてから18年間、この国の王子として育てられてきた。
3年前からは、そこに王太子という重積も加わった。
このために人一倍努力を重ねて来たし、自分で言うのもなんだが容姿も能力も人並み以上だし。お陰で大抵のことにはスマートにこなせる習性が身についている。
それでも流石に、今回ばかりは顔色を変えた。
いつもの鉄壁の『王子による王子様スマイル』も引きつるのが自分でも分かる。
目の前には僕の婚約者である伯爵令嬢のフレデリカが立っている。
彼女を囲んでいるのは、この学園での僕の『自称・学友』達だ。
長年の教育の賜物か、彼らは古い知識と特権階級独特の選民思考に染まっている。
王太子の金魚の糞になって、美味い汁を吸おうという輩だ。
僕が相手にしないのに、懲りずに金魚の糞をしている。
賢く聡明なごく一部の例外を除いて、王宮に戻ったら断固関係を遮断する予定だ。
学園にいるのはたった1年間。
しかも婚約者のフレデリカも一緒。
だから耐えてきた。
学園という、表向き身分を取り払った環境であるからこちらが強く出ないだけなのに。
彼らはあろう事か、僕の婚約者で幼馴染のフレデリカを糾弾していた。
『殿下の親しい御友人であるリリー嬢を、嫉妬に駆られて虐めた』などとよく分からない話をでっち上げ、男が数人がかりで女性を糾弾するという暴挙に出た。
リリー嬢とは、僻地の男爵令嬢だ。
確かに見目はいい。愛嬌もある。
しかも王都に顔を出した事がないので新鮮味があったのか、入学式で学園中が色めき立ったのを覚えている。
ただ僕はフレデリカという気心の知れた婚約者がいる身なので、一切興味はなかった。
一方のフレデリカは、将来王妃にと嘱望される優秀な女性だ。
同時に思いやり深く、友人としても最高の部類に入る。
宰相の娘である彼女との婚約は、確かに政略結婚といえる。
でも、彼女を王太子妃に迎える事が出来る自分を、密かに誇らしく思っていたほどだ。
そんな彼女がいじめなどする筈がない。
しかも僻地の男爵令嬢なんて、差がありすぎる。
いじめて何のメリットがあるんだ。
そこではた、と気付いた。
そういえばここ数ヶ月、フレデリカとリリー嬢は、随分親しくしているようだった。
何かにつけ『リリーが、リリーが。』と一緒に昼食を食べる際にフレデリカが口にしていた気がする。
ただその内容は、リリーがとても可愛く優しいお嬢さんで、頭もよく、武術教師を3秒で沈める武闘派令嬢で、王宮魔術師も真っ青のレベルの魔法を使う、とにかく才能豊かな素晴らしい女性だという内容だった。
途中の方は淑女としてどうかと思ったが、優雅な王子様スマイルで「そうだね」と答えた気がする。
なんでも出来る才色兼備のフレデリカは、孤高の存在ととらえられているようで、僕以外の親しい友人がいないようだった。
だから、年頃の女の子らしく女友達が出来た事を単純に喜んでいるんだと思った。
そんなフレデリカを応援したいとも思った。
それで、リリー嬢は素敵な女性だねと笑って流していた気がする。
そのつながりで、僕の自室にリリー嬢を連れてフレデリカがやって来た時に、軽く挨拶した気もする。
だが、全て社交辞令程度のやり取りだ。
それがどこでどう尾ヒレが着いて『親しい御友人』、つまり恋人関係を匂わされなければならないのか。
僕がこの不可解な事態を冷静に対処しようとした時。
「罪状に間違いはないか!」
スポンジ頭のご学友がズラズラ並べていた嘘と虚偽と悪意に満ち満ちた話を打ち切り、彼女を断罪する最後の一言を述べた。
気品高いフレデリカは、僅かに震えて青ざめた。
当然だ。身に覚えのない誹謗中傷を真っ向から受けているのだから。
友人として婚約者として、彼女を助けようと僕は声をあげかけ。
「間違いありません!」
フレデリカの悲鳴のような鋭い声に、阻まれた。
は?
フレデリカ?
何言っているんだ、君は?!
僕が呆然とすると、背後から急に腕を取られて驚いた。
見ればリリー嬢だ。
王太子の腕を取るなど不敬な。
あまりの所業に呆然とする隙を突き、
彼女はキュッと唇を噛み、声を上げる。
「私も証言します!私はフレデリカ様にいじめを受けていました!」
ええ?!
僕の部屋で、僕そっちのけで楽しくお茶をしていたのは、君とフレデリカだろう!
