チョコの向こう側(ポッキーの日企画)
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11月11日、「ポッキーの日」
『ハル、今日彼女いねえヤツ集めてポッキーリア充爆発パーティーするけどこねえ』
そんな企業のプロパガンダを、このバカな友達の電話で思い出した。今日は全休。時間は朝の7時。
「お前はそんなアホな電話をするためにこの時間に起きるならまず一限にこような」
『いやそれはお前、遊ぶためと勉強のためだと……』
「じゃあな、俺はいかねえから」
言い訳をぶった切って電話も切る。ロクなようもないのに朝っぱらに起こさないでほしい。電話でいいじゃないか。まだ朝も早い。二度寝してもいいのだが、どうにも目がさえて、そういう気分じゃなかった。いつも通りインスタントコーヒーをカップに淹れて、冷凍しておいた白米をレンジで温める。父はいつも家にいないし、看護師の母親は生活リズムが不規則で会うことはまずない。いつも通りの一人の朝だった。
一人で食べる朝食はやたら空しい。しかたなくテレビをつけるとここでも「ポッキーの日」が取り上げられていた。浮かれるカップルたちとコンビニ店員が映し出される。元気なことだ。
「ポッキーの日、か……」
その言葉が思い出させる出来事にちくりと胸が痛み、俺はいらだだしげにNHKにチャンネルを回した。11月11日は、俺にとって特別な日だ。飲みたい気分にはなる。しかし、一人で寂しくだ。
「今日はポッキーの日なんだって」
4年前の今日、俺にそう話しかけながらにやっとわらってポッキーを取り出したのは、同じ漫画研究会の石渡、という女子だった。
「企業のプロパガンダだろ」
俺はたしか、そう返したと思う。心底興味がなかったし、自分には関係のないイベント、という認識だった。じゃあなぜ知っているかというと、購買が大量に仕入れるからだ。パンの敷地が減る。いい迷惑である。
「ま、そうなんだろうけどさ。でも、そういうのに乗って楽しむのって大事だと思うな~。バレンタインだって、もとはお菓子メーカーの策略でしょ?」
「そうだな。元は聖バレンタインのなにかだったと思う」
「でも毎年、結構楽しめるでしょ?だれがだれにわたすとか、今年はもらえるのか……っ!!みたいな」
「あいにく、そういうドキドキとは無縁なもので」
「あっ、ごめん……」
可哀想なものを見るような目で俺を見る彼女。いや絶対わざとだろう。
「まあでも、そういうの楽しむの、大事だとは思うよ。そうすればきっと楽しくなるよ、毎日」
「……あっそ」
俺は手元の漫画を読む作業に戻るふりをした。
妙な女だった。俺が漫研に入った翌日に入ってきた女子。たしかに絵はうまいが、漫画好き、というには少し漫画を読まなすぎる気がする。やたら明るくてクラスでも人気者なタイプ。部屋の端で難しい顔して一人でいる俺とは正反対だ。
そんな彼女はことあるごとに、俺を「そちら側」に引きずりこもう」と画策している。クラスでもやたらめったら話しかけてくるし、夏には海にいこうなどと正気かどうかよくわからない誘いを受けた。
(勘違いするぞ……まったく)
ちらりと向かいの席に座る彼女を見る。「ふんふんふん~」と微妙に音を外した鼻歌を、ポッキーを咥えながら歌う彼女は、そのアホくさい行動も含めて、かわいらしいという形容がよく似合う。
「そんな」つもりがないのはわかっている。せいぜい彼女の認識のなかでは「いつも一人で寂しそうだから遊んでやろう」くらいの認識なのだろう。だが男というのは悲しくも単純な生き物だ。
「ねえ、ポッキー食べないの」
ふと顔を上げた彼女は、俺が見ているのに気が付いたのか気が付かないのか、そんなことを聞いてきた。
「いや、それお前のじゃん」
「いやだからポッキーの日なんだって」
「……どういうこと?」
「ハルと一緒に食べようと思って買ってきたってこと」
「……」
なんだそりゃ
「言ったでしょ、楽しむのが大事だって」
きっと俺は妙な顔をしていたのだろう。彼女は出来の悪い生徒に教え込むように、俺に言った。
「いっしょに食べるために買ってきたってこと。一人で食べたってしょうがないでしょう。お腹いっぱいになるために買ってるんじゃあるまいし」
だから、そういう態度だっていうんだ。
君はお節介のつもり。でも僕にとってそれは違う。
でも結局僕は、それを突き放すことはできない
「ちがうのか……。いっつもお菓子かってくるから、てっきりお腹すいてるのかと……」
