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第1章-1


「ふぅ…………」

ゆっくりと椅子に深く座る。ただそれだけの事に疲労が広がり、動くのが億劫になる。


―これが最後―


折角着たお気に入りのドレスの裾は長期間着ていないから、少し汚れているだろう。しかしそんな些細な事は、もうどうでもいい。

久しぶりのお茶の時間なのだ。折角の時間を悲しい気分でいたくなかった。

実家から持ってきた紅茶は、これで最後。もう二度と飲む事はない。

両手でゆっくりとカップを持ち上げて零れないように口につけて、一口飲んだ。

「………美味しい」

一口呟くも、義務感が感じられる。

カップを戻し、そのまま瞳を閉じてしばらく深呼吸を繰り返す。


―お父様、お母様、お兄様、お姉様―


心の中で呟いて、楽しく嬉しかった想い出を描いていく。

もう二度と会えない。

悲しく淋しいがこんな姿を見せずにすむのは、ありがたかった。この国に行く自分を心配してくれた人達だから。不安で泣きそうな自分を抱きしめて、泣いてくれた人達だから。


―だから、これでいい―


私は人種の慶びであった。獣種の中でも高位である、狼種の「つがい」に選ばれた只人。

実家は貴族ではなかったが、商家としてはそれなりの権威があった。しかし貴族ではなかったがゆえに、輿入れする以外に選択肢はなかった。

周りは祝福してくれたが、「つがい」を外にだしたがらない獣種の事を知れば不安は募る。しかも相手とは一瞬目があっただけで、姿しか知らないのだ。「つがい」を至極大切にしてくれるらしいが、「つがい」とはわからない人種では、実感がわかない。

勿論家族、友人と別れることも不安の一つであった。何があっても、気軽に話すことも会うことも出来ない。それほど獣種の国と人種の国は離れているのだ。

獣種の国に人種はいない。いや、居ても家から外に出ることはない。弱い「つがい」を外に出すような失態はおかさないのだ。「つがい」がわからない弱い人種は、無理矢理でも誰とでも子を為すことができる。外になど出したら襲ってくれと言っているようなものなのだ。そんな愚をおかす獣種はいない。

だから私も外に出たことはない。輿入れの時も窓もカーテンも閉めて、外など見ることは叶わなかかった。

獣の国がどんな造りか興味はあったので残念ではあったが、どうせ町に出られないのならば、見られなくて良かったのだろう。

それに生活や価値観の違いに戸惑い、なかなか馴染めない私には余裕などなかった。

一応「つがい」として輿入れしたが、奥方になる私には屋敷を管理する役目があったはずだった。


―それすら、もうどうでもいい―


何もかもが違う生活に、管理などできるわけがなかった。それに相手はそんな事を私に求めなかった。いや、何も求めていなかったのだ。


そう、本当に、何も。


軽く頭を振って、暗くなる気持ちを振り払う。


カタン


「こんな所にいたのか………」

静寂を破った音に振り返る。

「………お久しぶりでございます。旦那様」

眉を潜めて入り口付近にいるであろう相手に、ゆっくり、静かに頭をさげた。

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