わたしはアン
むかし昔、ある国に、その国を治める王様と妃とそして17になる美しいお姫様の家族がありました。
あるとき、王様は領地の中の深い森の奥に住む魔法使いが、時折街に出てきては国民に悪さを働いていることを知り家来にその魔法使いを捕らえて連れてこさせました。
「おまえはおもしろ半分に、人々に魔法を掛けて困らせ、命さえ奪った。許されぬことだ」王様はそう言って魔法使いの処刑を家来に命じました。すると魔法使いは、
「わたしを処刑するならそうするがいいさ。だがわたしは、ただじゃあ死なないよ。おまえの娘に呪いを掛けてやる」そういうと突然、魔法使いの体が炎を吹き上げて燃え上がりました。魔法使いは自分の命と引き換えに秘術を使って王様の娘に呪いを掛けたのです。魔法使いの体は燃え続け、そして灰になって風に飛ばされて消えてしまいました。このことに王様はおののき、娘を学者に見せてよくよく調べさせましたが、「何も変わったところはない」という結論でした。それを聞いて王様は「魔法使いが最期を悟って憎まれ口に呪いを掛けたと言ったのだろう」と安心していたのですが、それから数日したとき異変がわかりました。
「ちっとも眠くならないの」そう姫様はいいました。魔法使いが呪いを掛けたといったあのとき以来、姫様は一睡もしていないというのです。
これは困ったことになったと王様始め皆が思いましたが、裏を返せば「眠らなくてもよいのなら、なにかできることもあろう」と言えます。姫様はもともと、とても勉強熱心でしたから眠らずに残る一日をすべて、本を読み、あるいは学者を呼んで学問を修得することにしました。
何時間起きたままでも、いつでも目はパッチリ、まるで眠くならないので姫様は、ずっとおもしろがってそんな生活をしていました。そして、数ヶ月後には国を代表するような知性のある姫様になっていました。
それからしばらくして姫様は隣国の王子に求婚され、それを受けて結婚しました。二つの国は一つになり、大きくなりました。やがて姫の夫が王となり、姫は子を産みました。国はよい王様を得て栄えました。ですがこのころから、この新しい妃様に異変があることがわかりました。彼女は年を取らないのです。そう、いまだに17の時のままの姿です。これは最初のうちはむしろ、いつまでも若く美しくいられるのですから願ったり叶ったりとも思えました。しかし幾年か経つうち問題を感じました。父親が亡くなり母親が亡くなり、夫が年老いて、子ども達が自分より年上になったのです。もちろんこの間、妃様の呪いを解く方法はずいぶんと検討されましたが、どんなものにもその方法はわかりませんでした。
ついに妃の子が国の王になったとき、彼女はとても喜びましたが、そのころから人前には姿を見せなくなりました。そして、月日が流れ、とうとう年老いた子の最期を看取ると、国の領地の深い森の奥に一軒の家を建て、そこに引き取って暮らすようになりました。
彼女はそこでほとんど自給自足の生活を送り。森の動物たちと戯れ、草木を愛でて、そして本を読みながら暮らしました。
数年ののち、ほとんど手に入る限りの本を読み終えてしまいました。そしてそれからさらに月日が月と、彼女のことは忘れ去られ「伝説」のようになっていました。もう誰も訪ねては来ません。
それから長い長い月日が流れました。そういう生活に退屈した彼女は、せめて新しい本でも手に入ればと森を出てみることにしました。
彼女は自ら仕立てた今となっては古めかしいデザインの、しかしとても美しいドレスを着て森を出て、かつて住み暮らした城のところへ来ました。城は崩れ、「城跡」として名所になっていました。その周りは花の植えられた庭園です。
彼女は角の丸くなった石造りの城の残骸に手を触れ、「ああ、お父様、お母様。あなた。息子よ娘よ」と泣き崩れました。年若い娘が古い伝統衣装のようなものを着て泣いている姿を観光客やらが不思議そうに見ていました。
彼女は地元の福祉団体に保護されました。そして、いろいろと調べられましたが、彼女は「誰も信じるまい」と思いながら本当のことを話しました。もちろん誰も信じてくれませんし、それどころか精神的になにか悪いところがありそうだと受け取られました。けれど一方で、彼女が非常に高い知性を持っており、あらゆることに精通した知識人であることもわかりました。もちろん最近の知識はすっぽり抜け落ちているので、彼女が自分で言うように「何百年というむかしから生きている」ということが本当のことのようにも思われました。
そういう彼女の存在は、人を伝わってとある機関の人間や科学者の知るところとなり、研究対象になりました。彼女はそれらの体験が久しぶりに目新しく退屈しない出来事だったので進んで協力しました。そしてまたむかしのように、あらゆる本を求めて読み耽り、身近な科学者達の教えも吸収してしまいました。
彼女を乗せたロケットは美しい軌跡を残しながら宇宙へ飛び立った。
彼女は、いろいろな星に立ち寄り、岩や大気のサンプルを採取しては地球に向かって放った。そうしていくうちに彼女はドンドン地球から離れてゆく。彼女は時には機械を自分で修理し、苦労しながらも進んでいった。
もはや地球との通信も途絶えた。何年の時が過ぎたのだろう。遠い遠い場所へ来ていた。
「どこかの星で暮らしてみようかしら」そんなことも思った。地球でもわたしのことはもはや記録にしか残っていないだろう。けれど彼女は、時折、地球へ向かって特殊な容器に入れて物を飛ばし、通信も試みていた。
「やっぱり、行けるところまで行ってみよう」そう考えて暗黒の空間を突き進む彼女の前にあるとき、これまで全く見たことが無い「壁」が現れた。
「これは一体、なにかしら?」
さっぱり見当も付かない。でも自然にできたものには見えない。撫でるとすべすべツルツルしているが、でもどこまで続いているのかわからない宇宙に広がる「壁」だった。彼女は、届くかどうかわからない通信を試みた。もう地球から持ってきた機械のほとんどは壊れるか、エネルギー切れで使えなくなっていた。わずかに残った装置で通信を試みる。
「こちらアン。いいえ、「わたしはアン」。地球の皆さんへ報告」
「この通信、いつか届くといいのだけれど……ああ、わたしってバカね!」
そう言うと彼女は「壁」を蹴って、地球へ向かい飛び始めた。




