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訳あり令嬢の行く末  作者: なぎ
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1-3

現れた金の瞳。

愛らしいリーと同じであって、まったく違う瞳だった。

ーーーー怖い。

あの夜を思い出させる、金の輝き。

震えを止めるために、強くリーを抱きしめる。


「おかぁさま、だいじょぶ。リーがいるの。」


見上げる幼い笑顔に、暖かい体温に落ち着きを取り戻す。

私には守るべき者がいる。この子を守れるのは私だけ。


「………今なら妹君に似た平民だったと放逐できますわ。グランシェス卿?寡婦の修道女見習いの事など忘れてご帰還下さいませ。」


閣下は取り敢えず放置で。だって紹介もされてもいないのに、私から声をかけるなんて出来ないもの。

兄にのみ話しかける。

本当にこのまま会わなかった事にして欲しい、切実に。


「そんな事出来るはずないでだろ!あれからすごく大変だったんだぞ。いくら探してもおまえは見つからなくて、取り敢えずお前は他所の国へ病気療養に出た事になってる。婚約は破棄された。父上は塞ぎ込む、母上は倒れる。そんな親を前にしても同じ事が言えるのか?」


その事は噂で聞いていた、親友から。

娘の事は駒ぐらいにしか考えていないと思っていたから、逆に驚いた覚えがある。使える駒がいなくなったからだと思えば納得もできた。


「未婚で子どもを産み落とし、その子を連れて戻るよりは余程良いのではないでしょうか。ーーグランシェスの恥だと追い出されるだけではないですか?」


こんな話し、リーの前でしたくなかった。グランシェスにとって恥でも、私にはとてもとても愛おしい大切な存在なのだから。


「これ以上の話しは、この子の前でしたくありません。」


ツンと顔を晒す。

このまま知らないふりをして、自分達の部屋に隠れてしまいたい。

だからお願い、私に話掛けないで欲しい。

その願いは届きはしなかったけれど。


「それは誰との子だ。」


初めて聞いたその声は、低くてでも良く響く平坦ものだった。

やはり放っておいてはくれないわよね。

それでも僅かな抵抗に、聞こえないふりをした。淑女の嗜みというやつだ。


「おい。閣下にお答えしろ。」


兄は焦って催促するが、知りません。

紹介もされずに、下々から声をかけられる身分の方ではないのだから。


「私、ご紹介も頂いておりませんから。とてもとても…」


「君は平民なのだろう?ならば貴族に倣う事はない。」


「平民と認めて頂けるのなら、貴い血を持つ方の前に座っていられません。お暇してもよろしいですよね?グランシェス卿?」


目の前の方とは目も合わせず、にこやかに兄に声をかけた。

兄は顔を強張らせ、半目で私を見た。


「口が立つ女だ。ーーーシエラ、紹介しろ。」


はぁーと声を漏らして兄は言葉を紡ぐ。

出来たら聞きたくはなかった。


「閣下、私の妹を紹介させて頂きます。コレはシアン・グランシェスが長女カロリーナです。カロリーナ、こちらはハイルフェスラ公爵閣下だ。」


もちろん知ってますとも。

ディアンカエン・デゥ=アナ・ハイルフェスラ様。公爵閣下にして王弟であらせられます。デゥは王族に、アナは公爵位につける総称。この場合、王族にして公爵位、つまりは王位継承権を破棄し、臣下に降った者を示す。


「初めまして。ご機嫌麗しゅう、公爵閣下。」


げんなりです。かなり大雑把なご挨拶ですが、コレも不敬になりますか。


「で、カロリーナ嬢。それは誰との子だ?」


「……それとは、どれのことでしょうか?」


「ーー膝に乗せている娘は誰の子だ。」


王族なんて皆んなこんなモノなのかしら。

なんて傲慢で、高慢なことか。

笑顔は淑女の武器とは言ったものね。にこやかに、優しく、拒絶を示す。


「それを知って閣下はどうするおつもりなのですか?知らない方が、捨て置いた方が良い事もありましてよ。」


あの外道とは違ってまったく揺さぶれない、流石年の功。ここでイラッとでもしてくれたら、まだ私に勝機がある。でも敵は一切表情を変えない。だいぶ詰んでいる。


「もし、その子の父親が私の考えている者ならば、他国ほかに出すわけにはいかない。それが、ことわりだからな。」


立ち上がり、リーに、私に近づいて来る。テーブルひとつ分の距離が縮まって、直ぐそこに金の瞳がーーーー。

闇でも煌めく輝きが、私に近づいて、ダメ、思い出しちゃダメなのに!