「流石、殿下お手製のお菓子は違いますわ!」
「リリーもそう思う?私もこのクッキーにはノックアウトさせられて。婚約者になったのも、このクッキーが会うたびに貰えるからなんですの!」
そう言って君達、僕の手作りクッキー目当てで部屋に来て、お茶していただけだろう!
僕が突っ込もうとすると、リリー嬢がそっと囁いた。
『殿下、ごめんなさい。』
は?
僕の顎が外れかかる前に、フレデリカが先手を打つ。
彼女はクッと呻いて、顔を背けて嘆いてみせる。
「殿下、申し訳ありません。私は殿下のクッキーにふさわ…いえ殿下ご自身に相応しくありません!醜い嫉妬に駆られて殿下の婚約者にあるまじき所業を!」
え?
いや待って。
なにその事実無根。
だいたい今、僕のクッキーに相応しくないとか言おうとしなかった?
僕の制止の声に覆い被さるように、リリー嬢が悲鳴のような声を上げる。
「殿下!フレデリカ様は殿下のクッ…、殿下をお慕い申し上げる故の、誤ちなんです!私も同じクッ…、同じ方を思う者として十分にお気持ちが分かりますわ!すごく!ものすごく!!!」
そう叫ぶように告げると、フレデリカは涙をたたえた目でリリー嬢を見つめる。
「殿下、フレデリカ様にお慈悲を!」
その声にフレデリカが震えた。
「リリー様!数々の無礼を働いた私を寛大な御心で許してくださるとは!私、間違っていましたわ!リリー様こそ殿下に最もふさわしいお方!」
感極まったリリー嬢がフレデリカの手を取る。
「フレデリカ様!」
「リリー様!」
フレデリカの手がリリー嬢の手に添えられ、ガシッと武闘派令嬢らしくリリー嬢が更に手を重ねて。
2人の友情の結束を見せつけられた。
僕はこの茶番を前に、呆然とするだけの哀れな王子様だった。
◆◆◆
「だから。往生際が悪いって言ってるんですよ。」
とりあえず事態を収束するべく、僕はリリー嬢とフレデリカを僕の自室に連行した。
そして部屋の扉がパタンと閉じた途端、リリー嬢は自分の猫を剥ぎ取った。
「殿下、これ以上ないくらいいい条件で婚約解消出来たでしょうが!」
マシンガンのごとく並び立てる。
僕は青筋を立てながらリリー嬢に言い募った。
「婚約解消なんて、僕は望んでいない!」
その言葉に、リリー嬢は呆れたと言わんばかりに大きな溜息をついた。
背後のフレデリカが、困ったように肩を竦ませている。
「殿下。フレデリカと婚約したのは何歳ですか?」
「3歳だ。」
僕の答えに、リリー嬢は鼻を鳴らす。
「3歳!その時にフレデリカに惚れちゃいました?まあ私だったら間違いなく惚れちゃいますけど、3歳の殿下はどうですか?」
意図が読めず、困惑しながら正直に答える。
「そんな感情があるはずないだろう。政略結婚なのだから、顔も合わせていない。」
ハッとリリー嬢は嘲笑った。
なにがいけないのかと僕は彼女を睨む。
フレデリカはこの国屈指の貴族の御令嬢だ。
数代前には王族の降嫁もあり、古く由緒ある家柄の娘で、血筋も教養も美貌も申し分ない。
だから当時第3王子であった僕の許婚に選ばれた。
「それで10歳で顔合わせしてから8年間、僕の婚約者として、」
「友情を育んで来た。違いますか?」
リリー嬢は覆い被さるようにそう述べた。
僕は渋々頷いた。
「まあ、そうだ。」
フレデリカは聡明で優しく、賢い娘だった。
僕の話をよく聞き、婚約者として僕を支えてくれた。
王子としての重責に加え、3年前に急遽王太子となった時も。彼女が影に日向に支えてくれたからこそ乗り越えてこれた。
女優と駆け落ちだの、既婚歴のある女性との恋愛の挙句に王冠より愛を選ぶだの。そんな戯言を言って王太子の座を放り投げた兄達のお陰で、最終的に王太子の座は僕にお鉢が回ってきた。その時の世間の視線は、とにかく厳しい、厳しすぎるモノだった。
そんな僕を、フレデリカは献身的に支えてくれた。
確かに彼女に持っているのは親愛の情や友情、同志といった感情かもしれないが。
僕は他の女性に目移りしたことはないし、不義理を働いたこともない。
フレデリカが完璧な婚約者であったように、僕も誠実な婚約者であったと思う。
激しい恋愛感情はないにしろ、これから結婚して家族となっていった先にも、穏やかな信頼関係で結ばれた家庭を築いていける。
