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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嵐の笑い 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

「嵐の騒ぐ日、暗き空の日。家の中でもまだまだ足りぬ。暗き底まで隠れゆけ」


 以前にこーちゃんに話した言い伝えなんだけどね、あれからまた少し調査が進んだんだ。

 私たちの地元は、昔から台風の被害がひどかったみたいだからねえ。様々な戒めが残っているんだけど、その中でもいやに印象が残った文言が、こいつだ。

 そりゃ台風が来たらうるさいだろうし、空だって薄暗くなるだろうさ。でも屋内にいるだけじゃ十分じゃない言い草。私は個人的に気になっていてね。その調査結果をお伝えに来たってわけさ。

 メモの準備はできたかい?



 この言い伝えは、いまからおよそ1000年前から語られるようになったらしい。

 もちろん、それ以前からも嵐の脅威はあったが、とある事件がこの言い伝えに大きく関係しているのだとか。

 1000年前、誰とも知らない流れ者が、一軒の農家に宿を求めた。彼は家の近くにある馬小屋を借りて寝ることになったのだが、その夜のこと。にわかに風が強まり、雨がぽつんぽつんと、屋根を叩き始めたんだ。

 急に天気が崩れることは、この辺りでは珍しくない。農家の夫婦は早めに床の準備を済ませると、戸締りの確認がてら、流れ者の様子を見てこようと思ったのさ。


 その玄関の戸にかけた手が、ぴたりと止まる。指先にプルプルとした震えが、戸越しに伝わってきたからだ。

 地震か? とも思ったが、違う。足元はさほど揺れてはいない。この振動は戸と、そのわきに伝う壁のみから感じられた。

 風が吹きつけているのかもしれない。そっと耳を立てて外の様子をうかがう夫の耳に、やがて笑い声が聞こえてきたんだ。


 遠くから響いてきたものではなかった。ここまで黙って近づいてきた者が、突然、はじけるように笑い出したかのように思うほど、笑い声は近かった。

 雨風の音に混じり、男なのか女なのか、子供なのか老人なのか、はっきりとは分からない。けれどもこの悪天候の中を出歩き、人の家のすぐ近くまで来て笑い出すなど、正気とは思えなかった。

 そっと、戸の近くへ立てかけておいたクワを取り、不審あればその脳天に打ち下ろしてやらんとばかりに意気込みながら、夫は静かに戸を開けた。


 顔を出してみると、そこには誰もいなかったが、ひと目で「まずい」と分かる光景が広がっていた。

 真っ黒い空の下で、馬と馬草が一緒になって宙を飛んでいる。一直線に目の前を横切っていくのではなく、ぐるぐると螺旋を描くようにして、夫の目の前で高く高く舞い上がっていくんだ。目を凝らすと、その渦の中には木片や人らしき影も見えたものの、はっきりと判断がつくものではなかった。

 巻き上げられる渦の軌跡を見守りたかったものの、それとは別に、渦に乗れず風に流された細い丸太片が、飛んできて玄関の戸に突き刺ささってくる。夫が頭を出しているところから、ほんの2尺(約60センチ)と離れていない、間近にだ。

 慌てて顔をひっこめた夫は、丸太が戸を貫いていないことを確かめると、妻にも話をしてその晩はもはや戸を開けることはしなかった。いよいよ笑い声は、風雨をかき消すほどはっきり聞こえるようになり、夫婦は横になることもせず、家の中央で肩を寄せ合い、ガタガタと震えるばかりだった。

 そんな二人の姿をあざけるように、笑い声は夜が明けるまで響き続けたという。

 

 

 嵐が過ぎ去り、晴れ渡った空の下。馬小屋は見るも無残に、その形を失っていた。

 もはや残っているのは、小屋の四隅を支える柱、その根元部分だけ。それ以外は泥水より他に姿はない。草も馬も、そこにとまっていたであろう流れ者も。

 夫は昨日のことを思い出す。馬小屋がこれほどまでに損傷するなら、我が家にももっと被害が出ているはずだ。なのに、玄関の戸へ刺さった丸太片をのぞけば、あるのは土による汚ればかり。屋根にふいた「かや」もさほどはげず、雨漏りした様子もない。

 まるで誰かが狙って、馬小屋だけを壊していった。そのように思えたとか。

 

 それから数日後。

 驚くべきことに、あの流れ者が姿を見せたんだ。ここから数里離れた町中、その屋根の上に放り出されていた彼は、手当てを受けたあとに、あらためてここへ参ったのだという。

 流れ者は、その日の晩のことを語る。自分は小屋を借りてからすぐ、馬草の上を枕として寝入ってしまったが、嵐の気配にふと目が覚めたという。いったん外していた外套を引き寄せ、包まろうとしたところで、にわかに笑い声がすぐ近くから聞こえたのだとか。

 てっきり、農家の夫が来たのかと思い、腰を上げかけるや「どん」と背中をついてくるものがあった。

 

 馬小屋の壁板だ。一気に外れた板が流れ者の背を殴打したかと思うと、居座る馬たちの頭をかすめて天井へ。そのまま突き破って大穴を開けると、そこから降り注いでくる雨が、にわかに渦を巻き始めたんだ。

 あとはあっという間だった。自分の身体もろとも、馬小屋を形作る板たち、そこにいた馬と馬草たちも、穴へ吸い込まれるように宙へ浮かばされたらしい。

 どうにか暴れる流れ者だったか、手足は言うことを聞かない。風に逆らう真似すらできず、なのになぜか、自分の身体は赤ん坊のように、四つん這いの姿勢のまま固まってしまっていたという。

 笑い声が先ほどよりもずっとそばで聞こえる。割れんばかりの音量だが、耳を塞ごうにも塞げず。ややあって、ずしりと背中へ何かがのしかかってくる感触があった。

 かろうじて動かせる首で背中を見やるも、そこには濡れた服の生地があるばかり。乗っている者の姿は見えない。

 ただ笑い声はますます強まり、背中に感じる重みもますます増して、「こらえよう、こらえよう」と必死に耐えているうちに、気がついたら晴れた空の下、町の屋根の上に大の字に伸びていたとのことだった。


「あれは、遊戯だ。拙者の身体を馬に見立て、それに乗って楽しむ何か。その遊びの場を作るために、小屋を壊していったのだろう。

 くれぐれも気を付けられよ。家の中ではともに巻き上げられかねない。床下にでも隠れられれば上等だろうな」



 その流れ者が去ってから十数年。

 夫婦の間に子供が生まれ、その子もぼちぼち大人の仲間入りを果たそうという時期に。

 再び、あの笑い声の混じる嵐がやってきた。夫婦はあらかじめ用意していた、床下の収納に身を隠そうとするも、息子はあのときの夫のように、笑いの主を確かめようとしてきかない。

 その判断の遅れにより、夫婦の家は瞬時に倒壊し、その壁と中にいた者は瞬く間に空へ巻き上げられた。息子と、それを引き留めようとした夫を巻き込んで。

 数日後に息子は帰ってきて、流れ者から聞いたような話を持ち帰ったものの、夫はとうとう戻らずじまいだったとか。


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