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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

再編、その原本と編集作品

アイディアメモ B

作者: 黒田明人

Aが溢れたので。


-----


穴から飛び降りたら



田舎の小さな家を譲り受けたオレは、ひょんな事からこの家の秘密を見つけてしまった。

まあ、早い話が、押し入れに穴が開いていて、その中が妙に明るくて、飛び込んでみたらなんと異世界だったんだ。


で、戻れないんだ。


確かに1メートルぐらいの高さから飛び降りたはずが、上を見ると遥か上空にある黒い穴はざっと10メートルはありそうだ。


参ったな、どうするか。


一応靴は履いているものの、ジャージの上下で手荷物は無い。

こんな事なら胡椒とか持参で来れば良かったな。

それでもはしごでもあればと思い、うろうろしてみたものの、どうにもならないんだ。


なんせ言葉が通じないんだから。


それでもなんとかはしごは無理でも長い木を見つけたので、夜を待って勝手に持ち出せば何とかなるかと……。


かなり長くて何とか穴に引っかかった。


後は昇り棒の要領で昇っていけば……。


(おーい、見つけたぞ)

(やれやれ、誰だよ、勝手に持っていく奴は)

(上にいるぞ、どうする)

(なんだあいつ、見た事ないぞ)

(よそ者か)

(上になにかあるのかもな)

(まあ、倒れないから、何かあるだろうとは思うがよ、それでも黙って持っていくのは泥棒だからな)

(だな。よーし、せーの)



あともう少しで穴に手が届くと思った青年は、疲れた腕を休めていた。

そうしないと、うっかりミスして落ちたら大変だと思ったからだ。


その時だった、棒が倒れたのは。


不安定な状態で倒れた木から落ちた青年は、あそこで小休止した事を悔やみながら、何も分からなくなっていったのだった。


(おい、こいつ、死んでるぞ)

(あーあ、やっちまったか)

(まあ、幸いにも夜だしよ、とっとと埋めちまおうぜ)

(そうだなぁ)


-----


レベル0からの迷宮探索(オレ以外)



ある夜、世界に迷宮が発生して数年後、様々なこたごたの末にようやく民間探索者の参入が許可された。


全ての探索者は最初に迷宮に入るとステータス魔法を獲得し、《ステータス》と唱えると自分のステータスが見られるという、よくある小説でお馴染みの世界になってしまったようだった。


ただ、全ての探索者がレベル0から始まり、レベル1にするのにかなり時間と労力を必要とするらしく、しかもレベル1にしないと一番弱い魔物すらまともに狩れない現状において、お金のある人は探索者協会後援の支援を得て、レベル1にしている有様。

その額も並大抵ではない為に、貧乏人には手の出ない職として確立されつつあり、いかに後に稼げるかも知れないけど、危険の多いこの職を選ぶ者は限られ、盛況とは程遠い有様になっていた。


これは無職になった主人公が、田舎でフリーライフと洒落込んだ挙句、興味から迷宮探索者になるという物語。


◇◆◇


オレはいわゆる自宅警備員っていう、つまりは無職だ。

それでも体力づくりぐらいはやろうとして、バーベルを買ってトレーニングをしようとした。


うん、しようとはしたんだ。


たださ、店員に乗せられたみたいでさ、ワンセットがお得だからと言われて、合計300キロの錘もついでに買ったものの、60キロ以上はどうしても持てずにさ、遂には部屋のインテリアになっちまい、片隅でほこりを被っている。


まあ、あれはそのうちまた……。


さて、オレは確かに無職だけど、金が無い訳じゃない。

とりあえずしばらく暮らすだけの金はある。

いわゆる退職金だ。


会社が不振になって、首切りはしたくないから自発的に辞めてくれないかと、いわゆる肩叩きをされてさ、色付けるからと言われ、解雇よりは良かろうと思い切って……。


なので無職だ。


さて、今日もネットでも……カタカタカタ……。


キータッチは音がしないと落ち着かないのだ。



ふうっ、疲れたな。


小説サイトは見るのは好きだけど、目が疲れるからな。

もう若くないと思わせる眼精疲労を抱え、それを癒すべく目薬を差して横たわる。


カタカタ……カタカタ……。


これは、まさか、初期微動か。


慌てて押し入れに潜り込む。


この押し入れは以前、大地震のニュースに感化されて、かなり魔改造を施してある。

殆ど黒歴史な代物だけど、親も死んじまった今となっては、誰に見られる訳でもないので、シェルターもどきな代物として、あれこれ補充なんかもやっている。

筋交付きの柱があちこちにあって、屋根が落ちようがどうしようが潰されないように色々改造を重ねているんだ。

もちろん避難用品のあれこれが入ったリュックも入れてあるし、寝袋やテントも入れてある。


ガタガタ……ユサユサ……ガタガタ……ユサユサ……。


おいおい、縦波と横波が混ざるとか、直下かよ。

しかもこの揺れ、大地震じゃないのかよ。

下に敷いたクッションが無かったら、酔いそうなぐらいに揺れている。


まさかこんな田舎で遭遇とはついてない。


退職前なら遭遇しなかったはずの大地震に、無職になって実家に戻って遭遇するとはな。


うおおお、今、屋根が落ちたのか、凄い音がしたが。


ベキベキとか、ガランガランとか……ウォォォンって何だ?


何かの遠吠えのような、断末魔のような声が聞こえ、そのまま地震が収まっていく。


まあ、揺り返しが心配だから今日はここで寝ようか。



目覚めて押し入れから出てみると、屋根は落ちてなかった。

じゃああれは何の音かと思い、部屋の中を見回してみると、ほこりを被ったインテリアが無い。


そう、バーベルが無くなっている。


バーベルのあったところの床が抜けていて、中を覗きこんだけど、地面が見えているだけだった。

どこに消えたんだ、バーベルは。


ともかく、部屋の整理をしないとな。


地震で滅茶苦茶になった部屋と、家のあちこちを点検するので一週間も掛かったものの、妙に身体の調子が良い。

もう屋根に昇るとか出来ないと思っていたのに、はしごで軽々と昇れるうえに、妙に身が軽いんだ。

まるでかつての身体能力が蘇ったか、それ以上のナニカを感じたものの、特に原因も思い付かない事から、田舎に戻ったせいでかつての体力まで戻ったのかと、都合の良いように考える事にした。


思考放棄だな。


そんな事より後片付けを優先して、何とか片付いたものの、疲労が翌日に残らないという、まさにかつての全盛期以上の体力に、さしものオレも変に思えてきた。


最近、メシが旨い。


運動したからだろうと思っていたけど、学生時代のように食べて学生時代のように動けて、学生時代以上の体力で、疲れが翌日に残らない。


ありえないな、これは。


まるで若返ったかのような、身体の変化にオレはとまどっていた。



あれから数年後、いい加減スローライフな生活にも飽きたので、そろそろ何かやりたくなってきた今日この頃、迷宮探索に興味が向いた。

アラフォーなはずのオレの体力は、全盛期を遥かに凌駕した状態になっていて、のんびり暮らすのにも限界が来ていたのだ。


つまりは動きたい。


確かにトレーニングはやっていたけど、毎日そればかりと言うのもつまらない。

元々が社畜に近い勤務状態だったせいもあり、数年ののんびり生活ですっかり疲れが取れたらしく、かつてのような暮らしが欲しくなってきたようだ。


でももう、あんな暮らしは真っ平なので、今トレンドになりかけて斜陽になりつつある、探索者とやらに挑戦してみたいと思ったんだ。

てかさ、レベル1にするのが大変と言うけれど、倒せない訳じゃないはずだ。

確かに自衛官が始まりだったろうけど、最初に0から1に独力で上げた奴がいるはずであり、やろうと思えばやれるはず……。


ライセンスは簡単に取得出来るらしいけど、レベル1にしないとまともに狩れないとかで、探索者養成講習会の費用が最低500万とか払ってられるかよ。

ドン臭い奴は1千万ぐらい掛かるらしいその講習会は、最長半年の長丁場。

専門の指導員が付きっ切りで迷宮1階層に潜り、サポートを受けながら魔物を倒していかないといけないのだとか。


でもさ、小説とかだとすぐにレベルが上がりそうなものだけど、中々レベル1にはならないらしいんだ。


経験値という概念が適用されているらしいけど、ゴブリンみたいなのを倒して10しかもらえず、1万獲得しないとレベル1にならないらしい。


つまり、1000匹だ。


最初にレベルを上げた人は、相当なMの可能性もあるけど、大したもんだとは思う。

現在、世界での最高レベルが11らしく、日本では8らしい現状、まだまだ追い付ける余地があるかも知れない。

ネトゲとかだと数年のアドバンテージは致命的だけど、リアルじゃどんな逆転劇があるかは分からない。


要はやってみないと分からないってやつだ。



余りの難易度と必要経費のせいで、一般からはもはや手の届かない職と認識されたらしく、申し込みに行ったけど誰もいなかった。

ライセンス自体はすぐに貰えたけど、講習会はお断りした。

まあ、明細みたら嫌になるよな。


専門指導員 日当10万円・5人 (斥候・捕縛・回復・他)人数割り・10人まで。

専用武器 レンタル2万円 (1日) 買取200万円。修理費用別途。

回復薬実費・食糧その他各自持参 (協会でも販売中)

武器、防具、回復薬、その他必要品販売中。


他に誰もいなければ、1パーティが専属になるって事だから、1日50万円掛かるうえに、武器を買って……半年以上掛かるなら買ったほうが安い……防具揃えて、回復薬やらメシやらと、相当な散財になっちまうな。

毎日じゃないからましだろうけど、それでも確かに最低500万ぐらいは掛かりそうだ。

てかさ、10人目一杯で500万なら、その10倍ってやってられるかよ。


だからやんないと。


「確かに自己責任ですけど、1人で入れば生きて出られませんよ」

「別に、いいだろ」

「死ねば迷宮に吸収されるので、死亡ではなく行方不明の扱いになります。この場合、ご遺族の方にはそう通知しますので、それでも宜しければ」

「天涯孤独だ」

「では勝手にどうぞ」


講習会の儲けがどれだけあるのか、受付にどれだけ回されるのか、断ったらもう、勝手に死ねと言わんばかりな態度だった。

なんでも普通は迷宮に潜って1ヶ月音沙汰がなかったら行方不明として連絡先に通知するらしく、全ては自己責任という誓約書にサインした以上、協会には何の責任も無いという事になっているとか。


まあ、親方日の丸だしな。


まあいい、とりあえず迷宮に入ってステータス魔法を獲得しよう。


全てはそれからだ。



《ステータス魔法を獲得しました》


「ステータス」



ナマエ 須名夫近スナ・オトチカ

レベル 18

スキル 探索者セット(鑑定・生活魔法・アイテムボックス)



なんだぁこれ。


過去ログはどうなっている。


《ダンジョン・マスターを討伐しました》

《経験値を170万獲得し、レベル17に上がりました》

《初期ボーナス1万を獲得し、レベル18に上がりました》

《初期討伐特典を獲得し、スキルの獲得が可能になりました。スキル欄を指で押さえ、一覧より選択してください》

《24時間以内に選択が成されなかったので、こちらから探索者セットをお付けしました》

《24時間経過しました。初期サービスを終了します》

《ステータス魔法を獲得しました》


なんで迷宮に入る前にレベルが上がっているんだ。

ダンジョンマスター討伐? なんの話だ。

まさか、最近調子が良かったのは、レベルが上がっていたからなのか?

つまり、かつて、いつか分からないけど、経験値を獲得……いつか?

確かあの地震の後からだよな、調子が良くなったのは。


消えたバーベル、直下型地震、断末魔……まさかだろ。


そんな馬鹿な。


で、でも、あれからいくら探しても、遂にバーベルは見つからなかったし……。



詳細を見た。


討伐名 アンデットウルフカイザー 経験値170万

特徴 斬撃無効・魔法無効・闇属性


初期サービス(24時間以内での討伐)経験値 1万


つまりはあれだな。


最初に24時間以内に魔物を倒せば、誰でも無条件にレベル1になれたのか。

だから自衛隊の人達はスタートダッシュがやれたんだな。

そして世界の軍事関係者も。


まあ、火器が使えなくても殴るぐらいはやれたろうし、特殊警棒とかあったろうし、どのみち人数からいるからタコ殴りになった可能性もある。

そうして力が溢れて気付いたんだろう。

そして24時間後にそれを実感したんだろう。


もう、そんなサービスは無くなったのだと。



なにはともあれ、今のレベルを活用しようじゃないか。


だけども目立つのは嫌なので、しばらくは地味に通うしかないだろうな。

まだ上がらないと思わせる為に、獲得したアイテムは売れないだろう。

いきなり売ったりしたら怪しまれるだけだ。


まあ、特典のアイテムボックスに入れておけば良いので、資金が尽きるまではこのまま地味に潜るだけだ。


おっと、剣か、これは。


よしよし、これでバールも卒業だな。



迷宮で魔物を倒したら魔石らしき石の他に、宝箱と言うか単なる木の箱なんだけど、それを開けると肉や素材や武器や防具や魔道具や回復薬が出る。

最初は箱に罠とかびびったけど、石の攻撃を頭のヘルメットに食らった後は、バールの先でフタを外すようにしてから罠に嵌まる事は無かった。

ナナメからのバールの攻撃は想定外のようで、前面に空しく毒針が飛んでいったり矢が飛んでいったりしていた。

なのでバールは箱明けに使うので、武器に使わなくなった今も必要なので、それだけ持って迷宮に入って中で着替えてフル装備で戦っている。


アイテムボックスさまさまだな。


受付の女性とは顔馴染みになったけど、まだ懲りないのかって目で見られているようで、会話は必要以外は無いのがどうにもな。


そんなに講習会に誘致したらボーナスが貰えるのか?


まあ、オレには関係の無い話だけどな。



近々法改正があるらしい。


人命云々って建前で、最低戦闘力の検定が必須になるらしく、それに満たない者は迷宮に入れなくなるらしい。

その代わり、講習会の費用の貸付が可能になるらしく、担保は必要だけど後払いがやれるようになるんだとか。


もっとも、そういう探索者は協会が運営するギルドの会員になる必要があるらしく、迷宮からの獲得物に対しての報酬の何割かを返済として天引きされるらしい。


更には税金も天引きになるらしく、ギルド員になったら儲けの半分以上が消えるようだ。


ご苦労な事だな。



「これを殴ればいいのか」

「ああ、最低限、これを壊せないと話にならん」


軽く、かる~く、ぼいっと……バキン……。


「ほお、お前、レベル持ちか」

「半年ソロで頑張りました」

「そりゃ大したもんだが、油断するとすぐ死ぬからな」

「はい、気を付けます」

「まあいいだろう、合格だ」

「ありがとうございます」


(初期サービス無しでソロで半年か、大した根性だがどれだけ続くかな。オレ達に続いて欲しいが、所詮は一般人。淡い望みは持たないほうが良いかもな)



検定に合格したので、晴れて迷宮に堂々と潜ります。


「貴方、検定は合格したのかしら」

「はい、これが証明書」

「そう……上がったのね」


なんだよ、その残念だぁぁって声は。


そんなに誘致ボーナス多いのかよ。


小説の設定とかだとランクで保護とか当たり前だけど、リアルじゃそんな保護とか全く無いうえに、金の無い奴は早々に死ねと言わんばかりな協会の態度。


事実は小説よりシビアってか。


まあオレはそんなのとは関係無いけど、うっかり見せられない探索者セット。

なんでもオレ以外の連中は、スキル獲得権利を放置しなかったらしく、何かしらのスキルは得たらしい。

ちなみにスキルはスキルオーブが迷宮から出るので、それを買ってスキル持ちになる金持ち探索者もかなり存在していて、現在のスキル所持者はかなり多いようだ。


親が金持ちとかな。


そう、世界の獲得スキル一覧が発表され、剣術(147521)とか出てるんだよ。

中には調薬(7)とか錬金(11)とかあるけど、教本も無しに使えるはずもなく、すっかり死にスキルと化しているとか。

そうして一覧の中に魔法は滅多に出ないのと、鑑定はウルトラレアな扱いになっていて、発見したら国が早々に確保したいらしく、高額での買取募集が出ていた。


そんな中に探索者セット(1)となれば、オレしか無いのは確実であり、誰にも見せられないステータスと化したのであった。


ただな、レベルの一覧表も出たんだよな。


国籍が無かったのが幸いだけど、28(1)14(1)……。

ダブルスコアなレベル数値とか、絶対に知られる訳にはいかないぞ。

実は細い穴を見つけてさ、何かあるのかと思ってバールを突き込んだら経験値を得てさ、面白いからずっとやっていたらレベルがかなり上がったんだけど、ある時急にやれなくなったんだ。


あれ、バグか何かで対策されたのかなと思ったものだ。


(あんな所に穴が開いていたとは。道理で幼体が増えぬはずだ。竜種の幼体など相当のコストだのに、参ったの)


迷宮入り口に先日急に現れた石碑には、そういうのがつらつらと刻まれている。


そして世界はレベル28を探している。



情報掲示板抜粋


(調薬スキル獲得!)

