色のある世界
まだ夏の暑さが残る放課後。9月も中頃になり文化祭や体育祭とイベントが迫る最中、周りの人達は桃色に染まっていく。それを側で見ているわたしは、何色に染まっているだろう。窓際の席からいつもつまらなそうに頬杖をついて外を眺めている、という事実から推測すると、灰色といったところだろうか。今空を覆っている雨雲のようにどんよりと暗い色。何ともはっきりしない色だ。
せっかくの高校生活。せっかくの青春時代。それを無駄にする気なんて全くなかったのに、気づけばもう高校2年の2学期。まさに全盛期であるこの時期に、黙々と課題をしている自分に悲しくなる。友達は勉強に部活に恋愛、全てをバランス良くこなしているにも関わらず、わたしだけ勉強のみの生活。同じ高校生でこうも差が出るのは何故だろう。
「あ、やっぱりいた」
教室の扉を開けて入ってきたのは同じクラスの男の子。夏休みが明けてから席が隣同士になって、最近仲が良くなってきた。彼はツカツカと近くまで歩いてくると、前の席の椅子にどかりと腰を下ろした。
「何してるの」
教壇の方に向いている椅子を跨ぐように座りながら机を覗き込んでくる。
「課題。家だと集中できないから、学校で済ませちゃおうと思って」
彼はふーんと相槌を打ちながらわたしの机に腕を乗せ、頬杖を付いた。細く長い指でペラペラと教科書を捲る姿に何故だか釘付けになる。今は部活の時間のはずだけど、教室まで何をしに来たのだろう。鞄は持っているみたいだし、忘れ物を取りに来たのかな。
彼も、勉強に部活にと忙しくも充実した日々を送るうちのひとり。
わたしもせめて部活だけでも入っていれば現状は変わっていたかもしれない。運動部に入って仲間と共に汗を流す、文化部に入って感性を磨く。どちらもまさに青春で、文句のつけようがない過ごし方だ。だけど、わたしはそのどちらにも興味がなく、汗を流すなら家で本を読んでいたいし、感性を磨くなら日向ぼっこをしながらお昼寝をしていたい、という人間なのだ。自分でもつまらない人間だな、とつくづく思う。
「部活は行かなくていいの?」
「今日はミーティングだけだったから、もう終わった」
彼は教科書を捲る手を止め、今度は机に寝そべりながらこちらを見上げる。
「そうなんだ。教室には何しに来たの?忘れ物?」
んー、と気のない返事が返ってくる。ただの暇つぶしか、それなら早く家に帰る方が有意義に時間を過ごせそうなのに。
今の生活が嫌なわけではない。友達もいるし、学校も楽しいし、むしろ平和に過ごせていて良いくらいだ。でも、本当にこのままでいいのか、もっと他にやれることがあるのではないか、と考える時がある。せめて恋愛くらいすれば、もう少し桃色の輝かしい生活になるのかもしれないが、それすらもあまり興味が持てない。周りが楽しそうに好きな人の話をしていて、それを聴くだけで十分満たされる。
自分に好きな人ができて、毎日一喜一憂している姿はどうにも想像がつかない。人を好きになるとはどうゆう感覚なのだろう。楽しいことばかりではないのだろうけど、それでもやっぱり良いものなのかな。いつかわたしにもその気持ちが分かる時が来るだろうか。
「帰ろうとしたんだけど、外からお前がいるの見えたから、来た」
突然の言葉にハッと顔を上げる。さっきまで気怠そうに寝そべっていた彼はいつの間にか起き上がり、わたしの目を真っ直ぐと見つめていた。予想外の言葉と眼差しに胸がどきりと音を立てる。
「そう、なんだ・・・」
驚きで言葉が上手く出てこない。これはまさか・・・いや、そんなはずないよね。自惚れそうになる自分を必死に落ち着かせる。いつもなら目を見て話すことができるのに、今は彼を見ることができない。
「ねえ、こっち見てよ」
キョロキョロと視線を泳がすわたしの顔を覗き込んでくる。急に距離が近くなり、体がビクッと跳ね上がる。
「好き、なんだ。お前のこと」
真剣な眼差しとは裏腹に、彼は弱気な声でボソリと呟く。今まで想像したことのない出来事に、呼吸の仕方を忘れそうになる。
雲の隙間から夕日が顔を出す。あんなに曇っていた空はいつの間にか、夕日の赤と空の青が混ざり合い、薄い青紫色の紅掛空になっていた。
灰色だった空が茜色に染まる。それと同時にわたしの世界も桃色に染まり始めた。