桜乃回廊
『悩みがあるんだね。』
そうあたしが言いたかった心の内を覗かれた様だ。
相手はあたしの友達。
みんな名前は忘れてしまう程の大昔に忘れたそうだ。
出会いは不思議な事に、呼ばれる様に商店街路地裏に入って行ったら「彼等」が居たのだ。
商店街は人通りも多く路地裏も賑わっているのだけど、此処の空間だけは何故か誰も見向きもしない。
まるで此処だけ時間が止まっているかの様にも感じられるのだ。
今日も吸い込まれる様に足を運んでみては、1基だけあるベンチに腰を掛けて空を見上げる。
上には空が見えない程の桜が満開を迎えている。
この数日は毎日此処に来ては様々な話をして楽しんでいるのだ。
楽しい事、辛い事。新しい事、古い事。色々。沢山。
『マーサは何を悩んでるんだい?』
『私達は友達よ。友達が悩んでるのは辛いわ。』
『此処だけの秘密だ。それでも言い難いか?』
「ううん。そうじゃないの。」
心配そうな彼等の言葉を落ち着かせる様に続けた。
「あたしこの場所が好きなんだけど…さっき無くなるって聞いたから…みんなどうするのかなって。」
この路地裏に続く道に入る時に、とある商店でそんな話を耳にしてしまったのだ。
この路地裏の桜はやや赤みが強い桜の大木が回廊の様になっているのだ。
暖かい日が続く今の季節。花は満開であるのに。
「こんな綺麗な場所、みんな知らないのかなぁ…。」
『意外と人間は目の前にある物が見えない生き物なんだよ。』
『マーサが悲しむ事は無い。いずれは通る道。ただ時期が少し早くなっただけだ。』
『君が気にする事じゃない。でも、ありがとうな。』
桜達はあたしを慰める様に優しく語りかけてくれた。
あたしよりも絶対、自分達の方が悲しい筈なのに。
「あたしは…せっかく仲良くなれたのに、居なくなってしまうのは寂しすぎるよ…。」
その時だった。
桜吹雪が舞う。
まるであたしを慰める様に、まるであたしを抱きしめる様に。
『思い出があれば人は強く生きて行けるものだ。大事なのは過去ではない。今でもなければ、未来だ。』
ただあたしを包み込む桜吹雪を見つめながら頷く。
『さよならは言わない。また会えるのを我々は知っているからな。』
溢れ出しそうな涙は自然と乾いて、あたしの寂しい気持ちも桜の花びらと共に舞い上がって消えた。
『だが、マーサの悩みはそれとは違う悩みだろう?』
「………悩み………」
実はあたしの中で、それは果たして悩みになるのかを自分の中でずっと気持ちを反芻している。
『マーサ元気ない?』
『言いたく無ければ良いのよ?』
『それとも…。』
「悩みと言えば悩みだし、そうじゃないと言われればそうじゃないの。」
さわさわと柔らかな風があたしと桜達の間をすり抜ける。
微かに花の香りが鼻をくすぐった。
「あのね。」
桜達を見上げると、まるで包み込む様にあたしの言葉を並べ始めるのを静かに待っていてくれた。
「気になる人が居るの。最初は好意からくる感情かとおもったけど、でも愛とか恋とかそういう感情とは違うんだ。」
まだ桜達は静かにあたしの話に耳を傾けてくれる。
今日も夜遅くまで話は尽きなさそうだ。