第1章-2
「………お久しぶりでございます。旦那様」
そう言って頭をさげると、もうあげられない程の重圧がのしかかってくる。
旦那様から、ではなく付き従っている執事だ。
私の事をよく思ってないのは分かりきっているが、こんなハッキリ示すのは他にいない。
―旦那様は気にしないというのに、毎度毎度ご苦労な事で―
「ああ。上げなさい」
呟くと、近づいてくる。その事に驚くが、表情は変えずにいられたはずだ。
ゆっくり頭をあげて、姿勢を正す。ただそれだけのことに息が切れそうになった。
旦那様こそが私を気に入らない筆頭である。「つがい」が人種だったことに落胆して、滅多に体調を崩さない獣種が体調を崩すほどに。
「お茶?」
「はい。いい天気でしたので」
戸惑う気配を感じるが、気づかない振りをする。
すると、旦那様が向かい側に座った。
「……申し訳ありません。茶葉はこれが最後で、茶器もありません」
「構わない。すぐ行く」
執事の重圧は増すばかりだが、目線を下げて耐える。大事な御主人様を差し置いて私が、というのが許せないのだろう。
元々旦那様の顔を見たいとは思えなかったので、私にはちょうどよかった。
「貴方にも城から招待状が来た。1週間後迎えに来ます」
「………畏まりました」
招待状らしき紙をテーブルに差し出しながら淡々と話す旦那様に、了承の言葉を返して頭をさげる。
―1週間―
単純に長いな、と思った。しかしすぐに、丁度良かったのかもしれない、と考え直す。
つらつらと考えているうちに旦那様は立ち上がり、出口に歩いていった。が、頭はあげない。執事が立ち去っていないのだ。
ガッ ザザッ
地面に倒れた衝撃の後に、頬からの痛みが来る。
充分に手加減されるのはわかっていた。手加減なしでは、人種であり女性である私は無事では済まないし、1週間後には大事な御主人様と並び立たなければいけない私に、叩いた痕など残せない。
叩かれないのが一番だが、それでは気がすまない。旦那様も分かっていて、置いて行ったのだろう。
「御主人様の前だというのに、何をしている。これだから礼儀を弁えない猿だというのだ」
吐き捨てるように言うと、旦那様を追いかけて速足で立ち去った。
色々思う事はあったが、もうどうでもいい。此方に嫁いできてから、少しずつ少しずつ諦めてきたのだ。1つ2つ増えたところでかわらない。
お茶を無駄にしてしまった事に1つため息をついて、そのまま瞳を閉じた。
―最後だったのに―