(迷宮から出る薬草らしき草を、すり下ろして水で溶いて飲んだら腹を壊した件について)

(嘘だろ……。)


(錬金ってどう使うんだ)

(ああそれな。本来は異世界の連中向けのスキルだろう。つまりは異世界にはちゃんとした教本とかあってよ、講師がいたりするんだろうが、そんなの無いから全ては手探りだろう。まあ、頑張って見つけてくれよ、真理を)

(終わった……。)


(鑑定の相場、いくらだっけ)

(以前、ワールドオークションに出てたのが、開始1万ドルで100億ドルぐらいになってたぞ)

(ああ、見た見た。結局、お米の国の政府関係者が落札したんだっけ)

(あんまり高くなるもんだからさ、あれでトレンドになりかけたんだよな)

(そうそう、それでかなり増えたんだけど、借金が消えないらしいな)

(850万も掛かっちまった。親に借りたんだけど、借金はまだまだ残っている)

(それでも貸してくれるだけ良いよな)


(あの石碑、やっぱりダンジョンマスターとかが拵えてんのかな)

(かもな。てかよ、現在の世界一、28とかすげぇな)

(いきなり増えたよな。去年14とかじゃなかったか)

(なんかいい稼ぎ方見つけたんじゃないのか)

(チートかよ)


(探索者セットってよ、もしかして鑑定とかあるとか)

(複合スキルのオーブもあるんだな)

(そんなのとんでもない値が付くぞ)

(オークションに出した瞬間、行方不明確定だな)

(くわばわくわばら)



設定


・必要経験値 ネクストレベル×1万

・竜種の幼体 脆弱ながらも経験値莫大


-----


希少魔物辞典抜粋



カミノツカイ(アルビノスライム) 


ごくまれに発生するが、成長するまでは他のスライムに擬態しているので見つけ辛い。

かつて直径10メートルにも成長した個体は既に擬態を止めていたものの、討伐依頼を受けた者によって全て回収された。

のちにハイクラスポーションの原料として確立され、現在に到る。

回収されたのはカミノツカイの核もあったとされ、今もどこかで飼育されているとも言われている


ポーションに1滴入れると1ランクアップする


下級ポーションに8滴入れると神級になる


下級、中級、上級、特級、王級、帝級、伝説級、精霊級、神級


神級ポーション(現在では失われた品)


言伝には色々あるものの、どれも確かではない。


・首を切られた者に対し、首に掛けたら五体満足で生き返った。

・死んで数日の死体に使ったら蘇生した。

・致命傷を受けた者が飲んで健康体になった。

・寿命寸前の老人が飲んだら若返った。

・少年がうっかり飲んで赤子になった。

・妊婦が飲んだら即座に無痛分娩で健康な赤子を産んだ。

・エルフの巫女が飲んだらハイエルフになった。


-----


封印で長生き、解放で短命、細く長くか太く短くか、君ならどっち?



15才になって神殿でギフトをもらった。

【封印】という、よく分からないスキルだ。

みんなはゴミとか言っていたけど、封印すると力は弱くなるけど寿命が延びると書いてあった。

本当はそんな事したくなかったんだけど、寿命も書いてあったんだ。


享年18才って、あと3年? うそ。


ぼくは慌てて可能な限り封印したんだ。

それから3年後、ぼくの寿命は確かに延びた。

だけどすっかり無能扱いされていて、20才になったら奴隷になりそうなんだ。

だって今のぼくの力は子供並みで、そこいらの8才と喧嘩しても負けそうなぐらいなんだし。

だからそんなぼくでも奴隷になれば、とりあえずは生きていけるからと両親にも言われている。


この国の法らしい。


奴隷は行動の自由はないけれど、最低限の生存が保障されているんだとか。

だからうっかりにでも殺したら、殺人罪が適用になるんだとか。

もちろん虐待も罪になるようなので、とりあえずは生きていけるらしい。

貧乏なこの村の暮らしで、本当ならもっと早く奴隷にされていたころだけど、ここ数年の豊作のおかげで、とりあえず家に置いてもらっている。

だけど今年はちょっと不作らしく、来年はもう少し拙いらしい。


3年間の封印で、ぼくの寿命はかなり延びた。


どうやら半分の封印にすると、ぼくの寿命は少しずつ増えているようで、解放さえしなければずっと生きていけそうなんだ。

なのでぼくを欲しがっている商人の人は、永久に使えるからお得と思っての事かも知れない。


そう、封印していれば、ぼくはずっと生きていげるのだから。



20才になってぼくは奴隷になった。


他の皆はもらったギフトを役立てる仕事に就いたけど、ぼくは生き続ける事が仕事みたいなものなので、他に取り得のないぼくは、永久奴隷になるしかなかったんだ。


ただ、ギフトの事を両親はよく理解してなかったみたいなので、売値の為にぼくは両親に詳しく説明して、かなりの高額で売ってもらったんだ。

だからかなりの蓄えになったので、弟や妹は売らずに済みそうだった。


元気でね、ふたりとも。


ぼくは相続奴隷となり、故郷の家族が死んでも青年のまま生きている。

この商会もぼくが来てから既に3代目に代替わりしたけど、そろそろ変化がありそうだ。

相変わらずの雑用奴隷として、いつまで経っても最下級な立ち位置で、新人店員にこき使われる日々だけど、とりあえずは生きていけるから文句はない。


「おまえもうじき売るから」


ああ、遂にそうなったか。

まあ、あちこちに宣伝するみたいに言えばそうなるよな。

国の研究機関がぼくを欲しがっているみたいで、かなりの高額で売れるらしい。

なんせ、今のぼくは不老不死なのだから。


ああ、モルモットしての生も悪くないけど、もっとまともなギフトが欲しかったな。



かつてを思い、ぼくは封印を緩めていた頃の事を思い返す。

あれでかなり寿命が縮まったけど、そのお陰でかなりの資産を得た。

探索者、盗賊狙い、迷宮探索、行商人、色々やったなぁ。

今では小さな店のあるじとして、細々ながらも暮らしていけている。


ああ、あの国はもう無いんだ。


スタンピートっていう、魔物の大量発生があちこちで起きて、国中がてんやわんやになって崩壊したんだ。

その時に封印解放して大物を倒し、そのままそこで過ごしているうちに周囲の魔物もついでに倒し、世の中が収まった頃には魔物の素材で溢れていた。


それを売ったらちょっとした富豪ぐらいに儲かって、今の共和国の小さな町外れの小さな店で、パンを焼いて暮らしている。

パンに色々挟んで食べていたところ、それが妙に受けたんだ。

なので商売になるかと思い、挟みパンの店を始めたんだ。


サンドラ……これがぼくの店の名前だ。


その由来なんだけど、ドラゴンのスライス肉を挟んだパンが発端なので、サンド・ドラゴン、略してサンドラとなった。

どうやら強い魔物の肉は、それなりの環境ではいつまでも腐らないみたいで、野ざらしでも数年は腐らないらしく、冷暗所に置いてあるドラゴンの肉は、5年が過ぎた今となってもおいしく食べられる。


だから同業者が出ないんだ。


巷のパン屋では自前でドラゴン退治とか出来ないだろうし、探索者に頼んだらいくら取られるか分かったもんじゃない。

とてもぼくが売っている価格では売れないだろうな。


「ドラさん、いつものパンちょうだい」

「あいよ、いくつ欲しい」


サンドラなのにドラさんと呼ばれる今日この頃、ぼくはとりあえず生きています。


もう少ししたら、またドラゴン狩りにいこうかな。


-----


神様に殺された男



あれはやっぱり意図的だったんだな。


あの日は曇り空だったけど、降水確率ゼロパーセントだったから傘も持たずに家を出たんだ。

コンビニで買い物をして出てしばらく歩いていたらいきなりのゲリラ豪雨でさ、慌てて走っていたらトラックが突進してさ、傍にいた自由業の方を身代わりにして何とか逃れたんだけど、そこにバイクが突っ込んできて、それもなんとか必死でかわしたんだ。

もう全身ドロドロでさ、それでもなんとか家に辿り着いたんだけど、妙な音が聞こえて空を見たら、セスナが墜落してきたんだ。


自宅直撃コースでさ。


逃げたよ、必死でさ。


ギリギリ助かったと喜んでいたら、いきなり地面に穴が開いたんだ。

なんとかへりに掴まって耐えていたところに、ガスボンベが転がってきて、オレの指を潰してさ、遂に力尽きて穴に落ちたんだ。

穴には雨水が溜まっていてさ、足が付かないんだ。

しかもガスボンベまで落ちてきて、オレの頭を直撃したんだ。


んで、気が付いたらこの空間だ。


それから先はテンプレの異世界転生の様相だけど、『あなたは死にました』とか言われてもさ、お前が殺したんだろうと言いたくなったよ。


だってさ、あんなのありえないだろ。


そこを追求したらしどろもどろでさ、自白したも同然だったんだ。


まあ、損失補てんって言うのかな、色々おまけを付けてくれたけど、本当はトラックで死ぬところだったと白状したんだ。

余計な手間とか逆ギレしそうになったけど、別の神様が来てくれてなんとか補てんの方向になってくれたんだ。

かなり強引な手法らしくてさ、かなりのサービスだと言っていたよ。


でも、生き返らせられないって言われたのが残念だったな。


-----


居酒屋経営親父の愚痴



「とりあえずってのが流行っていてよ、どいつもこいつも使いやがってうっとおしいのなんのって」


「ああ、とりあえずビールってのか」


「そうそう、そいつよ」


「ならさ、鶏肉を酢で和えた料理を作ってよ、とりあえずって名前にすればよ、そいつら軒並みそいつを自然に頼む事になるだろ? それが嫌なら収まるさ」


「おお、なるほどな」


「しかも大盛で、あんまり旨くないとか、やたら酸っぱいとか」


「ああ、高くて不味い料理か」


「そのへんは手心次第だけどな」


「いー作戦だぜ。そいつを使わせてもらうぜ」


かくしてその店では、ちょっと酸っぱいけどビールに合う料理が人気となり、作戦は失敗したものの、売り上げが伸びて痛し痒しな事になったそうな。


-----


追放された魔術師の訴え



「彼から訴えを受けたのだがな」


「何と言われようと、もうあの魔術師は使わない」


「せめて理由を聞かせてはくれんか」


「経験不足だ」


「だがな、経験と言ってもな。お前たちもそこまで足りている訳ではあるまい」


「なら言うけどな。オレ達はあいつのせいで撤退になったんだぞ」


「ダンジョンの罠のせいだと言っていたが」


「発端が罠なのは確かだがな、そいつがまた小麦粉が降ってくる罠だったんだ。そいつを前衛の戦士が被ってな、くしゃみが止まらなくなってな」


「たまにある罠だな」


「そこまでなら良かったんだが、敵が出てな。よりにもよってあいつが風の魔法を使いやがったんだ」


「……それはまた」


「全員、くしゃみを我慢しながら必死に倒そうと努力はしていたんだがな、またあいつが今度は火の魔法をな」


「……なんと言う」


「たまたま全員が爆風で入り口まで飛ばされて、何とか生きていたから撤退できたが、下手したらメンバーが欠けていたところだ」


「はぁぁ、不幸中の幸いか」


「他の奴らにも注意しとけよ。オレ達の二の舞になるぞ」


「ああ、よくわかった」


かくして魔術師の訴えは棄却され、彼は再教育となったのであった。


かつて転生者によって報告された、粉塵爆発の危険性は探索者アカデミーでは必ず教える事になっており、その卒業者は熟知してしかるべき。

なのに現場でそれを起こしたとなると、教育不足と言われても仕方が無い。


よってそのままアカデミーでの補習が命じられ、テストに合格するまでライセンスは停止という、かなり厳しい沙汰が下されたのだった。


-----


追放された御曹司、カレーライスで成りあがる


ギフト【等価交換】


都会では店で行われる商業行為と同等であり、辺境の村ならともかく、街での需要は殆ど無いので、一般には劣等ギフトとして蔑まれる事は無いものの、他のギフトと比べての重要度は限りなく低い。


ただ、異世界を知る者にとって、それは福音に他ならないが。


これは異世界に転生した少年が、周囲の評価など気にせずに、追放された辺境で、自由気ままに生きる物語である。


(タイトルとあらすじは出来たものの、本文がどうにも書けないのでここに放置する)


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魔法の才は無いんですか?



魔力感知・魔力操作・魔力制御・魔力極大・魔力回復上昇……。


人は生まれつきスキルを持って生まれてくる世界。

大抵はひとつの才を持ち、それに関連した職に就く事が多いとされている。

だが中にはふたつ、またはそれ以上の才を持つ、生まれながらの英雄みたいな存在が生まれてくる。


彼は生まれながらに5つの才を持っていたにも関わらず、僅かひとつの才が欠けていた為、人は彼を英雄とは見ることがなかった。


そんな彼、メノスの物語はここからはじまる。


(どうにも本文書けない病に罹っているようです)


-----


よくある異世界転生物語



神様に言われたんだ。


異世界転生で記憶とチートを付けるって。

でもオレは記憶もチートも要らないって答えたんだ。

だってさ、よくあるラノベとかだとそういうのって大抵、色々な事に巻き込まれたりしているよね。

確かにそれが小説と言われればそれまでなんだけど、リアルにそういうのって洒落にならないって思えたんだ。


だから普通の人と同じ生まれをすれば、平々凡々に生きていけるんじゃないかって。


神様は少し驚いていたようだけど、それならそれでと送り出されたんだ。


なのに……。

 


村での洗礼。


ぼくは育成ってギフトをもらい、普通のギフトって言われて村でずっと過ごす事になりそうだ。

ぼくも別に外に出たい訳じゃないし、普通のギフトと言われても別に何も思わなかった。

幼馴染みの子達の中でレアギフトってのが何人か出たようで、彼らは成人したら王都の学園に通えるとか言って喜んでいた。

何でも珍しいギフトは国が援助するらしく、無料で学べるらしい。

少し羨ましいと思ったけど、ぼくは皆を祝福しても、心の裡は見せなかった。

そういうのって目立つから、色々大変なんじゃないかって思えたんだ。


そしてその夜……。


ある夢を見たんだけど……。



洗礼式の夜、神様とのやり取りを夢に見た翌日、過去の記憶が蘇ってしまった。


おい、神様、記憶消したんじゃなかったのかよ。


まさかと思い、教わっていたステータス魔法を唱えてみると、しっかりとチートが生えていた。


騙された。


どうやら神様は最初からそのつもりでいたらしく、オレの言葉が予想外だったので、騙してチートを付けて送り込んだようだった。


だから驚いていたんだな。


だけどやれないならそんな選択肢、選ばせるなよ。

最初からそう決まっていると言われれば納得したと言うのに、選ばせてそれが想定外だったからと、騙すような事をするとかさ。


創世神ナタリエラか。


洗礼はしたけど、信仰はしないからな。



昨日まで狩れていた野ウサギが狩れそうにない。

昨日までは当たり前のように捕らえて殺して血抜きをして解体していたってのに、前世の記憶が蘇った今となっては、それがどうにもやれそうにないんだ。


だから嫌だったんだ。


あの世界の常識やら倫理観が邪魔になると思ったからこその記憶削除のお願いなのに、蘇った今となってはそれがやはり障害になるようだ。

それでも狩らないとあやしまれるので、嘔吐しながらも何とか肉を持ち帰る。

はぁぁ、当たり前にやれていた頃が懐かしいよ。



確かに魔法に関しては前世のアニメなんかのイメージで意外と早くやれるようになったけど、絶対人には見せないつもりだ。

うっかり見せて噂になれば、幼馴染みと共に王都の学園行きになった挙句、権力者が取り込もうとして色々なドタバタ劇を演じる羽目になりそうだからだ。


それがラノベなら楽しめても、身近に起これば楽しむどころの騒ぎじゃない。

ましてや自分がその騒ぎの中心になるとか、勘弁してくれと言いたくなる。


力を見せずに死ぬ?


それなら今度こそはノーマル転生になるに違いない。

だからオレを騒ぎに巻き込むなよ、神様。



あれは邯鄲の夢だったのか。


村が魔物の軍勢に襲われて、派手な魔法を封印したまま魔物に殺されたはずが、気付いたらかつての環境の中に居た。

その日はオレの命日だったので、仮病で寝て過ごした。

夜になって熱が下がったという触れ込みで、家族との団欒の中で、テレビのニュースで暴走運転の車によって、誰かが犠牲になったらしいけど、外に出なかったオレは別に心臓発作とかになる事もなく、問題の時刻は過ぎ去った。


