91話:絆を取り戻せ
お待たせしました、91話更新になります!
誰かのうめき声、誰かのすすり泣く声、誰かの息を切らす音。
避難所として機能している魔物使いの学校は、人々の失意の音で包まれていた。
教室や食堂、本来魔物達がのびのびと過ごせるよう作られた広い空間は、今や座り込む人々で埋め尽くされている。
それらの姿に、活力といったものは存在しない。
どうしてこんなことになってしまったのかという困惑と、これからどうすればいいのか分らないという不安があふれていた。
それも当然の事だろう。
今までともに人生を歩んできた相棒、魔物が何の脈絡もなく自身に牙を向けてきたのだ。
この国の人々にとって魔物は家族同然の存在に違いなく、此度の反逆は心に深い傷を刻み付けてしまっていたのだ。
「ううっ……ちくしょう、なんでだよ、何が起こってるんだよ……!」
ある男性はどうしてこんなことになってしまったのかと嘆き、理不尽な状況に歯噛みし、おもわず拳を床に打ち付ける。
あれだけ可愛がっていたのに、どうして。
「おにいちゃん、ポチマル、元に戻るよね……?」
「……あ、当ったり前だろ」
ある兄妹は豹変してしまった相棒を心配していた。
妹を元気づけるための兄の肯定は、どこまでも不安げで、頼りない。
「ごめんなさい……ごめんなさいプシュケー……」
ある女性は何もわからないまま、相棒が豹変した責は自分にあると思い込んでいた。
きっと自分のせいなのだ、そうでなければあんなに優しい子が、あんな事をするはずがないと。
そうしてまた、魔物に追い立てられ避難してきた人が増えていく。
信頼していた相棒に裏切られ。
愛情を注いでいた相棒に牙を向けられ。
共に生きていた相棒に追い詰められ。
その結果誰一人として例外なく、逃げ込んだ人の表情は絶望に染まっていて――――何も解決策など思い浮かばず、やがて周囲の人々と同じように力なく座り込むのだ。
パールセノンの手により魔物と紡いできたはずの絆が崩壊した今、人々の心は折れかかってしまっていた。
『――全国民の諸君よ。ワシじゃ、学園長のオルド―じゃ』
その時である。
学校内のあらゆる場所に、筋線維がむき出しなったような外見の人形が、突如として出現した。
「な、なに……!? 魔物……!?」
「学園長の声だ……!」
不気味な人形――マギアゴーレムの出現に、人々は魔物と勘違いして恐慌状態に陥りかけたものの、ソレが顔面の魔法陣から学園長の声を発していることに気付いて、耳を傾ける。
『今ワシはこのユビキタス商会から借り受けたマジックアイテムを通じて、皆に声をかけておる。どうか静粛に聞いてほしい。この国で今何が起きておるのか、そして我々が何をするべきなのかを話したいと思う』
人々は一様に静まり、食い入るようにマギアゴーレムへ注目する。
何もわからぬまま、言われるがままにこの場所へ避難してきた彼らは、知りたがっていた。
わが身と、魔物達に降りかかったこの災厄を、打ち砕くことの出来る希望を欲していた。
『まず、この国は今――古代種の魔物により攻撃を受けておる』
『その魔物は古代種アルラウネ、名はパールセノンという。そう、モンスターフードの原料となる植物と同じ名じゃ』
『植物であるパールセノンはこの魔物の身体の一部であり、喰らった魔物を意のままに操る。それがパールセノンという魔物の生態であり、それはモンスターフードに加工されようと性質を変える事は無かった』
『……そう、魔物達は我ら人間を決して裏切ってなどいない。パールセノンに操られて、我らに牙を向くよう強制させられておるのじゃ』
『パールセノンは、操った魔物を使って人間をこの国から一人残らず追い出し、この国の支配者となろうとしておる』
古代種アルラウネ、パールセノン、そしてモンスターフードの真実。
どれも唐突で荒唐無稽な事ばかりであったが、ここに集った者達は、ただ一点の情報を決して聞き逃さなかった。
「そうか……通りでおかしいと思ってたんだ……!」
「プシュケー……! よかった……!」
魔物達は操られており、自分達に反逆したくてしているわけではないということを。