近づく影、覆いかぶさる重み、吐かれる吐息に、動かない体。不意に蠢く手の指の感触が思い起こされて。


「イヤ、だめっ、こ、こないで。私に、触らないで!」


イヤだ。

気持ち悪い。

怖い。

痛い。

怖い。

怖い。

怖い。


「いやぁぁーーーーーーーっ!!」


ガクガク体が震えて。

抱きしめる暖かな小さな体もふるえている。

横からも誰かの手が触る。

もう、嫌なの、吐き気がする。

誰も、私に触れないで。

焼き切れた私の意識は、プッツリと暗転した。



*****



次に目覚めた時、辺りは暗闇に包まれていて仄かにランプの光が揺れていた。

脇にはしがみつく形でリーが眠っている。

どう言う状況なのか。思い出すに、私はあの眼を見て思い出してしまったらしい。あれから時間が経って、克服出来たと思っていた。でも、まだまだダメだったみたいだ。


「リーナ、目が覚めた?」


兄の声だ。窓際に置かれた椅子が軋む。

流石に目は離せないか。

ベッドの側に佇む兄の目が痛々しく私を見つめる。


「お前、大丈夫か?」


「私、倒れたのですね。……ここはどこです?」


「あの部屋の別室だよ。閣下は隣におられる。ーーお前には説明する義務があると思う。」


私のいない間に、リーの瞳を見たのだろうか。秘密は、秘密でなくなってしまったのかもしれない。もう、ひっそりと慎ましやかに生きて行くことはできない、隠れてはいられないのだ。

それを思うと、悲しくて、虚しくて、涙が溢れる。


「今まで良く頑張ったな。これからは俺がいる。閣下もいる。もうひとりで頑張らなくても良いんだ。」


小さい頃のように頭を優しく撫でられる。それが懐かしく、それでいて切なくて、少しの間さめざめ涙は流れ続けた。



「先程は、失礼いたしました。」


涙は自己憐憫だ。いくら泣いても、何も変わらない。だから泣くのは嫌いだった。溢れた涙を止め、身支度を整えて彼の方の前に立つ。一定の距離を取り、目は伏せる。あの瞳とかち合う勇気はまだ持てないから。町娘が着る古着に、肩までの短い髪、そんな私が淑女の礼を取る。滑稽でしかないが、この国の上位の方へ謝罪をする必要はある。


「ーーーー良い。座ってもらえないだろうか。」


昼間より若干、柔らかく聞こえる声。

一応は心配していたのかしら。

閣下の声かけで兄も私もソファに腰をかけた。

昼間と同じ場所。

違うのは仄暗さと、リーがいない事。それがとても落ち着かない。

前には3つのグラスとワインのボトル。兄がそれぞれに注ぎ入れて、グラスを配る。


「お兄様、申し訳ないのですが、私は不要です。」


「アルコールはダメだったか?以前は飲んでたよな。」


確かに、以前は舐める程度には嗜んだ。特に発泡酒は好きだった。でも、あの夜から飲めなくなった。アルコールだけでなく、渡される飲料全てダメだ。ーーーー飲むのが怖いから。また、同じ事が起こるのではないかと、心が体が拒む。

なんと言えば良いのか、眉を落として困ってしまった。


「それならこれを飲めば良い。」


アルコールがダメだと認識したのか、閣下に渡されたのは封の開いていない、ただの水。


「……ありがとうございます。」


礼は言ったが、これも飲めない。同じ瞳の持ち主からの物、吐いてしまいそうだ。

ひと時の沈黙。

誰も、何も、話し出さない。違う、話し出せない。

リーの瞳を見て大体の事は予測出来ただろうけれど、本当にそれが真実だとしたら。

それを知るのが憂鬱でたまらないのだと思う。




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