戦火の花
プロローグ
感じたことがあるだろうか。本当の自分を。
信じることができるだろうか。愛するということを。
その日も会社の締め切った窓から、小さなサイレンの音が聞こえた。危険を知らせるサイレンの音。同じ国でも同じではない。知らない日常が起きている世界。私が知るのは、私だけの世界だった。
父の会社に勤めてもう6年が経つ。今日も弾の注文が多い。終わらない戦争に火を注ぐ気もないが、知らない世界の話だった。何事もない日常。そこにあるのは歩むべき道。父の会社で事務員として、歯車のように送る日常。そこに何があるのかわからなかった。そこには何もない。何があると思えるのかすらわからなかった。
終業のチャイム。
「中条さん、社長によろしくね。」
会ったこともないやつからの意味のない言葉。そこには何もなかった。
『香葉子、先に帰っているように』
ロッカールームに行くと、ロッカー扉に見慣れた文字で張り紙があった。婚約者だった。父の目にかなった人。わたしにはその人と決められていた。3つ年上の彼は私に優しかった。その優しさは、私への優しさなのか。父への優しさなのか。彼自身への優しさだろう。
いつからだろう。周りに人がいなくなったのは。鎧を纏っていたわけじゃないのに。知らないうちに心の中にあるのは見てはいけない、知ってはいけない人の闇になっていた。私の人生どこにあるんだろうか。そう思って息をつくスペースすら、もう私の人生には残されていなかった。
「うっ」。急に胸のあたりが苦しくなった。この時間帯、混み合うはずのロッカールームにはだれもいなかった。苦しんでるところなんて知られたくない。安心した。周りにだれもいなくてよかった。知られなくてよかった。
ロッカールームを出ると非常灯と傾きかけた太陽の光以外、そこには何もなかった。そうか、夏休みで人が少ないんだ。もう、しばらく夏休みなんてとっていなかった。どこへ行ったって休まらない。どこへ行く予定もない。今日も家に帰るしかなかった。みんなが羨ましい。私も自分の人生を歩みたい。でも、父がいなければ、婚約者がいなければ、母がいなければ、この会社がなければ、困る。1人じゃなにもできない。辛かった。でも終わりにできず、永遠に続く。これは続く。いつまで、続けていかなければならないんだろうか。
今日も家に帰らなければならない。