僕はそう信じていた。
今日、フレデリカとリリー嬢が事実上の婚約解消劇を打たなければ。
その諸悪の根源であるリリー嬢を睨むと、彼女は部屋の椅子にどっかと腰を下ろした。
そして机の上の缶から、僕の作ったクッキーを勝手に取り出し、ポイと口に放り。
「!!!!激ウマっっっっ!!!」
雄叫びを上げて身を震わせる。
もう1枚と缶の蓋に手をかけたところで、僕の氷点下の視線とかち合った。
彼女は未練がましく缶を目で追いつつも手を離し、コホンと咳払いして向き直った。
そして王太子である僕に向かって足を組み、ふんぞりかえって睨み返してきた。
「殿下、もうフレデリカとの婚約はおじゃんです。分かりますよね?いくら殿下が事実無根を訴えたところで、この学園は王宮の社交の小さな縮図。一度湧き上がった噂を揉み消す事は不可能です。」
それは事実だけにグッと良く。
せめてフレデリカが彼らの言い分に反論したならともかく、認めてしまっている。
婚約者としてはこれ以上ないくらいのケチがついてしまった。
「でも…、フレデリカ以上に相応しい女性なんて。」
僕の言い分に、リリーはチッチと人差し指を振って割って入った。
「殿下。貴方は本当の愛を知らない。」
謎の決め台詞を口にする。
「何が本当の愛だ。」
呆れた僕に、リリーは笑った。
「フレデリカは出会ったんです、真実の愛に!」
「先程君は『本当の愛』って言っていなかったか。」
僕の冷静な指摘を真っ向から無視して、リリーは手を叩いた。
すると、応えるように自室の扉がノックされた。
「殿下、ウォールです。」
僕が戸惑いながらも促すと、僕の乳兄弟であり将来の側近候補の1人であるウォールが、部屋に入って来た。
彼は小柄な青年を連れていた。
青年は眉を下げ肩をすぼませ、頭を深く下げ恐縮している。
確か彼は、南方の港町を拠点にしている大商人の跡取り息子。
「ローリーくん?」
彼は温厚で誠実でよい青年だ。
学園で行事を執り行う際にも、商業的な交渉を一手に引き受け物流を確保してくれた。
学園祭の実行委員であった僕は、同じく実行委員であったフレデリカと共に、期間中はよく3人で行動していた。
小さな気配りが行き届き、彼が次世代を担う若者である事は周知の事実だ。
ただ、王侯貴族で構成されているこの学園では、少々異色の存在でもあった。
それに温厚な彼は、常に人の影で支える印象がある。
こう言っては失礼だが、容姿も地味で言動も激しくないので、目立たない。
そんな彼が何故ここに居るのか分からない。
そう思った瞬間、彼が顔を上げて瞳を揺らした。
彼は真っ直ぐフレデリカを見つめていた。
フレデリカも負けず劣らず、熱い視線を投げかける。
僕の前ではいつも冷静な彼女が、初めて見せる初々しい表情と熱。
「えっと、まさか。」
僕は思わずリリー嬢を見つめる。
「そう、そのまさか。彼こそフレデリカの真実の愛です!」
リリーはふんぞりかえってふふんと笑った。
団子鼻に細い目。ずんぐりした身長に何処か豚を思わせる、ぽっちゃり体型。
そんなローリーくんは、熱い眼差しでフレデリカを見つめ。
学園の女王様とまで言われたフレデリカも、彼を熱く見つめる。
2人が想いあっていることは、僕にも見て取れた。
僕の付けいる隙なんて、1ミクロンもなかった。
たじろぎながら、リリー嬢に質問する。
「えっと、いつから?」
「学園祭の準備開始初日。」
「ソレって2人の初対面じゃないか!」
「ローリーさんの熱烈な一目惚れ。ローリーさんの優しさに、フレデリカはだんだん惹かれて、つい先日想い通じ合ったんです。」
経緯をかいつまんで説明され、目を白黒させる。
「前途ある2人の恋を応援して下さいませんか?殿下。私が微力ながら助力いたしますわ!」
リリー嬢はそう言って、僕に婚約解消を無理矢理認めさせた。
それでも僕は食い下がった。
「フレデリカ達を応援するのは構わない。でも、この婚約は僕の一存で決められた訳じゃない。」
国王夫妻とフレデリカの親である宰相、そして議会の総意をもってして決められた。婚約解消までには年単位の労力が必要だ。
それまでの道のりは険しい。
その数年の間に、原因たるフレデリカもリリー嬢も、女性の婚姻適齢期を逃すことになる。