「し!しつれいな!レディーに対して失礼だぞ!!」
「あーはいはいそうですね私が悪うございました」
「ぜったい悪いと思ってないでしょー」
だからこうやって僕はいつも冗談ばかり言っている。
恋は片思いが一番たのしい、と何かの漫画で読んだ
こんな時がいつまでもつづけばいい、とそう、俺は祈った。
やがてそんなアホな会話をしていると、いつのまにか夕日が差し込めていた。
冬の日は心底早い、時間の流れすら早く感じるから不思議だった。
「最後の一本だね」
彼女はそういった。
「俺はもういいよ。食べな」
俺がそういうと、彼女はニヤリと、今日のはじめとちょうど同じように言った。
「ねえ、ポッキーゲームって知ってる?」
知らない。
今度こそは本当に知らなかった。
「なんだ、それ」
「あ、ほんとに知らないんだ…」
少し意外そうに彼女はポッキーを取り上げた。
「簡単だよ、ポッキーを咥えて、両側から食べるの。途中で恥ずかしくなって顔をそらして折っちゃった方が負け」
「なるほど、愛してるよゲーム……というよりはある種のチキンレースの方が近いのか」
「さあ、それはやる人によるんじゃない?」
それはそうだろう。恋人同士だったら最後まで食べるだろう。なんならそのあと別物まで食べだしそうな展開だ。
「……で、それをなんで俺に説明したの?」
その問に対して、彼女は至極当然のようにこう返した。
「言ったでしょ、こういうのは楽しむのが大事だって」
「いやいやいや、まじで言ってるそれ」
「マジだよ~もともとそのために買ったんだから。負けたほうがポッキー代払うってことで」
「いやそれは別に払ってもいいけど……」
「うるさい。男なら度胸だせって、ほら」
彼女はそういってポッキーを咥え、口を差し出した。
「……」
「ん」
顔で早く、と訴える彼女。だが……
(これはさすがに……)
なにか間違いがあれば、まさかがあるかもしれない。そう思うと、これはただの「友達」がすべきことではないように思える
それは、しかし魅力的な提案にも思えた。
前から思っていたことがある。
僕はいつも、自分に「勘違いするな」と言い聞かせている。しかし、これは本当に「勘違い」なのだろうか。
純粋な無意識で高校生の女子は男子を海に誘い、グループをほっぽりだして昼食に誘うだろうか。
もし、彼女の咥えた棒切れの向こう側を咥えれば……
ホントはずっと、明るいみんなに憧れていた
教室の隅で読む漫画の中では、友人と楽しそうに教室で戯れるキャラクター達が描かれていて、なんどそちら側に行ければと思ったかわからない
自分には縁がないのだと言い聞かせて、僕には漫画があると言い聞かせて
でもそれでもホントは……
俺はそっとポッキーの反対側を咥え、瞳を閉じた。
それを確認すると、サクサクと向こう側から振動が伝わってきた。
(意外とこれ食いにくいな……)
俺も少し食べたが、失敗したら落としてしまいそうだ。だが、彼女はそんなことはお構いないらしい、だんだん振動が強くなってくる。
(おいおい・・・・・)
落としてしまったらどうしよう、とか考えないのか、こいつは
ふと目を開けると、彼女と目が合った。
彼女はとくに気にせず、ご満悦な様子でポッキーをおいしそうに食べていた。
それをみて、おれはふと、腑におちてしまった。
ああ、やっぱり、「勘違い」だったのか
彼女の思わせぶりだとおもったしぐさは全て、僕の勝手な解釈によってゆがめられたもので
やっぱり彼女は俺を陽の元に連れ出したいだけで
でも僕は純粋な気持ちでその手をとれないから
「ん!」
彼女が声を上げた直後、俺の口に軽い小麦粉の味が残った。チョコの味はしなかった。
チョコを咥えた彼女は、驚いた表情をしていた。
その彼女がしゃべれない隙をつくように、俺は畳み掛けた。
「こういうの、やっぱよくないよ」
俺は彼女にそう、極めて冷たく、しかしこみ上げる熱を抑えるように言った。
「俺たち、付き合っているわけでもないんだし、これだけじゃなくて、昼ごはんとかもさ、もうちょっと周りの目をきにしたほうがいいよ」
「……」
彼女は何も言えない。当然だ。いまだ彼女の口にはチョコをまとった棒が咥えられている。それを後目に見ながら、「これ、金」、と俺は財布から500円玉を取り出し、机の上において、鞄をもってそのまま部室を出た。
これでよかったのだ、と歯のうらにこびりついたスナックをなめとる。