『ワシはこの事態を予見しておった者たちを率いて、事前に鎮圧を試みたのじゃが……結果は諸君の見ての通りじゃ。パールセノンの力は想像以上に強大で、ワシらは余りに準備が不足しておった。……ワシの力が足りず、本当に申し訳ない』
『じゃがワシも諦めたわけではない。この最悪の事態に備え、ユビキタス商会よりマジックアイテムを提供して貰っておる』
マギアゴーレムが掌を上に向けると、ヴン……という音と共にその手には液体の入った小瓶――体内魔法陣無力化くんが握られていた。
『このマジックアイテムこそ、我らの希望じゃ』
『これは魔物の洗脳を解くマジックアイテムじゃ、コレを魔物に飲ませれば魔物は元に戻る』
「! ポチマルが、元に……!」
体内魔法陣無力化くんの効果を端的に説明すると、人々の表情に活力が戻る。
……しかし、後に続く学園長の声は、浮ついた一瞬の空気を律するように重く厳しい声だった。
『ただし……狂乱しておる魔物にコレを摂取させる事がどれ程難しいかは皆もわかるじゃろう。魔物の身体能力は人より遥に優れておるからのぅ。間違いなく、無傷ではいられない』
魔物と共に生きる魔物使いであるからこそ、人々は魔物という存在の強さをより一層知っている。
人より遥に強靭な肉体。
刃物よりするどい牙と爪。
魔法すら操る高い知能。
種類によっては、危険な猛毒をもつ者すら存在する。
そんな魔物達に、易々とこの液体を飲ませることができるだろうか?。
学園長のいう通り、無傷では済まされないだろう。
『じゃが、その上でお願いしたい。腕に覚えのある者、覚悟がある者は立ち上がり、魔物達を取り戻すために動いて欲しい』
『我ら魔物使いは長きに渡り、魔物達に助けられ生きてきた。共に暮らし、共に戦い、魔物は人を支え、人は魔物を愛する……。それが、この国のあるべき姿じゃとワシは思う』
『諸君らも同じ思いだと、ワシは信じておる。故に、パールセノンに奪われた魔物達を、絆を、我らの手で取り戻そう』
『ワシは然るべき準備を整えた後、今度こそパールセノンを叩く。諸君らは、このゴーレムからマジックアイテムを受け取った後、出来る限り集団で動いて魔物達を元に戻してほしい』
学園長がそこまで言い切ると、マギアゴーレムは沈黙する。
「…………」
そして、先ほどまで座り込んでいた者達は、1人、また1人、次々と立ち上がっていく。
「そういうことなら……取り戻さねぇとな!」
「魔物を操って無理やりいうことを聞かせるなんて、絶対に許せないわ!」
「待っててね……! 必ず元に戻してあげるから!」
立ち上がる人々の表情には、活気と、相棒を取り戻そうという強い意志が宿っている。
何が起きているのかは把握した。
絶望を打ち砕くための希望は存在する。
「みんな! いくぞ、魔物達を……俺たちの家族を取り戻すんだ!」
「「「「「おおおおおおお!!!!」」」」」
1人の男がマギアゴーレムからマジックアイテムを受け取り、この場の全員に向かって叫ぶ。
それに雄叫びで応える他の者達。
――この国の魔物使い達は、もう俯かない。
奪われた魔物との絆を取り戻すため、避難してきた国民全員が立ち上がった。
「ありがとうございます学園長。演説、お見事でした」
学園長室にて、マギアゴーレムの前に立ち演説を行なっていた学園長に俺は頭を下げる。
学園長の演説によって、学校に避難してきた人達は立ち直ってくれた。
学園長からマギアゴーレムの操作権限を戻した母さんからの報告では、人々はマギアゴーレムに殺到して体内魔法陣無力化くんを手にしているとのこと。
これで、パールセノンに操られた魔物達への対処は彼らに任せておけるだろう。
「ふぉふぉっ、我ら魔物使いは元よりああよ。魔物達のためならば命を賭けられる。ワシが高説を垂れ流そうとそうでなかろうと、魔物を助けられるのならば迷わず動く」
「だとしてもです。説明して下さったのが学園長でなければ、きっとここまで皆んなが奮い立つことはなかったと思います」
学園長はああいっているものの、この演説だけは彼ではないと務まらなかったと思っている。
大衆が不安な時ほど権力を持つものの言葉は重みを持つ。