するとリリー嬢は、鼻を鳴らして「友の為ならば受けて立ちますわ!」そうオトコらしく笑った。
しかし。
それから先は、高速だった。
リリー嬢は根回しや交渉術、何より圧倒的な行動力と指導力に長けた令嬢だった。
僕を引きずるように王城に連れて行くと、僕の両親である国王と王妃に自分を紹介させた。
フレデリカが夫に付き従う妻タイプならば、リリー嬢は夫と共に戦う、いや夫を振り回し武器の1つにして戦うタイプだった。
基本的にのんびりのほほんとしている僕の両親は、リリー嬢の語る僕らの出会いの嘘話『王太子と男爵令嬢の恋と冒険の大活劇』に夢中になって聞き入った。
魔物を倒して辺境の平安を取り戻し、僕とリリー嬢が愛を誓う場面ではパチパチ拍手喝采してくれた。
そしてその興奮冷めやらぬ中、フレデリカとの婚約解消とリリー嬢との婚約締結を取り付けた。
後で聞けば、魔物を倒して辺境の平安を取り戻した下りだけは、夏休みの避暑の際に、実際に彼女が夏休みの宿題である絵日記の題材がてらに成した事だと知らされた。
「1番面倒なモノを最初に片付ける主義ですの。だから初日に『辺境の魔物を倒しに行くことにした』と書いてから、最後の日の分までの予定を、1日刻みで一気に書き上げましたの。
あとは日記に沿って実行に移すだけですから、本当に簡単でしたわ。」
そう微笑んで解説してくれた。
そしてこっそり秘密を打ち明けてくれた。
「王妃様が心配されると思って、剣で倒した点だけちょっと嘘をつきました。」
そう神妙に告白する。
「だって素手で魔物の首を引きちぎって捻り潰すって、ちょっと女性受けしないでしょう?」
リリー嬢はそう微笑んで自分の感性について同意を求めた。
僕はなるべく彼女の手を見ないようにしながら、色んな意見があるよねと答えた。
同時に王子として培われた平常心を、更に鍛えられる気がした。
フレデリカの実父である宰相は、娘の発案であるという事情があって、僕に詫びる一方でリリー嬢のような令嬢と婚約せざるを得なくなった僕の行く末を心配してくれた。
彼は、僕を息子のように思っている、替われるものなら替わってやりたいとそう嘆いた。
だったら替わってくれるのかと聞くと、途端に他人の顔を浮かべて「集団に犠牲は付き物ですぞ、殿下。」という自説を、自然界の掟の如く滔々と解説してくれた。
最後の障壁は、僕に自分の娘を押しつけようとしていた有象無象の貴族達。
宰相も擁護する国王の決定に、議会の場で反対した。
リリー嬢が目の前に座っているにも関わらず、身分が低いだの、こんな細腕に魔物討伐なんて嘘だのと彼女を貶める。
だんだん容姿や噂話など関係のない事まで及び、口汚く罵った。
僕はあまりの暴言に、怒りで思わず立ち上がった。
瞬間、リリー嬢が僕を止めた。
「これでは意見を聞き討論し合う場である議会が、機能しませんわね。こういう時こそ冷静になって、順番に意見を聞きましょう。」
そうにっこりと微笑み、その場にすっと蹲る。
罵り相手の突然の発言と不審な行動に、貴族達の意識も集まった。
衆人の注目の中、彼女は拳を固めてそろそろと振り上げた。
そして、カッと目を開くと議会の中央の床の大理石に向けて、渾身の一撃を放った。
バリバリバリッ!
不吉な轟音を立てて、分厚い大理石の床が割れていく。
飴菓子のような脆さで。
そのまま10メートル先の議会の扉のある場所まで、バキバキに割れた。
議会を覆っていた罵詈雑言が一瞬にして止む。
同時に沈黙がその場を支配した。
まさに恐怖と驚愕の沈黙だった。
リリー嬢はつと立ち上がり、優雅な笑みを浮かべた。
「もう一度お聞きします。」
令嬢としての完璧な所作でリリー嬢は議会に問うた。
「私と殿下の婚約について、異議のある方はどなた?」
議会は沈黙。
無論、肯定の沈黙だった。
こうして議会も満場一致でリリー嬢との婚約を認めた。
王宮では『王子がゴリラを連れてきた』、そう囁かれるようになった。
こうしてリリー嬢は、友人であるフレデリカの婚約解消と、その後の結婚について驚くべきスピードで解決、尽力したのであった。
そして宰相の言った『集団に犠牲は付き物』理論の結果なのか何なのか。
僕とリリー嬢の結婚は、半年後に決まった。
おやすみなさい。