第2章-1
「旦那様、お帰りなさいませ。」
そう言って頭を下げた姐様にあわせて、斜め後ろから一緒に頭をさげる。
ここは一夜の夢を得る館。
花街の大通りに面してはいるが、端の方にある遊郭である。しかし端にあるにも関わらず、敷居は高く、一見お断りの店だ。
何故なら花街の中で特に高い位の遊女の半数はこの店に籍を置いているからである。数ある花街の中でたった8人しかいないのに、だ。
「トコ。もう大丈夫よ」
振り向いて妖艶に微笑んだ姐様は、その一人である。
2人に頭を下げると、音を立てないように部屋を出て障子を閉めた。
「ふぅ」
小さく息を吐くと、今度は足音を立てない様に離れる。旦那様の予約は朝までだが、早めに片づけの用意していて損はない。そうでなくても遊女ではない自分は忙しいのだ。
「トコ。寧々姐の所、お願い」
準備の目処がたった途端、用事を頼まれる。例え高位の遊郭であったとしても、裏側はかわらない。
振り返ると頷いて、茶器を受け取る。
音を立てない様に持っていくと、気だるい表情の寧々姐が机に凭れていた。
「ありがとう、トコ」
寧々が緩慢な動きで茶器を口に運んでいるのを横目に見ながら、トコは部屋を整えていく。お礼を言われるのは単純に嬉しい。
「……ねえ、トコ。こっち来て」
ある程度整えられてから、寧々に近づいていく。今夜寧々はもう仕事がないとしても、気分の問題である。
「……トコはいい子ね」
寧々は瞳を細めて頭を撫でてくれる。
撫でてもらえたり、優しくされるのは嬉しい。自然と笑顔になる。
そうすると益々寧々は笑ってくれるのだ。
寧々は時々こういう風に頭をなで続けるので、トコはいつも気がすむまでじっとしていた。