あれで無かった事になったのかな。


だけど魔法は使えたりするんだよな。


やれやれ、どうやらあれは本当にあった事だったらしい。

だけどもこの世界なら魔物に襲われて死ぬ事も無いだろうから、当たり前のように暮らしていけるだろう。


そんな風に思った事もありました。


迷宮ってなんだよ。



どうやらオレが死亡予定時刻をクリアした後、夜中に迷宮が現れたらしい。


早速、調査の人員が中に入り、魔物に襲われたとかニュースで言っていたけど、銃が使えなかったとかよくあるラノベのスタイルを踏襲しているようだ。


神様は新たなシナリオでも始めたのか、どうにもオレを騒ぎの中に投入したいらしい。

15才から探索者になれるとか言い出して、クラスメイト達も探索者になると息巻いているようだけど、オレはそんなのやりたくないぞ。


確かにそれなりの魔物の討伐経験はあるけど、こんな世界で必要も無いのにどうして殺さないといけないのか。

だから殺しがしたい奴らは好きにすれば良いけど、オレをそれに巻き込むなよな。


そりゃ前世の記憶が戻ってから、山でこっそり魔法の復習をしていたけど、いくら前世のままに使えるからと言って、他人の前で使おうとは思わない。


「絶対に(ソロ以外で)行かないからな」



ダメだった。


兄貴に強制されて、現在は探索者講習会の会場内。

兄貴はゲームとかで馴染んだハントだろうけど、そんなのリアルで通用すると思うなよな。


魔物の討伐と言えば聞こえは良いけど、刃物を使って魔物という名の生き物を殺害する仕事なんだぞ。

返り血を浴びない立ち回りとか、急所を的確に狙う技能とか、魔物の習性を覚えて戦いを有利に導くとか、そんなのに感情が邪魔をしないようにする必要がある。


ようやくクレパーな殺しがやれるようになっていたのに、魔物の襲来でこんな事になっちまっている。

だからやれと言われればやれるだろうけど、うっかり見せる訳にはいかない。


とりあえずまだ先のようだから、身体を鍛えておきますかね。

逃げるにしても、体力が無いと無理だろうし。



春の講習で仮免許の後、指導員監修の元での魔物の殺害実習。


どうやら迷宮の中で行うらしいけど、人数が多いので何回かに分けるのと、グループで分けての実戦講習になるらしい。

兄貴と共に申し込んだ訳だけど、10日後の午後の部になるらしい。


学生だから日曜日にしてくれたんだな。


当日……。


兄貴はやはり震えており、殺したら嘔吐三昧。

オレも通った道だけど、好き好んでやっているから同情は出来ないぞ。


「次、438番」


はいはい、ちゃちゃっと殺りますかね。

オレは兄貴の付き添いだと言ったのに、お前もやれと青い顔して……。


残念だけど、オレは兄貴みたいにはならないよ。


ゴブリンが殴ろうとするのを避けて首を切ると同時に蹴り飛ばして血をかわす。

かつてやっていた狩りのままに、あっさりと仕留めたオレ。


ああ、しまったな。


初めての殺しでのアレは、ちょっとクレパー過ぎたかな。

まあいいや。ナイフの血を振り飛ばして戻って来る。


「お前、経験者か? 」

「初めてですが」 

「……そうか(やれやれ、あれが初めての殺しとか、どんだけだよ。末恐ろしい奴だぜ)」



兄貴と共に探索者になったものの、兄貴はあんまり乗り気じゃない様子。

どうやらトレンドみたいな事になっているようで、クラスの仲間外れを嫌った結果のようだ。

黄金週間にクラスの連中とハントとか言っていたけど、どうにもその気にならないようで、当日は代わりに行ってくれと言われてしまう。


どうすっかな。


結局、かなりの貸し……来月の小遣いを半分貰うのと、夏休みの宿題のヘルプを引き受けて貰う……で合意した。

つまり、そこまで言っても頼むと言うぐらいに、講習会での殺しがトラウマになっているらしい。

あれじゃもう、ライセンスはタンスの肥やしだな。


兄貴の紹介で兄貴が参加するはずだった探索会に赴き、参加するにあたっての注意事項を聞く事になる。

兄貴はその場でも色々な言い訳を使い、仕方が無いから弟を代わりに出すと、妙に必死になっていた。


よほど仲間外れが怖いんだな。



レンタル武器はまともに切れないと評判が悪く、皆は無理してでも新品の武器を用意するらしいけど、殺しはナイフでやるものだ。

剣でバッタバッタと倒すとか、無理だから止めとけと言いたくなった。

確かに高レベルになればそういうスタイルもやれるだろうけどレベル1でそれは、まともに扱えない武器に振り回されてかえって危険だと思うんだけどな。


あれは盾にもなる鈍器と割り切って、そういう使い方をするものだ。

だからオレはレンタル武器で構わないと、ショートソードとナイフの二刀流という、かつての世界でやっていたスタイルで参加する事にした。


レンタルのショートソードを左手で逆手に持ち、相手の攻撃はそれで受けたり流したりする。

もちろん撲殺が可能ならそれで攻撃するけど、基本はナイフ(これは自前)で止めを刺す。


ナイフを2つ繋げたような武器を拵え、中央を握って左右どちらかの刃で頚動脈を切るのが前世でのスタイル。

ナイフが折れたらヤバいので、保険の予備武器を常に手に持っているというこのスタイルは、実際に折れた時に真価を発揮したけど、左右どちらの頚動脈も狙えるというのは意外と便利に扱えていたものだ。


また、ナイフは止めばかりではなく、叩き込めば堅い魔物の皮膚でも怪我ぐらいはさせられる。

確かにゴブリンクラスには使えても、オークだと皮下脂肪が多いせいか、頚動脈切りは巧くいかなかったけど、それでも首に叩き込めばかなりのダメージになったものだ。


ツインナイフも本当なら鍛冶屋で特注にするのが理想だけど、この世界ではそういう訳にもいかないので、柄を外して接着剤で一体化した後に、ビニールテープで握り易い太さまで巻いておく。


まあ、見栄えは悪いけど、3つぐらい拵えておけば、折れたり取られたり(兄貴の同行者=年上だから可能性あり)、また落としたりしても続行が可能だからだ。

ちなみに使用したナイフは安物だけど、先端は研いでおくので切れ味は良いはずだ。


まあ、使い捨てになるだろうけど。



思いっきり笑われた。


やれやれ、どんだけ熟練のつもりかは知らないけど、かつての経験で昇華したスタイルなのに、そんなんでやれるかよとか言われても困るんだけどな。


挙句に予備のロングソードを貸してやるとか言われても、お構いなくとしか言いようがない。


長い武器は確かに安全かも知れないけど、騎士団じゃあるまいにそんな武器、この現代社会でどれだけの経験が積めるんだよ。

つい最近、迷宮が出来たばかりだと言うのに、熟練の剣使いなど居るとは思えない。


それに重い武器はスタミナを無駄に消耗するから、それなりの体力が無いと保たないと、かつての世界で村を訪れた騎士様が仰っていた。

その時にレクチャーされた事が切欠で、あのスタイルになったんだ。


あれで順調に狩れていたから、オレとしてはスタイルを変えるつもりはない。



「ショートソードと、それはナイフかね? 」

「はい、そうですけど」

「まあ、自己責任だから言いたくはないが、それではまともに狩れないぞ」

「お構いなく」

「……はぁぁ、まあいいだろう(いきなり接近戦などやれるものではないと言うのに、聞かないのなら仕方が無いか)」


なんとか入場検査も通り、いよいよ中に入る事になる。

中は照明が無いのに妙に明るいらしく、ランプの類は必要無いらしいけど、用心の為に懐中電灯は用意してある。


後は服装だけど、事務の人が使っている腕カバーを複数枚用意して、汚れたら交換するつもりでいる。

あれは前世でも悩みのタネで、腕に布を巻いたりしていたものだ。

返り血は避けても、手の回りはどうしても汚れるので、その対策は必須だった。

なんせ村での生活での血汚れは、服が台無しになるという結果をもって、母親の受けが悪かったからだ。


なのでレインコートも用意してある。


靴は軽量安全ブーツで、脚絆を付けてある。

服装は普段着だけど、レインコート(100均)を着ており、腕カバーも付けてある。

顔は塗装用のマスクを付け、ゴーグルを付けてある。

手は手術用の薄い手袋の上に皮手袋を使い、動きに対して服が突っ張らないように余裕を持たせてある。


要は皮膚を徹底的に晒さない事と、動きに支障の無い格好になっているんだ。


まあ見た目はかなりダサいけど。



「おいおい、田舎のおっさんかよ」


皆は妙に格好に拘った風体で、オレだけが浮いている。

確かに街中を練り歩くならそうだろうけど、これから行くのは迷宮の中だ。


「おい、リュックは持ってないのかよ」


いきなりの戦闘にそんな荷物、降ろしている暇があれば別として、邪魔になるのが判っていて使える訳がない。

だから荷物は袋に入れて肩に掛けてあり、必要で投げ捨てての戦闘になる予定だ。

ちょうど中学で使っていた肩掛けカバンがあったので、そのまま探索用に流用した。


必要なら振り回してのけん制にもなるし。


ともあれ、皆の評判は最低であり、兄貴の評価も芳しくない。

だけども大事なのは生きて戻る事なので、オレは別に気にしないけどな。



「おい、階段があるぞ」

「どうするよ」

「おれはまだまだやれるぜ」

「あたしは少し休みたいわ」

「よし、少し休んでから先に進むぞ」


おいおい、オレは意見も聞かれないのかよ。


まあ、スタミナに関してはスタミナドリンクで補給もしているし、こっそり身体強化魔法を使っているから継戦能力はまだまだある。


だけども皆のスタミナはかなり消耗しているようで、補給は水だけなせいか、かなりきつそうだけど、戻ったほうが良くないのかな。


「ここで一服すっか」


タバコとか、戦闘があるってのにヤバいだろ。

帰るまで禁煙とか講習会で言ってなかったか?



こっそり探査魔法。


皆の体力はかなりヤバそうだけど、まだ帰るって言わないんだよな。

先に複数の反応があるってのに、それで戦えるつもりなのかな。


「うおおおお、ヤバいっ。逃げるぞ」


やれやれ。


殿に付いて荷物を振り回してけん制する。

あいつらはオレの事など忘れたかのように、ひたすら逃げる事だけに集中しているようだ。


よし、行ったな。


風の魔法で押し返して渋滞を発生させ、そこにオリジナル魔法の小爆球を打ち込んでシールド魔法で防御。


派手な音と共に熱風が押し寄せてくる。



爆球


火球の中にしっかり制御した水の球を入れ、火球と共に打ち出して目標で制御を解くと水蒸気爆発が起こる。



迷宮で使う魔法じゃなかったか。


念の為に小爆球に留めたけど、魔物は派手に吹き飛んでおり、瀕死の魔物の止めを刺して、集めた魔石は12個か。


このままソロでも構わないけど、とりあえず戻るとするか。



死屍累々……。


あいつらは結局、出口までノンストップで走ったらしく、表に出てみるとそこいらで横たわっていた。


「お、お前、平気だったのか」


やっと思い出したのかよ。


とりあえず荷物を振り回してけん制した後、階段まで走って逃げたと報告する。

実際、戦闘中もそれをやっていたので、そう言えば納得はされた。


ひとまず落ち着いたのでそのまま清算になるかと思ったのに、事務局に報告とか言い出した。

スタンピートじゃあるまいし、たかが12匹で大げさな事だとは思ったけど、やはり意見は聞かれないのでそのまま流された。


事務局での取り調べ……魔物の大群に襲われたと訴えたらしく、それに対しての報告がどうのこうのと。


やれやれ。



結局、12個の魔石はそのまま持ち帰った。


これを売るとか冗談じゃない。


確かに皆と共に狩った魔物から出た魔石は協会に売り、単価100円で引き取られて分配して小遣いになったけど、魔石は補助魔法を封入して必要で使用したり、回復魔法を封入してヤバい時に発動させたりするので、前世でもその需要は高くて冒険者で売る人は殆ど居ないって話だったので、オレも冒険者の人に教わったり、色々と研究して使っていたものだ。


まあ、スタンピートで終わったけど。



家に帰って兄貴に報告した後、部屋で魔法の封入をする。

毒消し4個、麻痺消し2個、回復(小)6個。


特に麻痺消しは必要だ。


麻痺するとまともに動けなくなって魔法の行使がやれなくなるので、意識ひとつで発動する魔石魔法は冒険者の必需品として、かなりの高値にも関わらず売れていた品だった。


本当はそれで稼ぎたかったんだけど、内緒にしていたからやれなくて、自前で使うだけだったんだけど、スタンビートでひたすら戦っているうちに、使い切って麻痺してそのまま死んだんだ。


ちょうど村に冒険者が少なかったのが不運だったのと、回復薬が少なくてすぐに無くなったのが敗因だろう。


恐らくはオレの村は壊滅して、騎士団が殲滅したのだろうけど、もうそれは終わった話だ。


でもあの修羅場で相当腕が磨かれたうえに、胆力もかなり付いていたせいか、12匹の魔物で皆がパニックになって逃げ出したとて、特に何も思わずに冷静に処理できた。


うん、かつての経験が生きてるな。



兄貴と兄貴の仲間が共にリタイアとなり、それからのお誘いは来なかった。


そんなオレは夏休みに旅行するという触れ込みで、隣の県の迷宮にソロで潜っていたりする。


どうやら魔法が使える者は僅からしく、攻略もあんまり進んでないって話であり、魔石をうっかり売れば発覚する大量殲滅も、魔石魔法に使うからバレないと。


そんなこんなで今日も、迷宮でのハントを楽しんでいる。


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世界にダンジョンが出現した日、ぼくは過去の記憶を取り戻す~前世はB級冒険者だった~


一流には及ばないがベテランで、あの日も仲間と共にダンジョンに潜っていた。


ちょっと器用貧乏なところのあったぼくは、生活魔法と呼ばれる初級魔法の他に、攻撃魔法として風の素養を持っていた。

他にも剣術と槍術の才もあり、状況に応じた武器の使い分けがパーティのニーズに合っていた。


あの日も仲間と共にダンジョンに潜っていたのだけど、稀なるはずのダンジョンの【変容】に遭遇し、仲間と離れ離れになった後、突然出現した落とし穴……直下にいきなり出現されてはどうしようもなかった……に落ちて……。


そこまでの記憶しかないから恐らく、そのまま死んでしまったのだろう。


つらつらと思い返すうちに、ぼくは過去の記憶と共に、当時の意欲が湧いて出るのを感じていた。


ダンジョンに潜りたい……。


まだ見ぬ景色を見てみたい……。


ああ、惜しむらくはあいつらとはもう逢えない事が心残りだが、転生した今となってはもう、どうしようもない事だろう。


まあいい、どのみち一般公開されるまでは入れないだろうから、それまでに準備を整えておこう。


まずは魔法からだな。


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リアル・アドベンチャー・アナザーワールド・オンライン


今日も鍛治のレクチャーを受けている。


「油冷却、ですか」

「高温の鉄を水に入れるとだな、鉄と水の間に水蒸気の膜が出来てな、そいつのせいでゆっくりと冷める事になって、ちゃんとした焼き入れにならんのだよ」

「なるほど~」

「鋼は急速に冷却するほどに硬化するのだよ」

「それで油なのですね」

「鍋やフライパンなら水でも構わんが、包丁や武器は油でやったほうがいい。水蒸気爆発まではいかなくとも、水に高温の金属は蒸気で火傷の危険もあるからの」

「判りました」


中世風の世界観の割りに、技術水準は意外と高いのかも知れない。


よくある小説などだと、素人がいきなり高水準の武器を作って、親方の技量を凌駕したりしているけど、普通に考えてそんな事はあり得ない。

確かにNPCと比べると成長が早い設定だろうけど、それでも数日の修行で10年の成果を抜くなんてのは余りにもNPCが不憫だし、少なくともリアルを売り物にしているゲームではあり得ないと思う。


確かに料理ならまだ現実での経験が生かせるにしても、現実で武器を拵えた事のある人がどれだけいるだろう。

当然、仕事でなければ非合法なので、間違っても夏休みの宿題での工作でバスタードソードを作ったとか、そんな経験を持つ高校生は皆無のはずだ。

精々が鉛筆削りの小刀ぐらいだろうし、それでも表に出せば何かと言われる事になるだろう。


それぐらいこの国では武器作成に対する風当たりが強いのだ。


遥かな昔に知らない人達が起こした戦争の記憶を未だに引きずるこの国では、いかに自己防衛の為とは言っても武器の所持は認められない。

だから拉致されそうになっても、ひたすら逃げるしかできないのだ。

しかも拉致られたらもう国民じゃないらしく、二度と祖国の土は踏めないときたもんだ。


普通の国なら奪還に行くところだけど、この国は返してくださいとお願いするしかできない。

当然、相手は必要があって拉致したんだろうから、返すぐらいなら最初からやらないはずだ。

それを判っていながらも国民の手前、返還要求を出しただの、断固とした態度で交渉に臨むだのと言ってお茶を濁しているけど、相手はこちらの事情を知っているからこそ、意味が無いのだ。


奪還は不法入国が当たり前なので、侵略行為と言われると憲法違反なので、観光ビザで武器無しで入国して、被害者をこっそりと奪還して、こっそりと出国させるという、ひたすら難易度の高いミッションになるだろううえに、見つかったら素手で対処するしか無い。

そんな特攻、命令したほうもただでは済まず、ゆえに誰も命令しないから自衛隊は動けないと。


まあ、オレは非合法と言われても護身用の武器は所持している。


二度と祖国の土が踏めないぐらいなら、その土が塀の中でも仕方が無いと思うがゆえだ。


拉致されて不自由な思いをするぐらいなら、敵わぬまでも戦って殺されるほうがましだ。


残された家族も堪らないだろう。


すぐに保険金が出るか、行方不明で7年後に出るか、生存が確認されていて返還要求中でいつまで経っても出ないかの違い。


拉致された○○さん、とかニュースに出て、家族のプライバシーが侵害されるとか、はた迷惑にも程があるだろう。

それぐらいなら死体で見つかったっていうニュースのほうが、家族に対しての世間の注目の度合いが違うと思うのだ。


ああ、話が思いっきり逸れたな。


まあそんな理由で鍛治もどきの経験がある訳だけど、このゲームではそんな経験でも無いよりはましなようで、親方には筋がいいと言われている。

やんちゃ者の多い底辺工業高校の作業場で拵えたドスの経験なので、余り大っぴらには言えないんだけどね。


それはともかく、全てが手作業なので、ベータの連中もすぐに投げたらしく、現在の鍛治生産職は相当に過疎っている。


本来なら複数受け入れ可能だろうこの作業場では、マンツーマンでの教授になっている有様だ。


「今だ」


ジュワァァァァ……。


「今のタイミングを忘れるな」

「はい」


ここで熟練したら現実でも作れたりするのかな。

国が守ってくれないからには、自衛の手段の作成方法を習得する事は、無駄にならないと思っての意味もあるけど、やっぱり物作りは楽しいから好きだ。


さて、接続限界まで今日も頑張りますか。


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ちゃんと翻訳しろよ


持っているスキルが目視できるステータスの魔法。

だがその魔法には落とし穴があった。

犯罪者や特殊な事情で他人のスキルが確認できるので、最初に授かるスキルは必ず教会で確認される。

これは禁忌のスキル所持者を排除する目的があるのと、稀有なスキル所持者を囲い込む隠された意図があった。


彼は前世の記憶を持った存在であったが為に、スキルの情報は日本語で書かれていた。


それを見る者は己の知る言語に翻訳されるはずが、異世界の言語である日本語にまともに対応せず、変なスキルと認識されてしまったのだ。


スキル【魔法の才能】


ちゃんと翻訳しろよ。


責任者、出て来い!