所詮、僕には彼女の咥えた棒のもう片方を咥えることも、チョコを食べることもできないのだ。
部室に差し込む夕日はやがて落ち、僕らは下校しなければならない。
その日の家路は、やけに冷たく乾いた風が、もうすぐ訪れる冬を予感させていた。
その後、俺は部室に向かう機会が減り、俺と彼女が交わす言葉は減っていった。やがて高2の秋、部活を引退して文芸部がなくなると、僕と彼女は文理が分かれていたこともあり、完全に言葉を交わすことはなくなった。
彼女が今どうしているのか、風の噂でも僕は聞くことはない。
あの選択が間違っていたとは、思わない。彼女と僕は歩む道が違う。それは間違いないだろう。そう思うのに、俺はあれ以来、11月11日の夜は眠れずにいる。
ふらりと地元の立ち飲み屋に出かけた。今日はどうしても、大学の友達とワイワイと、という気分にはなれなかった。彼女に教わった通り、酒もまた、酔いたくて飲むものではない。しかしこんな夜は、酔うために酒を飲みたくなる。
いつも通りの場所でマスターにハイボールを頼んで、俺はふと横を見た。
「あ、」
思わず出た声に、隣の客がこちらを見る。そして、彼女また俺と同じように口を開いた。
そこにいたのは、石渡だった。
「イケメンになったじゃない」
そういう彼女は口調と同じように、姿もまた少し昔とは違っていた。
のばされた髪と、唇に引かれたルージュ。表情もこころなしか昔とは少し違った色気を放っていて、スーツ姿だった。
「働いてるの?」
「短大でてね。なかなか大変よ、会社が残業上等、って感じでさ。社会人なんてなるもんじゃないわ」
まあ、大学もそうだけど。と彼女は言った。
そういう彼女には、かつて「きっと楽しくなるよ、毎日」といった彼女の面影はどこにものこっていなかった。
断りをいれてからタバコを咥える彼女。ふざけて「火をつけて」と頼んできた。くしくも、その構図は、あの日、ポッキーゲームをせがんだ彼女とよく似ていた。
やがていろいろなものを吸い込むように煙を吸ってから、彼女は語り始めた。
「大学入ってさ、初めて付き合った先輩が、すごいクズだったの」
入ったインカレのサークルが飲みサーで、雰囲気に流されて関係をもったのだという。捨てられてもおかしくなかったが、彼女がそこそこ「レベルが高かった」せいだろうか、ズルズルと付き合ったという。
「わたしもなんか妙に「大学で彼氏つくらなきゃ」って気張っててさ、なかなかNoって言えなかったんだよね」とは彼女の弁。最初から大して男の側にその気はなかったらしい。不安を口にすれば、大学生にとっては高価な化粧品などを買い与えられ、「ごめん、好きだよ」からのお決まりのパターン。最後には妊娠して、捨てられた、ということだった。
「それで学業にも身が入らなかったから、ガクチカなんかもなくて、就職もうまくいかなくてさー。自業自得だよね」
就活がんばりなよ、という彼女に、俺はなにもいうことができなかった。
俺はずっと、彼女のようなタイプが幸せになるのだと思っていた。明るくて空気がよめて、クラスになじめるようなそんな奴が。
だが現実として、彼女は今、とても幸せなようには見えなかった。
しばらく昔のことや学校の事を話し、俺たちは店を出る。「飲み足りない」という彼女の主張で、公園でコンビニで買った酒を飲むことになった。高校生時代、ふたりでよく来た公園だった。
「まさかお酒飲みに来るとはおもわなかったよね」
「……そうだな」
それも、こんな二人になって。
俺は高校時代からなにも変わらず、ほどほどに課題をやりながら大学を過ごしている。相変わらず女子とは縁遠く、歳だけをとった、という印象だ。
もっと幸せな未来が待っている、と信じていた。現実は辛いものだ。
「ねえ、さっき売ってたの」
そういって彼女が取り出したのは、ポッキーだった。
「ねえ、ポッキーゲームしない。あの時みたいにさ」
もう当時のようにうろたえたりはしない。俺たちは結局、連絡先を交換することもなかった。きっとこれから先、また4、5年は会うことはないだろう。だが、あの時を懐かしみたいだけなのだ。
あの日と同じように、俺は彼女の反対側を咥える。そして今度は二人してすぐに視線をそらした。それから、二人ですこし笑った。
「おんなじこと考えてたのか……」
「あの日の仕返ししようと思ってさ」
もしあの日、俺がチョコまで食べていたらどうなっていたのだろう。
舌に残ったチョコの味は、苦味に満ちた、大人にふさわしい味だった。彼女の側に、チョコは残っていなかった。