表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/33

16.姫君と急転

 御影家の亡き嫡男の忘れ形見は、虎樹丸(とらじゅまる)と名付けられた。御影家の嫡男に代々与えられる幼名である。

 今後は、当主である義父母の元で養育され、元服するまで、叔父である泰久様が後見することが正式に決まった。


 恐らく殺されていたであろう跡継ぎは、無事産まれた。これで一つ史実が変えられたのではないか、と思うが、まだまだ今後の問題点は多い。


 まずは北上家の出方だ。

 当主の娘を嫁がせ、その血を引く跡継ぎを産ませる予定だったのに、御影家は別の子を跡継ぎとするという。

 北上家が黙って許すはずがない。

 私の不審すぎる服毒事件といい、いつ北上の父が動くかと冷や冷やしているが、今のところ不気味なまでに沈黙を守っている。


 そしてもう一つが、夢の中で「鶴姫」が言っていた言葉だ。


『北上の異母兄があの人を殺した』


 あの人とは、まず間違いなく泰久様のことだろう。

 史書では、泰久様は北上と尾谷の戦で討ち死にした、と記されていた。

 それを、北上家のせいで死んだ、殺されたと解釈することはあり得るが、あの「鶴姫」は異母兄が殺したと確信していた。

 だからこそ、あれ程の闇に呑まれ、怨霊となるほど怨んだのだ。


 そして、北上の異母兄が誰か、ということだが、それは何となく予想がつく。北上の父は、この時代の大名らしく複数の側室を抱えており、私の異母兄弟は軽く二桁はいる。しかし、話の流れから考えると、「鶴姫」が怨む異母兄は北上義泰の嫡男で、次の当主となる北上義春(よしはる)のことだろう。


 正室の出生であるこの異母兄と私は、話したことはほとんどない。


 何せこの異母兄は、恐ろしくプライドが高く、側室腹の異母弟妹たちを心から見下し、気が短く、人の意見を聞かず、それでいて遊び好きというどうしようもない「うつけ者」だった。

 深窓の姫君だった私の所にまで噂が届くぐらいなのだ。その酷さは相当なものなのだろう。


 だが父も、己の嫡男の無能さについては把握しており、有能な側近をそろえ、フォローさせていたはず。

 今、御影家の若殿を殺す必要性は全くなく、むしろ御影家の完全な離反を招くことは、アホの異母兄はまだしも側近たちは十分理解しているだろうし、何より父が生きている限り許すはずがない。


 史実では、北上義泰は泰久様や鶴姫が死んだあと、病で亡くなっている。

 その後、アホの異母兄が家督を継ぎ、あっという間に北上家は滅ぶのだ。


(いったい何があったの?)


 考えても全く分からなかった。



 ◇◇◇◇



 ところで、虎樹丸が生まれると時を同じくして、泰久様は城に住むようになった。

 正式に後見となったためだろうと思っていたが、当の本人からは、「鶴は目を離すと危ないから」と爽やかな笑顔で言われてしまった。


 泰久様はますます忙しくなったらしく、昼間は仕事でほとんどいない。

 その間、私は義母であるお辰の方様に奥向きの仕事を習うようになった。義母上は裏表のないしっかりした人であるが、中々に厳しい。

 だけど、家族として受け入れられた事が嬉しく、むしろ楽しさすら感じてしまい、満面の笑みで説教を受けていたら、気が触れたのかと、大層不気味がられてしまった。


 夜はお戻りになった泰久様の夕餉の支度をする。

 戦国時代、通常妻は夫と共に食事をしないのだが、泰久様の希望で私は一緒に食事を取っている。


「鶴は目を離すと何を口に入れるか分からないから」と。これまた爽やかに言う泰久様は、大変失礼だと思う。私を何だと思っているのか。まあ前科があるから大きな声で反論できないけど。


 そして夜、横に並べた布団で添い寝する。これ以上の関係にはまだ進めないけど、私は今のところ満足している。

 虎樹丸は生まれたばかり。まだまだ北上家が諦めたとは思えない。

 何より、いつ何があるか分からない――自分の命も、泰久様の命もどうなるか分からない――状況で、やっぱりまだ母になるという覚悟はできなかった。


 この穏やかで温かい毎日が続いてほしい、という私の願いは、この戦国の世では叶うはずもない。



 ◇◇◇◇



 その知らせは、深刻な顔をした泰久様からもたらされた。


「鶴……、これはまだ定かではないのだが、北上の大殿がお倒れになったらしい」

「北上の父がですか⁉」


 国許からは何の連絡もない。急ぎみつを呼ぶと、みつも聞いていないらしく、「すぐに確認いたします」と小走りで出ていった。


 数日後、みつが手配した遣いのものが帰ってきた。近況を伺う私の書状には「変わりなし」と素っ気無い返事が返ってきたのみであったが、みつの情報網ではある程度の状況を掴めていた。


 北上義泰は一か月程前、それこそ私が毒を煽る直前に、城の廊下で突然倒れ、意識不明の状態が続いたらしい。

 現在は意識を取り戻しているが、布団から起き上がることもできず、言葉も発せられない状態にある、と。


 どうりで、あの服毒事件の後も、侍女を送り返しても、虎樹丸が生まれても、北上家が動かなかったわけだ。いや、内部は大混乱で動けなかったのだろう。


 北上義泰という屋台骨を実質的に失い、いきなり異母兄が舵取りを任せられることになった。


 これから坂を転がり落ちていくであろう北上家に、このままでは御影家も否が応にも巻き込まれてしまう。


 大きく変わる時代の流れに、私は一体何をすればよいのか。今のところ良いアイデアは一つも出てこなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