魔法マホウの才能


マホウとは、この異世界では怠け者の象徴として有名な過去の人物で、王族でもあった彼は、王宮から全く外に出ようとせず、日々寝て過ごしたらしい。

だがそんなものは田舎の村では通用しないうえに、そんなスキル持ちでは全く役に立たない。

他の者は農業の才覚とか狩猟の才覚、そして剣士の才覚を得た者は冒険者を目指したり、勉学に励んで兵士になったりするのであった。


そして彼は役立たずとして放逐された。


田舎の村では働かない者を養える余裕などないからと言って。


「魔法の才覚と書いてあるんだよ」

「嘘を言いなさい。怠け者の才覚なのは神父様から聞いているのよ」

「そうだぞ。だからそんな言い逃れは通用しない」

「15才と言えば一人前なのだし、村の外で生きていきなさい」

「この村は貧しいのだ。働けない者を養う余裕などない。判ったな」

「……は、い」


誰も彼の言う事を信用せず、神父様の言葉を信用しているようだ。


両親なのに冷たいものだと、彼はかつての暖かな前世の境遇を懐かしむ。


この世界での魔法はマジケルと称すので、スキル名はマジケルになるはずが、どういう訳だか魔法をそのまま読んで、そのまま書いたとしか言い様のない状態。


本当に責任者、何とかしてくれよな。


さて、明日からどうやって生きていこうかな。


まあ、魔法があるから苦労はしないだろうけど。


それにしても冷たいよな。


あんな両親とか、もう忘れてしまおう。


オレは今日から天涯孤独だ。


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死後セミナー



「あれ、先輩、今日はもう上がりじゃ? 」

「何言ってんのかね、この子は。ああ、ちょうどいいわ。あなたにやってもらいましょう」


とんだ貧乏くじである。


10時のおやつの時間に私服に着替えていた先輩に対し、サボりかと思ったので上がりと言い換えての軽い挨拶のつもりがとんだとばっちりだ。


どうやら摘発月間なるものを上が提案して、それに太鼓持ちたいな直下が賛成してそのまま直属に投げたというシロモノで、成功したら上層部の連中の影響力が増し、失敗したら直属込みで廃棄処分……いわゆる閑職への優待券(拒否無効)がもれなくもらえるって話だ。


イマドキの閑職は意味が違う。


誰もやりたがらない職を指し、それは大抵危険度が高かったりやたら汚れる仕事ばかりだったり、やたらとスプラッタな仕事ばかりだったりする。


ああ、言い遅れていたけど、オレは別に非合法な仕事に就いている訳じゃないよ。


これでも公務員なんだ。


正式名称は高機動警邏官なんて付いているけど、昔ながらの警官と呼ばれる職業だ。


本来なら昔とは比べ物ならない凶悪な犯罪者に対し、高威力の武器で容赦なく叩き潰す仕事なのだけど、閑職に追いやられるとその後始末をさせられるのだ。


手足がどっかに飛んでいったのを探したり、血だまりの中から犯罪者の身元が分かるものを探したり、死体を繋ぎ合わせてとりあえず元のように見えるように調整したり、現場の掃除をしたり。


そんな汚れ仕事には誰も回されたくないので、上からのお達しには逆らえないんだけど、唯一、部下に投げられるという抜け道がある。

今回はそれを上から順番にやって来て、遂には先輩に行使されたと。


最下層には拒否のできない無理難題。


それもそうだろう。


元々は上層部の直下がやるべき仕事を、最下層のぺーぺーがやろうとしているのだ。

使える権限も雲泥なら、予算もそれに推移する。

直下ならウチのような班の年間予算ぐらいは使えても、オレが使えるのは10時のおやつ代ぐらいが精々だ。


まあいい、とにかくやってみますかね。



話自体はそこまで難しい話じゃなかった。


要は世間にはびこる訳の分からないセミナーを調査して、本当に意味が無くて金稼ぎの手段になっているものを摘発していくだけ……なんだけど、そういうのって普通は何人かでやる仕事だよな。


作業員はオレだけだ。


予算は5万円はもらえたけど、必要経費以外の使用は認められず、ちゃんと領収書はもらわないといけないし、余ったらきちんと返却しないといけないって話だ。

直下とは桁がいくつも違うだろうに、嗜好品の購入ぐらいは認めて欲しいものだ。


まあいい、とりあえずイチバン怪しいとマークされているこのセミナーからだな。


『死後セミナー』


死んだら終わりなのに、死んだ後の事でどうこうっていかにも怪しい。

大方、死ぬ前に善行を施したら云々で、財産をせしめようって話だろう。


講師がまた若いな。


16? 17かな。


まだ高校生と言われても通るような童顔で、これで30才とか言われたら絶対に誰も信じねぇぞ。


うわ、26才ってマジかよ。


マジだった。


運転免許証に加えて、区民証明書まで見せられたら信用するしかない。


てか、ちゃんとした区民なのかよ、こいつ。


セミナーやろうって奴は大抵が区外民……区民証明書をもらえない叩いたらイロイロ出て来る連中が多いのだけど、怪しいセミナーの癖に講師がまともだとは。


「まずは死には二種類あるとご理解いただきたい」


ああ、知っているよ。

自殺と他殺だろ。


「肉体の死と精神の死です」


違ってた。


けどあれだよな。

心臓が止まるのと脳が死ぬの違いだろ。


「肉体が死ねば社会的にも死にますが、私達という存在が消えてなくなる訳ではありません」


ほらほら、始まったぞ、怪しい話が。

死んだら終わりなのに何言ってんだか。


「昔から死者からのメッセージの話はいくつも聞きますが、それを正確に理解した話は稀です」


そりゃそうだろ。

そんな妄想話に辻褄が合ったりするかよ。


「では死後に正確に生きている者に話を伝えられたとしたらどうでしょう」


おいおい、死んだ者から話が来るのを前提に話しているが、そんなの受けられるなら犯人とかすぐに見つかるぞ。

こいつが殺したんです、とか幽霊が話してくれるんだろ。


おっと、もう引きこまれている。


こんな与太話に何マジになってんだ。


危ない、危ない。



今回、参加したのはオレも含めて4人だけだった。

そりゃそうだよな、こんな怪しいセミナーなんだし。


んで、その4人で雑魚寝状態になっていて、今から講師がオレ達を精神体の状態、つまりは幽霊みたいにするそうだ。


オレは殺されるんじゃないかと危惧したが、元にはすぐに戻れますと言う講師を一応は信じようと努力を……てか、潜入捜査みたいなものだから、ここで嫌ですとは言えないんだ。


「はい、リラックスして……そのまま眠るつもりで良いですよ」


ゆらゆらと揺れる感覚の後は、何かが包んでくれているような感覚。


にわかに身体が軽くなり、心が自由になっていく。


まるで遥かな昔に感じたような……そう、幼い頃に戻ったような。


自由な心を取り戻したオレは、言葉を発しようとして……失敗した。


《はいはい、皆様、声は出ませんよ》


何だ、心に響くような今の声は。


《まずは周囲を感じましょう。感じるままに肉体が行使していた能力と似た感覚のままに周囲を見る事が出来るようになりますが、視力とは全く関係ありません。いわば心で感じるのです》


周囲を感じる……ね。


確かに何かしらは感じるが、これで見えるようになったりするのか?


《おやぁ、疑念を感じますね。自らの能力を疑ってはいけませんよ。人間なら誰でも行使できる力なのに、信じないって事は人間じゃないって言っているのも同じ。君達は人間ですよね? 》


バカにするな。


オレは人間だ。


よし、なら、使えるんだな。


信じてやる。


おお……。


おおおお、おおお、おおおおおお……。


周囲が分かる。

てか、これで視力と関係が無い?

そういや、乱視っぽいはずのオレなのに、まともな形に見えているぞ。


あれ、触れない、オレの身体なのに、あれ、オレ今、自分の身体に触ろうと努力しているけど、その今のオレの状態はどうなって……うおおお、透けてるよ。


《みんな見えるようになったようですね。そうです、これは元々私達が本来持っている力なので、やろうと思えばすぐに習得できるのです。実は幽霊を見る力もこれに含まれるので、今後はあちこちで見かけるようになるかも知れませんが、何も恐れる事はないのが分かりますね》


まあ、今のオレの状態になった元人間だろ。


死んだのは可哀想だけど、肉体の死と精神の死は関係無いって話だし、いわば殻を脱ぎ捨てたセミとか蝶になったと思って第二の人生を歩めば良いだけだ。


《これの理解は実は大切なのです。肉体の死に引きずられ、精神も死を迎えたと誤解してしまうと、精神すらも死んでしまいます。そうなったらもう終わりです。消滅ですね》


ああそれで別なんて言い方で。


《本来はこの状態になると、肉体というガードがなくなるので、この世界自体が持つ、いわば掃除機のような力に吸い取られて行くのです。なのでそれを防ぐのに、膜のようなものを自らで構築する必要があります。今回は私がガードしているので心配はありませんが、本当なら今頃はかなり吸い取られていた事でしょう。ですが心配ありません。このセミナーでは死んだ後に使える能力の開発を主題に置いているので、いきなり死んでも慌てなくて済むように今から練習しておきましょう。さあ、そろそろ身体に戻しますね》



凄い話だった。


あれを妄想で片付けるのは無理だ。


ただなぁ、報告には怪しいセミナーの調査継続とだけ書いておく。

あれは体験してみないと信じられない話だし、講師も特に宣伝はしないので、自らで信じた者以外に求めるつもりはないって話だった。


どうやら複数のガードで疲れたらしく、あんまり人数が増えると私も辛いんですと言われたら、ガードありがとうございましたとお礼を言っていた。


そうして次も参加して、自らでガードがやれるようになりたいと思ったのだ。


セミナーの料金は初回無料で、次からは5000円と言っていたけど、予算の5万円を全部置いてきた。

他の参加者も数万円置いていて、それだけの価値があると息巻いていた。

まあなぁ、確かに肉体が滅んでも維持が可能な能力の開発とか、他にやってくれる人もいないだろう。


だったらその彼の生活の保全は必要な事だ。


なのに督促状みたいなのが置いてあったりしたら、生活が苦しいと誰でも気付いてしまう。

あんなに疲れた風なのに、初回無料とか言われたら、とてもじゃないけどハイそうですか、とは言えなかったんだ。


実はこれって仕事にも役立ちそうでさ。


殺害現場で当事者から話が聞けるとか、ちょっと稀有な能力になりそうで。


だから次も参加する。


ありがとう先輩。


こんな美味しい仕事を回してくれて。


そして、マスターしたら人生が変わりそうでさ。

死に対する保険って意味では最大級のシロモノだろう。

なんせ肉体が死んでも存在としては残るのなら、もう死ぬ事に怯える必要がなくなるんだ。


そうして生前の仕事仲間の様子を眺め、後輩へのアドバイスを夢の中でやったりして。


楽しいセカンドライフの始まりを予感させる。


望んでは死のうとは思えない。

だけどいつ死んでも構わない。

この心の余裕は大切なものと思えるからだ。


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スキップ無双



ぼくの祝福は役に立たないゴミだと言われ、村の人達に苛められるので村を出た。

両親もぼくの祝福には不満があるようで、毎日のように愚痴愚痴と言われ続けて来たからもう愛情も何も尽きている。


だから言わなかった、祝福の真価を。


スキップとは別に、特徴のある走り方が上手になる訳ではなく、相手の話を飛ばす効果がある事と、飛ばしたはずの内容が要約されて頭に入る事と、飛ばした時間がそのまま儲けになる事。


つまりだね、祝福を受けた幼い頃から毎日のように、愚痴ってくれたのを全部スキップした関係上、成人になったはずのぼくの身体はまだ少年のようなんだ。


両親と村人達が、ぼくに費やした時間がどれだけあったのかを如実に物語る幼い身体だけど、それでも成人15才にはなっているはずだ。

今まで狩りで貯めた資金もそれなりにあるし、町の学校に通えば良いだろう。

なんせ20才までは教育の義務があるとかで、どんな存在でも意欲さえあれば学ぶ事は可能なのだから。


質素で狭いながらも奨学制度で無料の寮で寝泊まりをして早朝から昼まで学んだ後は、午後から学校推薦の仕事に従事する。

領主が斡旋するその仕事をこなせば、有料のはずの学費が無料になると聞けば、やらない選択肢は存在しない。


在宅と言うか、寮に仕事を持ち込んでも良いので、休みながらやれるのも良い。

まるで内職のような仕事だけど、たくさんこなせば食事代もカバー出来るから必死にやった。

普通の人なら睡眠時間が足りなくなるところだけど、ぼくにはそれを可能とする祝福がある。


授業開始……スキップ……授業内容を理解して授業終わり……内職開始……スキップ……ノルマ達成……お休みなさい。


これで睡眠時間が足りないはずもなく、何時までも若々しいぼくはエルフとのハーフじゃないかと言われるまでなりつつも卒業のシーズンを迎え、念願だった商会への就職を決める。



「君、相手いるの? いなかったら私とかどう? 」

「ごめん。ぼく、これでも80才なんだ」

「ええええっ、嘘。まさか、ハーフエルフなの? 」

「見えないだろ」

「驚いたわ。てっきり年下と思っていたから」


日常のあらゆる事柄をスキップした関係で、後20年で大台に乗るにも関わらず、ぼくはまだ少年のままの風貌を保っている。

風の噂では両親はとっくに鬼籍に入り、兄貴の子が村長になっているらしい。

兄貴もつい先日、長寿と呼ばれたまま鬼籍に入ったらしく、ぼくの事も同様だと思われているようだった。


こっそり見に行ったけど、見た目はぼくと同じぐらいの年の子がいると思ったら、兄貴の孫だった。


ただ生きるだけに意味など無いと言われるかも知れないけど、ぼくはこれからも人生をスキップして生きて行くだろう。


だってぼくには趣味があるのだから。


趣味はスキップしないよ。


あれは楽しむものだから。


その為にも日常のあれこれはスキップして、何時までも人生を楽しみたいんだ。

それに意味があろうと無かろうと、他人にどう思われても構わない。


さて、今日も趣味を始めようか。


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ある俯瞰のつぶやき



何度も見てますが、どうにもやりきれませんね。


子供達はすっかり異世界への希望を持ち、残された者達の事など忘れたかのように明るい気持ちで転生していきますが、親、兄弟、そして友人達はもちろん、加害者とされたトラックの運転手への風当たりも強く、様々な人達がその事件によって本来の生活から逸脱していると言うのに、当人は本当に暢気なものです。


何時だったか、転生後の息子の様子を夢で見させた事があったのですが、余りにも明るい様子から当初は本人も明るい気持ちになってはいたのですが、過去の記憶はある癖に、自分達の事を何も思わないその気持ちに怒りが湧いて来たらしく、目覚めたら仏壇で愚痴愚痴と何やら喋っており、奥さんにも同様の夢を見させたところから話が合い、あんな親不幸者の供養などしてやるものかと、墓に参る事もしなくなったようでした。


考えてみれば当たり前の話ですが、お腹を痛めて産んでから十数年間の育児の苦労の甲斐もなく、成人後の姿を親に見せる事も無いままに死ぬ事は親不幸の極みですし、いくら他人の子供を助ける為とはいえ、自分が死んでしまっては何にもなりません。

それをいかにも良い事をしたと感じ、そのご褒美が貰える事を当然と感じるような心根では、次の生も碌な物にはならないでしょう。


それでもそんな事は管理様には関係ありませんので、至極当たり前のようにシナリオのままのご褒美転生を敢行します。


ちなみに彼の存在自体が相手の管理への報酬となりますので、彼がどんな人生を歩んでも関係無いのですが、その事は世界内存在の知るところにはありません。


後に食われるか、世界の礎にされるか、それは分かりませんが、異なる世界の存在の魂はまともな使い方はされないものです。


なので次の転生はおろか、まともな人生すらもシナリオで奪われる事になりますが、そんな事は知らぬ気に人身御供として送られる彼は、滑稽なまでに楽天的なのが救いなのかも知れません。


魂にとっては最初に関係した世界で最後まで転生を続ける事が何よりの幸運なのですから、それを手放した彼には明るい未来はもうありませんが、少なくとも消滅までその事に気付かないで欲しいものですね。


管理様にとっては世界内存在など雑草の如しですが、俯瞰の私にとっては馴染み深い存在なのですから。


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勇者勧誘


学生の召喚は毎回、様々な苦労が生じます。特に戦いに慣れてない彼らを戦えるようにするのが大変であり、更に血を見ると吐き気を催す者が多く、戦闘中のそれは足手纏い以外の何者でもなく、その度に護衛の者達が余計な苦労をしてきました。そこで我々は考えたのです。異世界には学生しか存在しない訳ではない、ならば戦いに最初から慣れている者を召喚したほうが手っ取り早いのではないかと。だがここで新たな問題が生じました。元々、戦いに慣れてない者を選んだ初期の者の思惑は、拉致にも等しい強制召喚を納得させる為の強引な処置であるという事です。ですがそれを置いても我々には勇者の存在は必須であり、それなくしては我らの世界は滅亡の危機に瀕するのは確かなのです。ならばこの際、強引な拉致紛いの召喚ではなく、現地に赴いての勧誘に方針を切り替えるべきではないかと。そうして確実に元の世界に戻せる術式の確保を最優先事項として研究を進め、ようやくこうして出向けるようになったのです。どうか、私達の世界を救う為、勇者候補の選別と派遣をよろしくお願い致します……と供述しており、そのまま精神科のほうに移送しようかと思ったのですが、一応、お知らせしておこうかと。


確かにいきなり陸自の駐屯地に来られても、総理の指示なくして動けるはずもないですね。

そもそも、そこまで異世界の事情に詳しいのなら、自衛隊法ぐらいは熟知しているはず。

ならばまず行くのは国会議事堂のほうになるでしょうが、こちらに来た時点で偽者です。

分かりました、こちらで引き取らせていただきます。


(それにしても、本物が先に交渉中だと言うのに、人騒がせな)


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ふたりぼっち


両親を亡くして生活の全てが姉の肩に乗る羽目となったものの、まだ幼い弟を養おうと日々の仕事を熱心にこなし、見事にそれを成り立たせていた。


だがそれは生活を支えるのが精一杯であり、恋人なんかには縁の無い生活と言えた。


恋人の出来ない姉の性癖を歪めるのは本意じゃないけど、余りに悶々としているようだし、一肌、文字通り脱いでやろう。


そうして裸で潜り込むと少し驚いたようだけど、寂しいと言えば抱きかかえてくれた。


何故、裸なのかの質問が無かったのは夜だったからと思いたい。


12才も年が違えば男としては見てくれないのは仕方が無いけど、彼氏が出来るまでの間で良いなら、こうやって抱き枕になってやってもいい。


弟でも体温はあるんだし、人肌の温かさの体験にはなるだろうけど、夜の運動のほうは無理だからそこは諦めてくれると嬉しいな。


こうして17才の姉と5才の弟の、奇妙にして歪な恋人としてのスタートが切られたのであった。


数年後、弟の筆下ろしを見事に努めた姉は、弟の子を身に宿す。


彼は実の姉弟だと思っていたけど、2人の間に血の繋がりは無かったらしく、立派な赤ん坊が生まれる事になり、早熟で8才にして性交をこなした父親として、妻よりも年の近い子供と過ごす事になるのだが、それはまた後の話である。


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転生したら暗かった


目が見えないのは赤子のうちだと思っていたのに、何時まで経っても見えないままなんだ。

もし過去転生とかなら終わりだけど、異世界なら、もしかして魔法があれば。


頼む、魔力よ、あってくれ。


刺されて軟体生物になった小説を参考にして、魔力で周囲が見られるようになるのならと、その日からひたすら魔力を探す日々が続く。


お乳を飲んでげっぷをして探して探して、おしめが濡れたら泣けば綺麗にしてくれて、眠って起きてまた探す。


僕の生後1年はひたすら魔力を探す事に費やされた。

見えない目を開けておくのも意味が無いのでずっと瞑ったまま。

両親は何時まで経っても目を開けない我が子を心配して、遂に医者を呼びにいく。


「この子は生まれつき盲目のようです」


悲しみの雰囲気が重く立ち込める。

両親は泣きながら、それでも優しく撫でてくれている。


魔力も見つからないし、このまま真っ暗の世界で生きていかないといけないのかと、釣られて僕まで悲しくなってくる。


幼児は感情に敏感なようで、少しでも悲しくなったらすぐに涙が出るみたいだ。


それにしてもおかしいな。


心臓の辺りかおへその辺りか、そのどちらかだと思ったのに、全体的に温かさを感じるんだ。

もしかしたら魔力とは身体全体を覆っているもので、塊にとかになってないのかも?