見ず知らずの魔法使いの俺や、学生であるシャーロット達じゃあ言葉の重みというやつが違い過ぎて、人々のやる気を引き出すなんてできなかっただろう。
……あと、リアーネさんは多分演説とか駄目そうだし。
「うーっし、それじゃあ俺たちはこの……たいない……なんちゃら? を持ってレナータを助けに行けばいいんだな?」
「体内魔法陣無力化くん、です。本当はもっと大勢でいきたい所なんですが……。パールセノンに相棒を奪われてる人が大半だろうし、相棒が無事なこのメンバーで行くのが一番でしょう」
マジックアイテムの名前を間違えてたリアーネさんに訂正を入れつつ、俺はいま学園長室にいるメンバーでレナータちゃんを助けに行くことにした。
やる気を出してくれたとはいえ、避難してきた人たちは相棒を奪われているのだ。
戦力的にはあまり期待できない彼らを、レナータちゃん奪還の作戦には参加させるべきではない。
「それじゃあ私はここでマギアゴーレムを動かしてるからねー! ダグちゃんの方にも一体同行させるから、体内魔法陣無力化くんの補給は任せてー!」
「ありがとう、母さん」
「うんうん、これも新兵器さくせ……ダグちゃんのためだからね! そう、ダグちゃんのため!」
「……台無しだよ」
とても新兵器を開発したそうな母さんを前に、俺はため息をつく。
いや、まあ正直母さんのマギアゴーレムがついて来てくれるというのはとても有り難い。
ガラス瓶に入れてる体内魔法陣無力化くんを、マギアゴーレムの収納魔法で安全かつ大量に保管してくれるからだ。
「――それじゃあ皆、最後に確認しよう。レナータちゃんの体を乗っ取ったパールセノンは、多分俺たちの想像以上に危険だ。それでも、俺は行く。みんなはどうする?」
この場でできる準備は全て整ったと判断し、俺はみんなにそう告げる。
「無論、助けに行くわ。なんてったって私とレナータは親友だもの、当然でしょ?」
「キュアー!」
はっきりと言い切るシャーロットに、同意するように吠えるココ。
最新にして最年少の竜騎士、その槍は親友を助け出すために一切の迷いなく振るわれるに違いない。
「ったりめーだろ、娘の命がかかってるんだ。ここでいかなきゃ母親が廃る!」
「んなぁ」
バシン、と拳を打ちつけ、リアーネさんとシャッピーは力強くうなずいた。
世界最強の英雄――否、母親が、その全力をもって共に行くと宣言してくれた。
この世界でこれほど頼もしい言葉はあるまい、何が邪魔をしてこようと、彼女達の前では塵芥に等しいのだから。
「あたし達も行くぞー! ぜえぇったい、レナータを助けるのだー!」
「チュチューッ!!!」
この場の誰よりも元気に溢れる声で、エリーちゃんとジンクスもレナータちゃんを助けると言ってくれた。
エリーちゃんの天賦の剛力と、ジンクスの未知数な魔法の才能を合わされば、恐るべき力を発揮するに違いない。
「この国の危機に、生徒の危機、どちらも退けられなくて何が学園長か。ワシももちろん同行させてもらおう。のぉ、ホーボック? お主もやれるな?」
「クエッ!」
落ち着いていて、しかし厳かな声で学園長とホーボックは同行を決意する。
熟練の魔物使いたる彼らの叡智は、間違いなくこれからの戦いに必要なものだ。
「みんな……、ありがとう」
確認するまでもなく、この場全員の覚悟と意思は同じ。
この場全員の気持ちは、レナータちゃんを助けることで一つとなっていた。
その事実に俺はみんなに感謝し、そして。
(お前も、レナータちゃんを助けたいよな……!)
最後の一匹を呼び覚ます。
脱ぎ散らかし、ふにゃふにゃになったその皮に、俺は魔力を流し込む。
結界魔法によって形成された擬似筋肉に、風の魔法で空気を圧縮して詰め込む。
皮だけだったソレはみるみるうちに肉付いていき、赤く燃えるような鬣と、人の胴ほどありそうな逞しい四肢が生気を帯びていく。
ふしくれだった尻尾に力が宿り、サソリの如き毒針がギラリと光った。
最後に、大きな一対の翼に空気が入って――最強最悪の魔獣が、蘇る。
「行くぞティコ! レナータちゃんを取り戻すんだ!」
『ガオォォォォォ!!!』
着ぐるみマンティコアくんを再び起動して、俺たちは外へと向かう。
パールセノンに奪われた、大切なものを取り戻すために。