そうと気付けば周囲が一変した。


感じる……相変わらず見えないけど、周囲のあれこれを感じ取れるが、これが魔力探知……なのか?

それにしても、ひたすら探して1年半も掛かるとか、もしかして才能の欠片も無いんじゃないのか。


それともそれだけの時間が掛かるのが普通なのか、それとも早いほうなのか、出来れば後者であって欲しい。


魔力探知で知る周囲の状況は、脳裏に浮かぶ白黒画像のよう。

アニメだとカラーだったのに巧くいかないものだ。


まあそういうのは全てが想像なのだから、実際の参考にはなるかも知れないけど、全く同じにはなるはずもないか。


白黒画像を手に入れてから、積極的に動こうと思えるようになってきた。

両親は危険だからと1人だけの行動は許してくれないけど、かつてのような手探りな移動にならないのでかなり楽になっている。


「もしかして、見えているの? 」

「はっきりじゃないけど、何となく」

「ああ、神様。ありがとうございます」


視力は相変わらず回復してはいないとはとても言えず、かすかに見えていると言って誤魔化した。


ごめんね、母さま。


魔力探知にもかなり慣れた頃、神殿で洗礼を受ける話が出る。

五体満足じゃないと洗礼を受けられないとか酷くないかな。


「この子の目は見えているのですかな」

「はい。かすかですけど、見えているらしいです」

「ふむ、かすか、ですか」

「あの、洗礼は受けられますよね」

「そうですね。受けること自体は可能でしょうけど、将来が辛くなるだけなのでお勧めはしませんね」


僕としてはかつてはそういうのに縁が無かったし、こんな境遇に追いやった神様の事とか、どうでも良いので洗礼は受けたいとは特には思わないのだけど、もし受けなかったらどうなるのかを教えてくれないから判断が付かない。


未洗礼で捨て子とかなら是が非にでも受けておきたいけど、単なる宗教の流れに沿っての信者になる為の通過儀礼なら別にどうでも良いと思っている。


「身体に不備があると言う事は、神の恩恵が受けられなかった魂となり、そういう方が洗礼を受けても魔術は恐らく使えない事でしょうし、今後の生活において、魔術無しでは色々と不便な事になるでしょう。私としては神に再度の恩恵を求める、生まれ直しをお勧めしますよ」


なんだ? 生まれ直し?


それが記憶保持の転生ならいざ知らず、恐らく別の人格での誕生になりそうなんだけど、洗礼を受けられないような存在は早々に殺して、また新たな子供を授かりましょうって事なのだとしたら、受けないと、殺される。


「洗礼、受けりゅ」


噛んだ。


どうにも神父の雰囲気が怖くてさ、今にも殺されそうな雰囲気とか、先の推測が合っていると思ってしまいそうな状況だったので、緊張してつい噛んでしまった。


「ふむ、本人の希望ですか」

「ええ、なので、お願いします」

「仕方がありませんね」


なんだよこの神父。


殺せなくて残念、みたいな雰囲気を出しやがって。

もしかしてこの国、いや世界は五体満足至上主義なのか。

それぐらいの非常さを感じる状況となると、健常者の振りは絶対に継続しなくてはならないな。


うっかりバレたらその場で殺されそうだ。


こうして真っ暗な視界での転生は、魔力探知で視力を誤魔化すという、かなりのハードモードで始まったのでした。



でも魔術が使えないと言われても、魔力探知はやれているんだし、頑張れば使えるようになるんじゃないのかな。


頼む、使えて~


「魔術はね、物事をはっきりと見て、それがどうやってそうなっているかを理解して、それと同じようになるように魔力を操らないといけないの。だからかすかだとそっくりに出来ないから魔術は使えないって話なの。だからもし成人までに視力が回復するなら魔術が使えるようになるかも知れないわね」


魔法はイメージって事なのか?


いや、魔術だったか。


それにしても成人までという事は、それから先は魔力量の伸びが悪くなるとかそんな要因でもあるのか、成人までにはっきりと見えるようになるといいねと言われている。

ともかく、現状を直視してその原理を知って、そうなるべく魔力を操作して顕現させるのが魔術らしいな。


確かに今生では全ての現象は白黒のぼんやりとした動画に過ぎないので、あれから魔術を発動とかは到底やれそうにない。

だけども記憶の中の鮮明な映像なら、何となくやれそうなのだ。


空気中の可燃物を集めてそれを振動……摩擦……酸素……。


確かに鮮明なイメージがあれば思いのままに現象に結び付く感じになるんだな。

まさか酸素が分子モデルのイメージで把握出来るとは思わなかったよ。

空気中のチリが集まって高速ですり合わさって酸素を触媒に火が点る。


言葉にすると大変そうだけど、そういうイメージで魔力が補助してくれるので、実際にチリが可燃温度になるまで摩擦を継続しなくても構わないみたいだ。

つまり、燃えやすい環境を魔力が整えてくれるので、摩擦熱で引火するというイメージのままに火が点ってくれるんだ。


例えて言うなら魔力はライターのガスのようなもので、火花が出たら火が点る感じになる。

現実には少し温まったら火が点るので、ディーゼルの暖気のほうが近いかも知れないな。

そしてセルに該当するのが体内の魔力、つまりは切欠だ。


ともあれ、そういうイメージも魔術の行使のスムーズさに繋がるようで、前世の記憶が無かったらどうしようもなかったな。



世界の裏話


生まれ直しとは、神殿で神にその身をお返しするという名目で、素材にされて様々な希少な薬品の原料として身体の殆どを有効活用される。

ちなみに新たに生まれる子はもちろん別人である。


・老化緩和剤

・屹立亢進剤

・産後栄養剤

・美肌促進剤


秘密を知るのは神殿のトップと国王のみであり、殆どが王族と貴族で消費されるので、平民に回って来る事は滅多に無い。

ゆえにその原料の事は完全に秘されており、世の者達には伺い知れない神秘の薬とされている。

かなりの高額なので、神殿と国の収入源として重要な立ち位置にある為、神官は生まれ直しを推奨するように言い含められている。

確保して殺して渡せば報奨金がもらえるので、神官の中には不安を煽って強要する者もいるらしい。


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天使になった少年


乱暴者と思われていた少年に対し、母親からの最終通告。

今度喧嘩したら追い出すと。

実は苛めっ子や真の乱暴者から仲間を守る為に、自ら争いに飛び込んで代わりに喧嘩にして叩きのめしていた。

そんな少年が手出し禁止を受けたらどうなるかは自明の理。


夕刻、母親の元に連絡が入る。


少年が殺されたと。


すぐに犯人は捕まったが、その証言をした者はとても変わっていた。

交番のおまわりさんに対し、「オレ、殺されたんだけど、犯人を捕まえてくれないか? 」と、言ったのだ。

よく見ればいつもの乱暴者なので、最初はイタズラと思ったらしいが、捕まえようとしてもすり抜けるので信じざるを得ず、当人の証言から犯人はすぐに捕まった。

もちろん、犯人も最初はとぼけていたが、「よくも殺してくれたな」と、本人からの訴えで半狂乱となり、死体の隠し場所をつらつらと述べた頃合には、成仏してくれの連呼となり、そのまま逮捕された。

そうしてそのまま葬儀となり、今まで助けられていた人達がやって来て、仕返しが怖くて言えなかったけど、実はと言う言葉を母親に告げていく。


喧嘩じゃない、と言う息子の言葉をいつも信じなかった自分の言葉が息子を殺したのだ、と信じた母親はひたすら後悔の中にあったのだが、犯人が捕まって本当に成仏しそうになっていた少年の心にその光景が引っかかる。

本人も気付かない、母親の姿が未練となり、成仏可能時間を過ぎてしまう。


つまり、この世に未練のある幽霊と同様の事になってしまったのだ。


本人に未練は無いと思っているから他人に対して力を使う事もなく、少年はふよふよと町を漂い、悪い事を見つけたらおまわりさんに報告する。


褒められて、それが趣味になった。


その日からその町には変わった存在が出現し、最初はおっかなびっくりだったが、次第にその事に慣れたのか、いつしか町のマスコットみたいになっていき、あちこちで見つけた犯罪の萌芽を逐一報告する厄介で防げない存在として近隣の連中に知られていき、自然とその手の連中が離れていった結果、かなり平和な町になったという。


「おーっす、ミカ、今帰りか」

「あっ、ノボル兄ちゃん」

「この先に悪い奴が居るから気を付けな」

「いつもありがとう」

「おうっ、気にすんな。じゃあな」


ふわふわと町のパトロールをする、今では幽霊になってしまった少年は、犯罪の萌芽を未然に防ぎ、そして邪魔するのだ。


「ご近所の皆さ~ん。この人は犯罪者だよ~ん。昨日の夜、なんと~……」


ふよふよと付き纏われながら、こんな事を言われて平気に奴など居る訳がない。


少年が使う力は『人に伝わる声』のみであり、普段は誰にも触れられない存在であり、誰にも防げない犯罪報告者。

その姿も生前を知っている存在には見えても、知らない人には見えない。


自らの姿を変える分にはある程度自由に出来たのだけど、それはあくまでも成長予想図のみであり、他人に化けるとやたらエネルギーを食うらしく、少年には難易度が高かった。


そんな少年は周囲の元仲間達と同様の年を取った風に自らを変化させていき、かつての仲間達の負い目を消していく。

成長しているように見えたら、あいつは死んだんじゃなくて別の生き物になったと思ってくれるんじゃないかと。


それで悲しまなくなってくれるんじゃないかと。


仲間達へのトラブルを何とかしながら、少年はかつての仲間達や親兄弟の幸せな未来を願っていた。

彼の知っている人がひとり、またひとりと町から巣立って行く。

そうして遂に知る者がなくなって、いつしか少年の幽霊を見たという人は居なくなっていた。


少年を元から知らない人には見えない。


生前の知人が消えた今、少年は誰にも見えなくなっていた。


それでも声は届く。


それが彼自身の存在可能時間に影響する事は既に理解していたが、誰にも認知されない状況はとても寂しいので、あちこちを放浪しながらも、犯罪の萌芽を見かけたらその邪魔をしていく。


耳元で「ドロボー」と、声を犯人に伝えてみたり、逃げ出した犯人に付き纏い、自首するまで許さないと告げてみたり。


そうして知らない間に世の為人の為に力を尽くしていた少年が、遂に消える時が来たらどうなるかなんて分かっている。


天に昇ったのだ、善霊として。


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巻き込まれた勇者の顛末


勇者召喚。


呼んだのは1人なのに何故か2人。

つまり、どちらかが巻き込まれただけの一般人であると、そんな仮説によって能力が調べられる。


見目の良い勇者っぽい少年の場合。


レベル1 攻撃100 防御100 


冴えない貧相な少年の場合。


レベル1 攻撃1 防御1 


一般的に赤子の数値が後者であり、成人(15才)になる頃には大抵の場合、レベルは5ぐらいにはなっている。

そうしてその能力は攻撃、防御共に2桁は最低はあるのが当たり前。


てな訳で。


「はっ、雑魚が。僕の勇者の座を奪おうなんて、永遠に無理じゃないかな。くすくす」

「同胞の者へのその言、勇者にふさわしくありませぬぞ」

「これはね、わざとなんだ。僕ならこんな事を言われたら、発奮してやり返してやろうって思えるからさ」

「そうであったか」


(そんなはず、ねーだろ。こいつは正真正銘の雑魚だよ)


(その目、マジだな。くそ、覚えていろよ。本当にやり返してやるからよ)



本来なら巻き込まれた可哀想な存在として保護される予定であったものの、勇者の姦計によって濡れ衣を被され、着のみ着のままで貧民街に捨てられる羽目になった彼。


レベル1で追放された彼は、雑魚の雑魚を罠と奇襲で何とか倒したものの、攻撃と防御の1が2になっただけに絶望した。

が、せめてレベル10ぐらいにしないと普通の生活もままならないと思い、最下級暮らしの中で地道に少しずつ狩りをしていく。

勇者が回りに支援されながらレベルを50台に上げた頃、彼はようやくレベル3になっていた。


だがここで微かな光明が差し込む。


2の次が4ってまさか……。


もしかして、その次が8とかで、その次が16とかで、32で64で128で256で512だったりするのかよ。

そうして1024で2048で4096とかになったりするのかよ。


そうして彼の執念のレベリングが始まった。


彼の仮説は実証され、レベル10になった頃にはすっかりと自信を取り戻していた。


散々コキ下ろしてくれた勇者の野郎。

もうじき。そう、もうじきだ。

首を洗って待っていやがれ。


かくして巻き込まれただけと思われた真の勇者による、真に巻き込まれた偽の勇者への意趣返しが始まるのだが、それはまた別のお話。


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募集


冒険者登録を終え、周囲の者に宣言する。


「仲間募集。先着3名。応じない場合はもう二度と募集はしない」


周囲の連中は新人の大言に大笑いだがそれが狙いだ。

あらかじめ宣言して募集して、誰も応じなければその気が無いと言っているのも同じ。

そうしてもう二度と募集はしないとはっきり宣言した以上、後からどうこう言うのは認めないという言い訳になるからだ。


「来ないようなので締め切ります。これから先、このパーティは有名になりますけど、後からはもう遅いので諦めてくださいね。


そうして取り出す岩竜の素材。


「これは、岩竜ですか」

「ええ、近くの岩山に居たのを狩りました」


意外と大金になったな。

岩竜如きの素材でこんな額とすると、火竜の素材を出したらいくらになるか。


おや、何の用だ。


「俺のパーティに入れてやるよ。岩竜をソロで狩るならその資格はある」

「お前、話を聞いていなかったのか。募集に応答が無かったから締め切りと宣言してあるだろ。今更どうこうは遅いんだよ」

「調子に乗るなよ、若造。岩竜を狩ったぐらいでいい気になるな」

「別に。あんな雑魚でどうこう思ってないし。ああそうそう、火竜の素材もあるんだけど、買い取りは可能かな、ギルドさん」

「嘘付くなっ。あんなもの、ソロで狩れるものか」


ドスン……。


「これは逆鱗ですね。しかもこの色は間違いなく火竜のもの」

「3頭分丸々あるからな、買い取れる資金があるなら換金よろしく」

「それはさすがに厳しいですね。マスターと相談の上になりますので、後日でお願い出来ますか」

「じゃあしばらく売らずにおいておくよ」

「お願いしますね」


「3頭だと、化け物かよ」


おや、後出しジャンケンの連中がもぞもぞしているが、ギルド内での宣言があるから今更どうにも出来ないぞ。


こちらからわざわざ募集してやったのに、誰も応じなかったお前らが悪い。

普通に考えて入会したばかりの新人があんな態度で募集するんだ。

そこに何かがあると、閃かないような奴は大成出来ない。

今はそこそこでもそれまでの器だろう。


ああ、この国も外れだったな。


王都のギルドなら強者も居るかと思ったが、閃きの無い強者じゃ本当の英雄にはなれん。

そんなの魔王の前じゃ前座になるのが精々だし、そんなメンバーじゃ邪魔になるだけだ。


さて、次はどの国で試すかな。


勇者の同伴者集めにも苦労するが、受けた依頼は完璧にこなしてやるさ。

だからオレをメンバーにしようとするな。

オレは人とつるむのが好きじゃないんだよ。


さて、次の顔はどんなのにするかな。


(僕と君とあと2人。3人集めてもあと2人。だって僕の相棒はもう決まっているんだし、後は援護の人が2人いればいい。だからとっとと諦めて、僕のパートナーになっておくれよ。くすくす)


あの野郎、またおぞましい事を考えているな。

オレにそんな趣味はねぇぇぇ。



果たして僕は男なのか僕っ娘なのか、それは誰にも分からない(書かないから)。

そしてオレは男なのかオレっ娘なのかも分からないのであった(やはり書かない)。

意外とクールな受付は何者なのか(やっぱり書かない)。


2人の性別は読者の想像にお任せ。


後日談


結局、受付さんがメンバーに加わり、更にはマスターも加わったところで魔王の動きが活発になり、なし崩しのように彼はメンバーとして戦いに赴く羽目になったとさ。


「ええい、くっ付くな」

「いいじゃない、パートナーなんだし」


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1つだけ何でもチート


「今から言う事が全て1つの願いだ。良いか……」


簡単に言うと、彼のそっくりさんを作り、そのそっくりさんに魔王を倒してもらうのだけど、本人にスキルを付けた状態でそっくりにして送り込み、本人は元の世界に戻して欲しい。


との事だった。


普通ならそんな願いは叶えられないと言っても問題が無さそうな願いだが、つい「何でも」と、言ってしまっていたから仕方が無い。と、当の女神は判断してしまったらしい。


馬鹿な……。


確かに計画は遅れに遅れ、当の世界は滅亡寸前ではあったが、それでもそんな願いは認められるはずが無い。


しかも、もう召喚はしないでくれと、そんな追加の願いまでうっかり叶えてしまったと聞けば、愚痴のひとつも言いたくなる。


該当の世界は判明したものの、当の本人を呼び出す事が叶わない。

呼び出せればまだ、見習いの不始末と称して何とか消す事も可能だったろうが、それも出来ない。


何と言えば良いのか。


該当の世界を統治している神に、何とお詫びして良いか見当も付かない。

しかし、詫びなければ全面戦争にもなりかねないのだ。


かと言ってあの女神を遣わせたのでは相手の反感を買う可能性は高く、上司である私が赴かねばならない事が実に残念で堪らない。


どうしてくれようか。


たまたま私が上司になっただけなのに、今までの苦労を無にするようなこの所業。

あんな複合な願いを叶えてしまうなど、どんな教育を受けて来たのだ。


聞けば皆も同意してくれるはずだ。


・全言語理解

・森羅万象知識

・万物の複製

・無限収納

・敵の二倍の能力

・害意の倍返し

・知覚特技の複写

・知覚能力の複写

・万能精神魔法

・万能属性魔法


そしてコピーして送り出して、本人は元の世界に送り返す。


これが願いだと。


ひとつの願いの内訳だから、いくつあっても関係の無い事だと、そう言って当の女神に熱弁を奮い、時間も押しているからとつい、そのまま承諾してしまったと言うのだ。


何がついだ、この野郎。


審査官の全員がそう思ったであろう事は、全員の握り拳がそれを証明していた。

あの女神の所業で、今まで貯めに貯めていた神力が半分に減り、お陰で順番待ちしていた他の女神から申請された願いの殆どがかなり遅延される羽目になり、いくつかの世界は絶望の中にあると言うのに、当の本人は「次から気を付けます」と、ケロリとした有様。


てめぇに次などあるかよ。


その身体磨り潰して神力の足しにしてもまだ足りないが、それでもそれぐらいの補填はしなくてはと、当の女神は暗い暗い場所に導かれていった。


さて、次はオレだな。


とりあえず監督不行き届けは最低限の補償になるだろうと、今まで貯めてきた神力を提出する。


「君も災難だね」


ああ、災難だとも。


ひとつの世界が救われて、その謝礼として当の世界を所管する神から贈られる。

それは薄謝ではあるものの、私達にとっては神の力に他ならない。


遥かな昔からそうやって、少しずつ貯めてきたと言うのに、ここでその全てを吐き出す事になったのが残念で堪らない。

まだ半分強ではあったものの、溜まればようやく神にその手が届く。


見習いの神とて神は神。


残り数千年というところまで来ていたのだと言うのに、また最初からやり直しなのだから。


また遥かな夢になっちまった。



「このたびの事は本当にどうして良いやら」


平身低頭。


まずは神の手先である、私達と同様の立場である者への挨拶から始まる。

相手も同じような立場なので、上司になってしまった災難と言うのは身につまされる出来事であったのだろう。

かなり親身になって神の機嫌を教えてくれた。


「かなり悪いです」


ヤバい、ヤバ過ぎる。


とりあえず目録として、自らが貯めた神力の量と、我が神からの陳謝の神力の量と、そして当該の女神を磨り潰して得られた神力の量を書いた文書を手渡す。


「これはまた」


その量は小さな勢力の神ならば、位階を上げられる程の量となる。

だがそれでも担当の者の顔色は良くない。

これでも足りないとなると、もう私の身を磨り潰すしか残されていない。


しかし、それだけは。


「実は、目標の処遇について、意見を求められているのですよ」


詳しく聞くと、当の本人は元の世界に戻り、ごく普通に暮らしているのだと言う。


何か災厄でも起こしてくれれば、それをネタに呼び付けての罰なり何なりと対処も出来るが、何もしてない存在をいきなり呼ぶ訳にはいかないのだが、巨大な力の持ち主は、存在しているだけで世界のバランスを崩すので、早々に何とかしたいのでその意見を出せと言われているらしい。


神にも分からない事が下っ端に分かるはずなど無いのだが、それを承知で意見を聞くと言う事は、かなり切羽詰っていると考えられる。


そこで私は提案する。


この問題を解決するのと引き換えに、こちらの不手際を許して欲しいと。


一歩間違えれば消されても仕方の無い申し出であったが、当の神の許可を得て、その進言をする事になった。


「おぬしも災難であろうが、それも巡り合わせと諦めよ。さて、問題の解決と申したが、ほんに解決出来るならこたびの件、不問に付して構わぬぞ」


ああ、穏便な神で良かった。


酷い神になると、詫びの神力をせしめ、詫びの使者を磨り潰して神力に還元した後に、それはそれ、これはこれで交渉を神同士でやりとりする者まで存在するらしく、そんなのに当たらなくて良かったと思った。


「彼の者を見習いの神に昇格させ、その費用として全ての付加能力を奪い取り、単なる人としたうえで能力不足として元に送り返すと言うのはどうでしょう」


「くっくっくっ、おぬしも相当に悪辣よの」


「付加能力の還元とこたび進呈する神力、合わせてその知恵でお許し願いたく」


「そうだの。まあ良かろう」


はぁぁぁ、助かったぁ。


「ただし」


うなっ?


「それにおぬしも追加じゃ」


なんですと。


「我を含めて全てが得られなかった解答を、導き出したその知恵、戻すには惜しい。我の元で精進するなれば、おぬしの出した分は返しても良いぞ」


そ、それは、何と言う、魅力的な。


「ははぁぁぁ」


「うむうむ。そなたの事はあちらに伝えておくから心配は要らぬ。今日からは我がぬしのあるじじゃ」


「畏まりました」



とんだ事で所属が変わったが、神は神なのでやる事は変わらない。

今日も色々な相談が寄せられて、それへの解答を出す係になった事を除いては。


「答えは出たかの」


「ははっ」


「ほんに良き拾い物であったぞ」


「ご評価ありがたく」


さて、考え抜いた解答を披露するかな。


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前世の知識で生活魔法を強化する


10才になったら神様からギフトを授かる。

そうして15才で成人となり、ギフトを生かした生活を営むのがその世界の行動様式。

貧乏下級貴族の三男として生まれた彼は、10才になって教会に赴き、あるスキルを授かった。


神様から授かったスキルは「生活魔法」


それは金さえ払えば誰でも覚えられる簡単な魔法、と言うのが世間の認識。


種火……マッチの炎程度。

湧水……コップ一杯の水。

涼風……顔を少し冷やす。

温風……冬場の気休め。

穴掘……スコップ1杯ぐらいの穴あけ。

財布……小銭入れ(硬貨10枚程度)。


なのにわざわざギフトで授かるとかロクデナシの証拠として、さげすみの対象となる。

母親が生きているうちはそうでもなかったが、12才の頃に亡くなってからは針のむしろ。

それでも世間知らずな彼には外での生活の知識は無く、ひたすら我慢するしかなかった。

しかし成人の儀式を行う寸前、事件が起きる。

崖から突き落とされたのだ。

幸い、大した怪我は無かったものの、彼にはそれどころじゃなかった。



犯人は分かっている。


けれどもきっとそれを訴えても無駄になるどころか、逆にそれをネタに迫害されるだけ。

だったらもう家に戻るより死んだフリして外の世界で生きたほうがましだ。


なんせオレには夢のスキル、魔法があるのだから。


崖から落とされたショックで前世の記憶を思い出した少年は、かつての憧れだった魔法が使える事に狂喜した。


誰でも使える? 冗談はよせよ。


わざわざギフトで同じ名前の魔法だろ。

そんなの強化版か広域版か何かに決まっているだろ、テンプレ的に。


当たりだった。


その日から自らの魔法の研究が始まり、森での暮らしの中で磨かれていく。

こちらで生まれてからそんな経験は無かったものの、かつては田舎暮らしで森でのあれこれは経験済みだ。

確かに魔物は居なかったけど、動物は色々居たんだから、かつての経験を生かせば何とか……なった。


弱い魔法も魔力循環を覚えたらきっと強くなると、厨二の知識でそれをする。

身体の中の魔力を探す事から始めたそれは、念の知識を応用して習得する。

そうして弱いはずの種火の魔法は、周囲の魔素を呼び込むと共に酸素も呼び込む事で青白い炎となり、お手製の杖……魔物のコアを棒の先に付けたもの……からそれが立ち登る。


あたかもガスバーナーのように。


世間で覚えられる生活魔法は、誰が使っても変わらない。

そこらの主婦でも宮廷魔術師でも、誰が使っても威力も効果も変わらないのだ。

つまりギフトの生活魔法は改良も改変も出来るって訳で、世間のそれとは全く違う。

そうして更なる研究の果て、全ての魔法の強化に成功する。


それと共に名称も変えた。


種火……蒼炎(そうえん) 青い高熱の炎

湧水……滝水(ろうすい) 大量の水流

涼風……寒風(かんぷう) 凍える風

温風……熱風(ねっぷう) 熱い風

穴掘……落穴(らっけつ) 落とし穴

財布……物置(ものおき) 獲物入れ


イメージで魔法はその形を変え、ある物は強化され、ある物は変化する。


更には魔法と魔法を組み合わせ、そのバリエーションはひたすら豊かになっていく。

前世の厨二知識を活用したそれは、この世界の誰も思い付かない変化をもたらし、彼の魔法は確かな広がりをみせていた。


偶然見つけた森の中の小さな集落を拠点に、彼は魔法の習熟と冒険者の真似事をして力を付けていった。

村にしてみれば、最初は厄介者と思ってはいても、幼い子を森に追い返す事もあるまいと言う、長老の言によって抑えられていたものの、次第に彼の有用さに馴染んでいき、遂には彼を追い出そうと言う者は居なくなっていた。


村の者には思いも付かぬ生活の工夫と、彼が狩って来る獲物の数々は、村に確かな恩恵をもたらしていた。


動滑車……サイフォンの原理……ダムと遊水池、それと魔法。


数年後、皆に惜しまれながらも町に下りていく彼には、冒険者として生きていく自信に溢れていた。


「冒険者登録をしたいです」


18才になった彼にはもう、かつてのような弱さは無い。


森の集落の暮らしで使わなかった素材を売って登録資金を得た彼は、早速にも依頼を見つけて受諾を告げ、仄かな予感と共にギルドハウスを出ようとした彼を呼び止める存在。


テンプレキタコレ。


早速にも路地裏に自ら誘われ、絡んだ奴らを凍らせてその財布を奪い、次は殺すと脅して新米の洗礼を軽やかにクリアする。

様々な動物や魔物を殺してきた彼には、既に命を奪う事に忌避は無い。

ゆえにその宣言は殺気に溢れており、チンピラは寒いのと恐怖でひたすらコクコクと頷きながら震えるばかり。


冒険者同士の喧嘩にはギルドは不干渉。


ギルドハウスの中では禁止されていたものの、一歩外に出ればこんな具合なんだなと、テンプレのクリアを喜びながらも、後の対処法を思案する。


まずは奪った金の使い道。


そう思った彼はギルドハウスに戻り、襲われた事をギルドに報告しようとしたその時、先輩冒険者が話しかけてくる。


「お前、あいつらどうした」


「財布をくれるって言うからさ、ありがたくもらっておいたぜ」


「ガハハハッ、おい、聞いたか」


「おうっ、有望な新人の参加を祝って宴会だ~」


よし、これでいける。


いかにチンピラと言えども先輩冒険者のひとりには違いない。

その金をただ奪うだけでは世間でよくある事象に過ぎない。

それではあいつらより強いチンピラの来襲を防げない、となればその金をさっさと使ってしまえば良いのだ。


「酒代なら任せてください。さっきのカンパから出しますよ」


襲われた事を支援と言い張り、そうして皆にそれを還元する。

そうすれば下手に返せとは言えなくなると共に、次なる予備軍の来襲をけん制出来るかも知れない。

酒をおごられて嫌がる冒険者など滅多にいない。

気分が良くなれば新人の事などどうでも良くなるだろうし、オレに対する好感度にも影響を与えるだろう。


そうしてもし、チンピラが財布を返せと騒いだとしても、皆で飲んだんだから皆に請求するか? と誰かに言われればもうそれで。


それできっと終わる。


先輩への好感度を上げておけば、下手な奴らも手が出せない。

そうして依頼にも同行させてもらえば、熟練の技を盗んでいける。


これもテンプレだったかな。



戦いの中で彼の魔法は評価され、その位階を少しずつ上げていく。

誰もがそれを生活魔法とは思わず、彼の多彩な魔法は才能として受け止められ、パーティの誘いも多くなり、前途は明るく彼を導いていた。


ギフト、生活魔法。


その真価を発揮した彼は後年、それを論文に纏めて発表する。

同じ思いをするであろう後輩に向けてのエールは、予想以上の反響をもたらした。


第一王子のギフトがそれだったのだ。


論文の事を知った国王は狂喜して彼を評価する。

そして爵位まで得た彼は王子の側近として取り立てられ、王子のギフトを強化すべく、王宮に招聘される事となる。


まさかこんな展開になるとは、さすがに小説でも無かったような。

まあいい、きっちりと強化してやるからな。


楽しみにしていろよ、王子様。


後に様々な魔法で自国を勝利に導いた、救国の王子の物語はここから始まるのだが、それはまた別のお話。


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出稼ぎ


故郷の村の防衛の要が壊れ、畑が荒らされて収穫が減り、遂には蓄えも僅かになって身売りの話が多くなった。

村の長として病死した両親に代わってその座に付いた彼は決意する。


出稼ぎで帝都に来たけど不景気で仕事は無いと言われて困っていたら最近、金持ち相手の殺人事件が多発しているって話を持ち掛けられた。

捕まえたら大金になるって話だけど、殺しのプロに田舎出身の若者《に見えるオレを》対抗させるとか、こいつもかなり腐っているようだ。


こんな見てくれだから仕方が無いけど、それなりの年と経験は持っているが、田舎から出て来た他の少年はこいつに煽られて殺されている可能性もある。

まあ他人の事などどうでも良いが、それよりも気になる事がある。


盗るのは命だけかな。


強盗殺人とは言わないところから、金は盗らない可能性もある。

ならばそれを頂いても、そいつらのせいに出来るんじゃないかな。


そうと決まれば早速、金持ちの屋敷を見張る事にした。

その手のスキルは充実しているので、複数の屋敷の警戒ぐらいは楽にやれる。


今でこそ両親の跡を継いで村長をしているが、若い頃には諸国を冒険だと言って家を出て、生き残る為に散々苦労して身に付けた技術がある。

それが今、生かされるのだから人生とは分からないものだ。


殺気……。


やはり殺しだけやって帰るみたいだ。

なら、貰っても構わないよな。

もう使う存在が消えたんだから。



殺し屋達が立ち去った後、金目の物を洗いざらい頂いておきました。

最近、騒がせている殺し屋達だけど、金は盗らずに命だけとかって矜持は立派だけど、どのみち現場検証の時に着服されるだけの事だ。

だったらそんな汚れ役人共の懐を豊かにする必要などあるまい。


ただでさえ貧困な辺境なんだし、出稼ぎをするならこういう集め方も悪くないと思うが、どんなものかな。


「てめぇか。最近、ワイらの上前を掻っ攫っている奴は」


あれ、もしかして、後から来てたの?


じゃあ汚れ役人に成り済ましていたのかな。

まあいいや。どのみち返すつもりは無いんだし、とっとと始末して帰るとするか。


意外に強敵だったけど、年には勝てないようで、遂には息切れしてくれたから何とか倒せたな。

魔物とはいささか勝手が違ったけど、熊の魔物よりはスタミナが無くて助かったよ。


それと毒にも疎かったみたいだし。



「ゲン爺が戻らない」


「まさか、やられたって言うの? 」


「相当の凄腕だな」


「どうすんの」


「決まっている」


今日も今日とて巷を賑わす殺し屋達。


本当に標的の多い都市らしく、殺しても殺しても切りが無いようで、次々と殺人事件が発生している。

そんな訳でオレの懐具合は豊かになっていて、今夜もそれに足されそうだ。


以前は爺さんにいちゃもん付けられたので、今回は殺しが始まったと同時に物色を開始した。

そうして殺しが終わる前に引き上げたので、誰にも出会わずに済んで良かった。

ただ、後ろのほうから声が聞こえた気がしたけど、その時には逃げ道の穴に飛び込む寸前だったから、本当に気のせいかも知れない。

そのまま下水道に浮かべていた船で逃げたけど、追いかけて来る様子は無かったんだよな。


「逃げられた」


「おいおい、お前が追えなかっのか」


「消えた」


「くそ、まさかそこまでとは」


「次は斬る」



次の予想はあの富豪。


夜になればやって来るだろうが、財宝を得るのに時間は本当は関係が無いので、さっさと昼間のうちに頂いておこうと思う。

現地で型取りをして乾かせた粘土に、金色の塗料を塗り付けて粘土を押し込めて似たような代物を拵えていく。


見てくれは似ていても中身は土くれの宝物は、暗いこの場所だと壊してみないと分かりそうに無い。

それは金貨も同様であり、袋入りの金貨は中身が石だけにしておき、バラの金貨は貰っておいた。

そんな風に準備しておいたのに、狙ったのは別の金持ちだった。

まあいいや、かなり金貨の袋があったから、予定の資金には足りそうだし、財宝は別の国で売れば良いんだしね。


「どうだった」


「来なかった」


「ちっ、毎回かと思えば、運の良い」


「次こそ」



その数日後に襲われて全員が皆殺しになった、金持ちの屋敷から全ての宝物が奪われていたらしく、当局はその名称を変えるに至る。

なので殺人集団の名は、今では強盗と言う言葉が最初に付いている。

彼らの仲間が現場検証の時に見つけた金貨の袋を開けてみたところ、中身が石だったらしく床に叩き付けていたとか。


そんな相手に強盗の名を冠させるのはちょっと可哀想だったけど、オレの罪もついでに被ってもらうのがちょうど良かったので、そのままにして欲しいものである。

さて、注文していた迷宮産のマジックボックスも手に入ったし、大金で必要物資も手に入った。

隠れ家の財宝の山もマジックボックスに収めた今となっては、やる事はもう決まっている。


「もう許さない」


「ああ、全員で掛かるぞ」


「強盗とか趣味じゃないのに」


「分かっている」



たんまり稼いだので辺境に戻り、帝都製の結界魔道具で村の安全を確保した後、集めたお宝を隣国で売って食料とか日用雑貨を大量に買い集め、村の連中に配っておいた。


金はまだまだあるし、買った物資も余裕があるので、今後数十年は楽に過ごせるだろう。

本当にあの人達には感謝しかない。


ありがとう、殺し屋達。


「どうして来ない」


「くそ、今度出会ったら」


「出会えない」


「逃げたな」


「どうする」


「探すに決まっているだろう」


何処を探すと言うのだろう。


この広大な国の何処の村出身かも分からないうえに、顔も知らない少年に見える男の犯罪は、見事に帝都住まいの殺し屋達の罪になってしまい、彼らは遂に真犯人を見つける事は出来なかったという。


めでたし、めでたし?


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タクシードライバー


新入社員が客によく逃げられると言われ、その調査に乗り出した。

聞けば、よく泣いている客を乗せる事があり、相談に乗ろうとして逃げられるとの事。


「そりゃ自業自得だな」


「どうしてですか。お客さんが困っていたら助けるのが当たり前でしょ」


「だから彼女が出来ないんだよ」


「そんなの関係無いでしょ」


本人は親切心での行いだろうが、他人からは興味本位だと思われても仕方が無い。

知らない異性にいきなり悩みを話したりはしないものだ。


しかもタクシーの運転手とか、他の乗客に話題として話される確率がかなり高いと思われる事もこれまた当然だ。

狭い車内で見知らぬ異性から、自分のプライバシーを詮索……その気はなくても……されるとなると、もはや逃げるしかない。


「じゃあどうしろと言うんですか」


「そりゃあれだ。天気予報が外れた話と、野球か何かの話をしていれば良いんだよ」


「相談に乗るのはダメなのですか」


「そりゃお前が身内ならな。例えばだよ、お前が勃たなくなった悩みを抱えて病院から出てタクシーに乗ったとして、女性ドライバーから悩みの相談をしてくれたとして、お前、ペラペラと話すか? 」


どうやら納得してくれたみたいだ。


本当に最近の新人は、自分の身に置き換えてくれないから指導が大変なんだよな。

まあこれで彼も一皮剥けてくれるだろうし、将来には指導する側になってくれると信じている。


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お中元はスライム?


古い知人からお中元が送られてきた。

珍しい事もあるなと思って明けてみると、そこにはプラスチックのような容器の中に一匹のスライムのような生物が入っていた。


えっ……。


最初は水ようかんかと思ったが、妙にプルプルしている。

机の上に置いて揺れが止まるのを見ていたが、一向に収まる様子が無い。

容器には小さな穴が開いていて、あたかも空気穴を思わせた。


抹茶の水ようかんにしてはおかしいな。


興味から空気穴と思しき穴に爪楊枝を差し込んで突いてみたところ、爪楊枝が溶けた。


うえっ、マジかよぅ。


まさかと思いつつも、ファンタジー小説やゲームでお馴染みの最弱の魔物……スライム……と言う名前が脳裏に浮かぶ。


どのみちこのままにはしておけないと思った彼は、なめくじの親戚ならこれでいけるんじゃないかと、塩をぶちまけてみた。


溶けた……。


《おめでとうございます。貴方がこの惑星で初めての魔物討伐者です。特典として……》


どうやらチートを得たらしい。


ちなみに古い友人に尋ねてみたところ、そんなお中元は送ってないと言われた。


じゃあ誰が送ったんだ。


そんな事より、そのうち迷宮とか出るのかな。

だとすると今回貰ったスキルはかなり有効だろう。


これは先が楽しみだな。


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スライム・サーガ



死んだはずなのに、気付いたらスライムだった。


しかも、ウォータースライムという種類らしく、レアモンスターの括りに入るらしい。


持っているスキルは『液化』『同化』


早速液化して傍らにある湖と同化してみた。


僕は湖になった。


それを飲んだ人間はトイレ事情が変わる。


大きいほうは出なくなり、小さいほうだけまともに出るようになるものの、別に苦しくも何とも無いので今では特に話題にもならない。


ちなみに僕の欠片を飲んだ人間には僕の子のような子スライムが寄生する。


液化を解除した子スライムの大きさは最初は豆粒位だけど、老廃物を獲得して少しずつ成長していく。


大腸から小腸、十二指腸と逆進して成長し、胃に到達すると食が減って、栄養が搾取できなくなって痩せて死ぬ。


通常、摂取して数十年掛かる為、水が原因とは誰も気付かない。


そして死んだ人間は土葬にされるが、それを中から食って子スライムは成長し、食い尽くしたら地上に出て森に行く。


森スライムになった子水スライムは、攻撃を受けると地中に逃げるのだが、それが倒しているように見えるので、最弱のモンスターだと思われている。


地中に潜った森スライムは、地中のマナを集めてまた成型する為、焼くか溶解するしか本当に殺す手段が無い。


彼らの食事は主に、虫や菌類なのだけど、魔物の死体も食べていく。


なので彼らが住むようになってから、村の近くの森の環境が良くなったのだけど、人間はそんな事には気付きもしない。


湖スライムとなった僕は、湖の環境を統治する。


魔物は取り込んで消化するものの、魚の生存は妨げない。


人に対しては海水よりも高い浮力をもたらして、夏場の水泳を促進する。


女性が泳ぐとそれを身体全体で感じるんだけど、とても不思議な気分になるのは、かつては人間だった頃の名残なのか。


ああ、心地良い。


その肌、その胸、その肢体。


今年の夏も豊作だ。


皆、僕の中で泳いでいる。


それを全身で感じて楽しんでいる。


異世界には水着なんてシロモノは無いみたいで、みんな裸で泳ぐんだ。


つまり、これってハーレムの部類に入るのかな?


なんてね。


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VRMMOもの



あたかも転生のようなそのゲーム。

それでも15才まではスキップされており、過去の思い出はあるものの、それは何処か淡い記憶。


生まれた国の名前は分かるものの、村の名前がまず分からない。

そうしてそれが国の何処にあるのかも、サッパリ分からないのである。


一応その理由はある。


まず生まれたのは小さな村であった。

そうして村人達は自分の村の名前を普段から言ったりせず、親も同様であったので知る機会が無かった。


そして村の場所になるが、本来なら地図とかを見せられて近隣の街への移動になったところが、魔物の群れに襲われて避難したという設定になっており、その途中で親とはぐれての現在。


つまりは、孤児スタートになっている。


現代社会ならいざ知らず、こんな世界で一度はぐれたらもう二度と逢えないと思わせる程、交通の便は宜しくない。


街の外には普通に魔物が出没するので、家族は街の中で暮らしているだろうが、この街なのかどうかすらも定かではない。

これが単なるフレーバーなのかどうかは分からないが、探すにしても今の力じゃどうしようもない。


記憶の中の妹の姿。


いつも一緒に過ごしていたその記憶は挿入されたものだろうけど、それが実在しているのなら逢ってみたい。


それがこのゲームを始める上での行動指針となったのは、図らずも運営の意図した特殊設定への入り口に他ならなかった。


住人冒険者。


淡い記憶を手繰って家族と再会したプレイヤーに対し、継続的に同居にするかどうかの選択が与えられ、同居を選んだ場合の設定。


すなわち、家族と共に過ごす冒険者生活。


どうやら彼はその関門を越えつつあるようだ。


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転生もの、プロローグ



赤子の頃に泣く量によって能力の決まる世界。

その事を世界の者は知らないが、それは転生になった主人公も知らないのであった。


幼い頃から前世の記憶のあった主人公は、芝居で泣くなどやれなくて、いつもにこにこと笑っていたせいで、無能力者として確定してしまう。


確かに神様からの加護はあるものの、それを生かすだけの基礎能力に満たないので、壮年になった頃にようやくその効果が出始める。


そして老境に差し掛かる頃、やっとまともに加護が効き始めたが、彼の寿命は残り少なかった。


無能力がゆえに伴侶にも恵まれず、過酷な人生の終焉を過疎の村で終えようと思った主人公は、意外な事に気付く。


かつて使えなかったはずの魔法が、どういう訳だか使えるのだ。


たちまち生活は楽になり、日々の糧を得るのも楽になっていくものの、老いには勝てずに日々弱っていくのは止められなかった。


遂には寝たきりになったものの、無属性魔法のマジックハンドという見えない手で自分の介護をやる羽目になり、技能はますます磨かれていく。


ついに主人公が亡くなった頃にはその技能はかなりのものとなり、身体が無くても意識を保てるようになっていた。


人の目には触れられなくなりはしたものの、自由に動ける事に感動していたが、彼は既に魔物と呼ばれる存在になっていたのであった。


ここに加護持ちの魔物という、前代未聞な存在が顕現した。


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過去転生もの



・友人とキャンプ

・土石流で死亡

・揃って過去転生

・兄弟で生まれる

・兄弟で飛行機乗り



戦闘機(複座)での会話の風景。


「道路は危険地帯♪ 道路は危険地帯♪ 」

「直訳で歌うな」

「だって敵性言語とか言われるし」

「歌を止めろと言っているんだ」

「気分が乗るとつい出るんだ」

「他の奴に知られるなよ」

「どうせ誰も知らないよ」

「当たり前だろ。未来の歌だぞ」

「ちなみに歌の名前は、射撃名人」

「また直訳かよ」

「トップは頂点だし」

「とうとう使ったな」

「突夫眼……これ、漢字で書いた歌の名前な」

「それで誤魔化しているつもりか」


パチン……。


「そろそろ着陸です」

「話を逸らすな」


『おい、部下の報告をどうして無視するか』


「も、申し訳ありません」(後で覚えとけよ)


作戦勝ち♪


それにしても、過去転生も同類が居ると気楽なもんだね。

いかに戦争中でも、こうして比較的暢気にやれるんだから。

でもそのうち、特攻とかやるんだろうか。


まあそれでもいいか。


平成の世で腐りながら生きる事を思えば、何倍も有意義な死かも知れないし、その時までこのまま暢気に暮らせたら、後はどうなときゃーなろたい、てか。


でもやっぱり空中戦にはあのBGMが欲しいよなぁ。


特攻の時には原曲をオープン回線で歌いながら突撃してやろうかな。

こんな変な世界だし、あの未来には繋がっていないような気がするし、あの歌も世に出ないかも知れないとなれば、元ネタになるのも悪くない。


戦後何十年とかして機密解除になり、当時のオープン回線で聞こえてきた敵国の兵士の歌とか、バリバリの母国語なら少しは話題になるかも知れないし、奇特な誰かによって歌になるかも知れないと。

小説とかでは俺TUEEEEEとかあったけど、実際に体験するとそんなのやる気も起きないな。

かつての生を懐かしみながら、日々を暢気に生きるのがいい。


例え未来が暗かろうと、今が明るければそれでいい。


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ゲームの話



今日は友人に誘われて戦争ゲームをする事になったんだけど、どうやらあいつは初めてやるらしい。


「なあなあ、ワイの部下が少ないんやけど、少し回してもらわへんか」

「仕方が無いな。ほれ、これでどうだ」

「おお、悪いな」

「やれやれ」

「なんやこれ、配下もらったのにまともに仕事こなせへんぞ」

「自分に揉まれた配下やさかい、お前にはよう付いていかん♪」

「そんな阿呆な」

「陸軍の兵士を海兵に使おうとするのがいかんのだろうが」

「せやかて民兵とか、すぐには使い物にならへんやろ」

「あのな、一番生意気なのを人身御供にしてな、他の奴らにはきつめのスケジュールを出しておいて、そいつを徹底的に個人指導するとな、他の奴らはスケジュールをギッチリとこなしてくれるから、1人分の指導時間で数が揃うんだよ」

「そんな裏技があったんのんかいな」

「生意気な奴も従順になるし数は揃うしで一石二鳥な作戦だ」

「おっしゃ、ワイもそれしたろ」



反乱で死に戻りになったらしい。


海兵は仕返しに海が付いているからなぁ。


突き落とせば後は海が仕事をしてくれるから、反逆もやりやすいって話だし、だから陸軍にしたんだけど、なんで海軍にしたんだろう、あいつ。


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チーム・ケルベロスの調査報告書



後衛の3人娘がそれぞれに、前衛のリーダーの歓心を買いたがって勝手な行動を起こす様はまさにチーム名のごとく、頭3つのチームになってしまっている。

チーム全体の戦闘力はかなりあるのに、そのせいでネタ枠に入りつつある。


(ハーレム・チームと揶揄されている)


皮肉な事に同じ前衛の副官が司令塔に向いているものの、それを娘達が認めないので本来の性能を発揮できていない。


(娘達が強固に反対しているもよう)


腕前はそこそこだけど口は達者な3人娘は、そのチームのウィークポイントとして、実力は劣るが成績の近しいチームにちょっかいを出され、そのせいで余計に纏まりを欠くチームになってしまっている。


(恋仲になるアドバイスという名の妨害)


危険な任務にも関わらず、3人娘はお互いにけん制しながらの戦闘となっており、それぞれに勝手に指示を出すので危なくてしょうがない。


(調査中にさりげないサポート数回)


もし、副官が単独の司令塔としてリーダーの補助をするならば、まともに戦えるチームになる可能性があるだけに、今の纏まりの無いチームではとても重要な任務は任せられないでしょう。


(誰に聞いてもそれがペストという)


その副官は学生時代の成績は優秀であり、チームの主軸として何度か良い成績を出しており、更には攻撃魔法と回復魔法にも秀でている、まさに万能戦力と言っても良く、それを腐らせてよしとする娘達を許容するリーダーでは先が無いと誰もが思うはずです。


(腐れ縁で抑えていますが、時間の問題の可能性もあります。もし副官が離脱するのなら、当ギルドで早々に確保する必要がある程の人材です)


リーダーと恋仲になるのが戦闘よりも大事な娘達は、互いにけん制する余りに犠牲もやむ無しと思っているのか、自らの印象を高める為に、わざと危機を作ったりもしているようです。


(何度か目撃しましたし、他のチームの者達の証言もあります。)


生傷の絶えない前衛と、そんな事を気にもしない娘達と、指令が空回りするリーダーに必要なのは、余計な指示を出す存在よりも頼りになる副官であると思われるのに、どうしてもそれを認めようとはしない娘達。


(証拠は押さえてあります)


彼女達を改心、もしくは排除しない限り、ネタ枠からの脱却は無理だろうし、重要な戦いは任せられないでしょう。


(リーダーの断固とした意思が必要です)


纏まればSランクすら狙える可能性はありますが、今のままではBランク以上の任務は到底任せられません。


(現状、半分以下の実力に留まっています)


よってAランクは時期尚早であるとし、今回の申請は却下を進言いたします。


追伸


却下理由を明確に述べたほうが、あのチームの為になるかも知れません。

もちろん空中分解の可能性もありますが、飛躍を求めるのなら全て告げるべきでしょう。

この報告書の内容も明かしても構いませんが、()内の記載は伏せていただけると幸いです。


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異世界転生物語



第15王子に継承権は関係あるまいと、冒険者になろうとして研鑽の結果、ようやく親が説得を諦めてくれたので冒険者になれそうだった。

ただ、1年間でCランクにならなければ見込みが無いと判断するそうで、そうなれば冒険者は諦めてくれと言われている。

確かに普通なら宮廷魔術師のほうが遥かに優秀な勤め先だろうし、他の王子もその道を目指して頑張っているらしい。

今回はその内定を蹴飛ばしての我侭なので、他の王族連中の受けは良くない。

もちろん、長期に続ける気は無いけどさ、異世界と言えば冒険者だろ。


だから体験してみたいんだよ。



迷宮の中の小部屋がモンスターハウスになっていて、当時の勇者軍団による高火力魔法の連射の結果、バタバタと倒れて犠牲者多数になった挙句、肝心の魔王討伐に多大な影響を与えた事件。


それから迷宮の中での火魔法は危険と言われ、それがいつの間にか魔王の呪いと言われるようになって数百年。


ある迷宮都市国家では、未だにそれが定説になっていた。



自国での迷宮探索のついでに研究をこなし、目処が付いたので迷宮都市国家に赴いた。

国名に迷宮とある通り、この国の迷宮の数は世界随一と言われている。


冒険者は通常、探索者と呼ばれるが、その許可証は世界共通になっているものの、国ごとに登録更改を受ける必要があり、規約に違反した者はその国での探索が行えないとされている。


もちろん登録に際して規約は覚えている。


とは言っても国ごとの決まりがあるのでその都度確認の必要があるものの、不条理な決まりに従うつもりはない。

火の属性魔法が得意なのに、火魔法は自粛しろって何だよそれ。


呪い? 馬鹿馬鹿しい。



登録更改を済まし、順調に狩りを続けていたが、とある事で出会ったパーティに勧誘され、今回が初の探索になる。


もっとも、この国の暗黙の決まりたる、火魔法自粛のせいで、ポーターとしてでしかパーティに参加できず、主にソロでの活動になっていた。


それと言うのも適正は火が殆どで、他の属性も使えない事も無いけど効率が派手に悪いので、使う魔法は火オンリーになっている。


勧誘の理由は恐らく、オレの第二適性のせいだ。


第一が火魔法であり、第二は生産系、つまりは魔導具作成に才がある。

なので自前で様々な魔導具を拵えており、それを探索に使っているから便利に使えると思われたんだろう。

確かに簡易シャワー魔導具とかは迷宮の中での野営には便利だし、小規模泥沼作成魔導具はトイレ魔導具として有用だし、残飯の処理にも使えるし。


全ては組み立て式なので、あんまり荷物にならないんだよな。



ううむ、妙に暗いな。


『エル・ライト』


消費魔力の少ない火の魔法であり、自国での探索では重宝したこの魔法。

なのに皆の視線が集中し、雰囲気がいきなり悪くなった。


「お前、そんなの使うなよ」

「暗いの我慢するより明るいほうが良いだろ」

「魔石灯り持ってないのかよ」

「あれ、魔石の消費も激しいからさ、非常用に使うならまだしも、こんな場所でとか使えるかよ」

「とにかくそれを使うならパーティから出てってくれ。迷惑だ」

「そうかい、縁が無かったな」


頼まれて加入したってのに、迷惑と言われては仕方ない。


それにしても、本質も知らずに忌避するとか、だから火属性が苦手な魔物が多いこの迷宮で無駄に苦労するんだよ。


酸欠になったのは狭い部屋の中で大人数が強力な火の魔法を連射したからだろうに、そんな昔の勇者パーティで起こった事件で怯えなくても。


何が魔王の呪いだよ。



ああ、ちまちま削っているな。


ご苦労な事だ。


『ファイヤー・ブリット』


ほれ、一瞬だ。


空気清浄エア・クリーン


こいつがあるから酸欠にならないんだよ。


まあ、こんな風通しの良い通路で酸欠にはならないだろうけど、念の為に使ってやろうな。



「は? 探索許可没収? どうしてだよ」

「貴方は迷宮内で危険な火魔法の行使をしたと、何人かの冒険者からの訴えがありました」

「危険って、初級魔法だぞ」

「火魔法なのが問題なのです」

「根拠を示せよ」

「迷宮は魔王によって作られたと言われており、その中での火魔法の行使は魔王の呪いを誘発するとして、自粛するように伝えたはずですよね」

「根拠が無いからな」

「それが根拠ですが」

「だからさ、魔王の呪いという証明は出来てないし、他の魔法がどうして安全なのかという理由も無いし、そもそも数百年前の勇者軍団の火力とは比べ物にならないソロの冒険者が使う、初級魔法の、それも単発で時々行使する魔法を同じように扱うのはどういう訳だ」

「とにかく火は危険なのです」

「理由にならない理由で排除する事は、火の属性魔術師を差別していると判断するぞ」

「そうですか」

「認めるんだな、差別を」

「とにかく探索証は没収です。ちなみにこの決定はこの国全ての支部に通達しますので、もう二度とこの国では探索者になる事は出来ません」


融通が利かない女だな。


理屈に合わない事を平然と述べたうえ、改善する気も無いらしい。


単なる受付嬢なのに、そんな権限があるのかよ。



あちらさんも王族かよ。


やれやれ、仕方が無いから帰ろうかね。


まあ、自国の迷宮との比較をしようと潜ってみたが、魔素分布は似たようなものだった。

つまり、世界における迷宮はどれも同一現象と言えるだろう。

後は人工的な高濃度魔素溜まりからの、人工迷宮の構築に成功すれば良いだけだ。

それにしても、迷宮都市国家って割りに、あんな迷信が未だにまかり通っているとはな。


酸欠が呪いって……やってられんぞ。


そもそも、召喚された勇者軍団の誰もそれに気付かなかったのかよ。

どんだけ科学が苦手な者達の集まりだったんだ。

密室で火を使いまくれば酸欠になるとか、小学生でも知っていると思ってたんだがな。


さて、一酸化炭素を除去して酸素を供給する空気清浄エア・クリーンの魔導具でも作りますかね。



それからしばらくして呪い避けの魔導具が巷に登場し、火属性魔術師の必需品となる。

なんせそれを装備していれば迷宮の中で、いくら魔法を使っても呪われないからだ。


迷宮の中の魔物は長年の火以外の魔法に対する耐性を高めている反面、火にはとても弱く、呪いさえクリアすれば容易く討伐が出来る。


ただ、アリーナ迷宮都市国家への販売だけは禁止されており、その契約がゆえに比較的安価な価格での卸しになっおり、そのせいでその都市国家の要請はあれど決して了承する事はなかった。


「どうして無理なのだ」

「それが公国との契約条項になってます。さすがに契約解除になると困りますから、破る事は出来ないのですよ」

「その、呪いにならないと言うのは確かなのか」

「ええ、小部屋で火の魔法を数十人が連発し、勇者軍団に匹敵する火力を実現したというのに、誰も呪いには掛かりませんでした。これは公国の宮廷魔術師の一団によって証明されたものであり、だからこそ私達は公国との取引になっているのです。なのでこの契約を破る事は公国の信頼を損なう事。いくら迷宮都市国家の要請でも、あの国の技術水準は今ではかなりのもの。その技術を用いた魔導具を抜きにはもはや商売も出来ません。残念ですが」

「何故禁止になっているのだ」

「なんでも開発者の王族がこの都市を訪れた際、探索を禁止されたと伺っております。恐らくはその報復かと」

「その話は聞いているが、危険な火魔法を使っていての話だ。呪いの火魔法は他の探索者にも危険が及ぶと言うのに、勧告を無視したからだ」

「あれは呪いでも何でもないそうですよ。火を使うと呼吸が出来ない物が空気の中に溜まり、密室の中ではそれが多くなって呼吸困難になるのが原因なので、それを排除する魔導具を使えばいくら魔法を使っても問題ないそうです。ですが未だに呪いなどという根拠の無い迷信を信じている者が多いので、呪い避けの魔導具としてあるに過ぎないのです」

「呪いが……迷信……そ、そんな、ばかな」

「公国の公式発表によると迷宮すらも自然現象であり、魔王とは何の関わりも無いそうです。あの国ではもう、それが定説となっており、迷宮の制御すら可能になったと聞きました。なのであの国ではもう、かつてのようなスタンピートは起こらないらしいですよ」

「そんな……事が」

「やはりそういう情報もカットされているようですね。本来なら私も教えるつもりはありませんでしたが、長年の付き合いと言いますか、最大限の譲歩といったところでしょうか。なので私からはこれ以上は何も出来ません。申し訳ありませんが」



自らで行動した訳でもない以上、転生はこの世界の存在が起こした可能性が高い。

ならばその改善も改良も、全ては創造神の思し召し。


未来がどういう形になろうとも、それはオレの責任ではあるまい。


だからこれからも前世知識を活用してこの世界の常識を打ち破ってやろう。


だけどあの国に恩恵は渡さないよ。


「兆候が現れました」

「そうか、よしよしよーし」

「これで迷宮に成長すれば」

「ああ、理論の実証だな」

「おめでとうございます」

「まだ早いって」


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想像力の無い錬金魔術はただの下等魔術



この世界の人々の認識では錬金魔術は属性魔術に劣るものとされており、生活の為の物品の作成の一助になるという程度であり、とても攻撃に使えるものではない、という認識になっていました。


確かに回復薬に使う魔素水は天然の泉からの採取のほかに、錬金魔術での作成も可能なので、大抵の錬金魔術師は薬師も兼ねており、そのせいか薬師の技能のひとつとしての認識にすらなっています。

属性魔術の攻撃は確かに強力ですが、それだけに様々な制限が存在します。


まずはこの世界限定というところでしょうか。


いかに異世界の知識があろうとも、それを属性魔術に応用する事は出来ませんが、それが錬金魔術ならば可能だったのです。

硝石と木炭と硫黄を触媒に使い、錬金魔術で火薬の製造もやれましたし、さらなる知識を応用すれば、無煙火薬やニトロすら可能そうでした。

もちろん必要も無いのに危険物を作成する趣味はありませんのでニトロは作っていませんが、必要になればダイナマイトすら可能という事が分かっただけでも収穫でした。


属性魔術では金属の融解はやれますが、それを物品に構築する事は、鍛冶魔術以外では錬金魔術が無ければやれない事です。

もちろんそれを利用した雑貨の作成もありますが、刀剣に関しては鋳物に近いので使い物にはならないとされており、そこでも錬金魔術の出番はありませんでした。


しかしですね、鉛玉の作成には便利ですよ。


もちろん銃身の作成もですが。


実銃の経験こそありませんが、拳銃などの武器に関しての情報はかなり持っていますので、工作機械の代わりになる錬金魔術は、武器製造に多大な寄与をしてくれました。

見た目はただの火縄銃ですが、弾丸を錬金魔術で練成するので連射が効くのです。

ただ、その為の金属塊が少しずつ減っていくので、追加をしなくてはそのうち撃てなくなりますが。

もちろんそれは火薬も同様でありながら、共に補給していれば少ない消費魔力で殆ど無尽蔵に撃ててしまいます。


一般の魔術師では例え下級魔術と言えども数十発が限界であり、中級になると数発、上級は使えなかったりするものです。

下級の威力は知れており、一般人に行使されたにしても怪我で終わるのが精々で、魔耐性のある冒険者などには殆どまともに効きません。


なので生活魔術とも呼ばれています。


その点、銃弾が当たれば冒険者と言えどもただでは済みませんし、連射を食らえば死亡もありえる話です。


なのに属性魔術に劣ると?


想像力が戦闘力に直結する。


錬金魔術は最高です。


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初心者商人顛末記



「安いよ安いよ~」

「安売りやめろ」

「えっ、でも、みんな喜んでくれるよ」

「地元の商人困ってるぞ。そんなに経済を混乱させて楽しいのか? 」

「そんな事言われたって」

「お前が永久にそれを売るなら仕方が無いが、途中で止めたらもうその関連の商人がいなくなるんだぞ。そうしたら他のプレイヤーも迷惑になる。アイテムには適正料金というものがある程度は決まっているものだが、それ以下で売るのは迷惑なんだ。そりゃプレイヤーは死んでも蘇るから

構わないものだけど、死んだらそれっきりなNPCが必死で拵えて売っているってのに、お前がそれより安く売れば、そいつらの努力が無駄になるんだ。地域の住人の邪魔をするプレイヤーとか、はた迷惑以外の何者でもない。お前のせいでそこいらの商人の対応が悪くなっているんだが、そんな事にすら気付かないんだろうな。そのうち対立になる前に価格を改めるんだな。そうしないとそのうち、市場から叩き出されるぞ。経済の混乱は国に対して喧嘩を売るようなものだ。王宮からの通達が来るようになったらもう終わりだと思えよ。そうなればもう、ブラックリストに入るだけだ。そうして少しでも相場より安く売れば、すぐさま呼び出しが掛かるようになり、是正を勧告される事になるだろう。そんなの毎回食らっても続けるなら、国の敵に設定されるかも知れんな。そうなればもう、この国での商売はやれなくなる。まあ、それが分かる他の奴らは相場を調べて適正料金で売っている。だからお前の店だけが安いんだよ」

「でも、お客さんは喜んでるよ」

「そりゃそうさ。客は安いほうが喜ぶのは当たり前だろ」

「だったらいいです。このまま続けます」

「そうかい、ならもう終わりだ……衛兵さん、無理でした」

「やれやれ。君、屋台畳みなさい」

「えっ、でも」

「よし、口答えしたな。おい、お前ら、拘束しろ」

「「「はっ」」」


かくしてダンピングによってダメージを負っていた地元の商人達による訴えの結果、プレイヤーの有志による説得にも耳を貸さなかった彼女は、国から要注意人物というタグを付けられ、相場より少しでも安く売っていたら毎回のように説明の為の呼び出しが掛かるようになり、遂にはまともに商売がやれなくなっていた。


皆さんも気を付けよう。


このゲームのNPCをないがしろにしたら、プレイの妨げになるんだよ。

だから変なプレイスタイルは嫌われるんだ。

今回のような激安な商いとか、真っ先に淘汰される事になる。


そういうのがやりたいなら別ゲーに行くんだな。


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特殊レアスキル所持者の顛末



逃げた、逃げた、ひたすら逃げた。


捕まったら確実に奴隷にされる。


だって僕のギフト、あんな酷い。


ああ、神様、どうして。


ギフト『経験値譲渡』


所持している経験値を相手に譲渡するスキル。


その説明文は奴隷になっての強制労働を暗示する為、彼は逃げ出したのである。



ダメだった。


山狩りまでされた挙句、親はのたまった。


わしの財産が勝手にいなくなるなと。


そう、既に奴隷は決定しており、かなりの高額が付いたらしかった。


それもそうだろう。


戦わせて稼いだ経験値を、逆らえないままに全てあるじに差し出せと言われるに決まっている。

そんな事をすれば、いつまで経っても狩りが楽にはならないと言うのに。

つまり、苦しいだけの狩りを死ぬまでしなくちゃならないって事だ。


いっそ、魔物に殺されるか。



ダメだった。


何人もの護衛が付き従う中、そいつらが弱めた強大な魔物の止めを刺す仕事だった。

そうしてかなりレベルが上がったと言うのに、屋敷に戻ったらあるじに全て注ぐのだ。


ああ、やる事はおんなじか。


そんな辛い日々に転機が訪れたのは、やたら経験値の高い魔物の群れに遭遇し、それらの経験値を得た時だった。


スキルが増えたのだ。


どうやら今までの奴隷は、毎回経験値を譲渡していた為、ここまで経験値を蓄積する事が無かったらしい。


『経験値徴収』


どうやら相手が拒否しなければ経験値がもらえるらしい。


なんとも酷いスキルである。


寝ている相手から盗り放題なのだから。


こんな危険なスキルが今まで発覚しなかったのは、ひとえにあるじの全てがこまめに譲渡を受けていたせいだろう。


その点は良かったな。


うちのあるじがサプライズ好きで。


つまりだね、部下への報酬に経験値をいくらか譲渡させられているんだよ。

今回の狩りでも護衛達にもかなり分けてもらえるらしく、その事は何度も聞いている。


だからこそ護衛達はひたすらに、仕事をしながら強くなれると、かなりのモチベーションだったのだ。


だけどさ、僕を介さなくても普通に狩ればもらえる経験値だと言うのに、どうしてそれに気が付いてくれないかな。



甘くなかった。


どうやら護衛達の装備は借り物らしく、今回の依頼の為に借り受けての事だったらしく、だからこそ普通なら得られないはずの経験値がもらえるうえに、稼ぎにもなるからと喜んでいたんだ。


言わばキャッシュバックみたいなものか。


扇動出来なかったのが残念だけど、計画はまだ破綻した訳じゃない。


あるじとの約束の刻限が近付く中、ハードな狩りはひたすら続いていた。

僕のレベルはひたすら上昇していく中、遂にまた新たなスキルを得た。


これで勝てる。



確かに僕はあるじには逆らえない。

だけど護衛の人達に逆らえない訳じゃない。

ただ仕事仲間と言うか、普段守ってくれているから逆らわないだけだったんだ。


遂に屋敷に帰る夜。


さしもの護衛達も疲れ果てた中、打ち上げと称した宴会を経て、誰も彼もが泥のように眠りこけていた。


そんな奴らに触れて経験を抜いていく。


『経験値強奪』


相手の許可は不要。


触れた相手の経験値を、限界を超えて強奪する。


この、限界を超えてと言うのが分からなかったので、眠っている護衛連中から抜きまくってたんだ。


そうしたら護衛達が持っている全ての経験値を得たうえに、なんと持っているステータスやスキルまでも獲得したんだ。


だから僕の戦闘力は今、ここに居る誰よりも高い。

だって眠っている奴らにはもう、戦う為のスキルもレベルも無いのだから。


それでも、あるじに見つかると全て奪われる。


だから僕は今度こそ、見つからないように逃げたんだ。


限界を超えて抜いて。



限界を超えて抜く。


これの恐ろしさは使用して初めて分かった。

なんと相手の寿命まで奪ってしまうのだ。


ステータス、スキル、経験値、そして寿命。


仕事仲間で護衛だった連中は今、老衰の中で死につつある。

それでなくても泥酔の挙句の睡眠の途中だし、無理がにわかに利かなくなった身体では、異常に気付いてもどうしようもないようで、ひとり、またひとりとご臨終になっていった。


寿命(日) 192984


ざっと500年分か。


護衛10人の寿命はそんなにあったんだね。


後はあるじが死ぬまで逃亡すれば僕は完全に自由になれる。

そうしてそれからは殺されるまでは生きていられるだろう。


だったら殺されないように強くなるしかない。


さあ、狩りに行こうか。


寝ている奴らが多い今の時間帯ならば、獲物がたくさん居るに違いない。



ある町の住人全てに起こった怪異。


なんと全ての住民が老衰で死亡したという事件。


これがどういう訳だか魔族のせいになり、人魔大戦争に発展した事は今までの外交が全ての原因と言っても良いだろう。

互いに相手を貶めるような外交が、両陣営の未来を明るくする訳がない。

挙句に身に覚えの無い嫌疑を掛けられた挙句、賠償しろと言われればもうどうしようもない。


よろしい、ならば戦争だ。


こうなるのも必然であり、戦乱の時代は長く続いた。

事件は留まる事無く続き、その事が戦争の継続に拍車を掛けていたからだ。


だがある時、不意に止まる。


遂に倒したかと喜びの中、それでも戦いは続けられた。

お互いに引っ込みが付かなくなっていたからだろうが、それでも互いの疲労が限界突破して、遂には停戦合意する羽目になる。


1000年前に発生した事件と紛争。


その事は既に過去の文献の中にのみ、僅かに語られるのみに留まり、歴史関係者以外は知る人も居ないまま、彼は静かに暮らしていた。


レベル 9999


戦闘力 9999999

防御力 9999999

スキル 『経験値譲渡』『経験値徴収』『経験値強奪』『経験値倍増』『経験値貸出』『経験値回収』

寿命(日)9999999


彼の気力は未だ尽きない。



経験値倍増……獲得した経験値が2倍になる。

経験値貸出……勝手に貸した相手が死ねば全ての経験値を回収する(ステータス、スキル含む)。

経験値回収……勝手に貸した経験値を、貸した日以降に獲得した分と貸した分を合わせて2倍にして回収する。

 

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