90話:最後にして、最凶の希望
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「そんな、危険すぎますっ!」
「やめろダグラスさんー!」
俺がこれからやろうとしている事を話した途端、エリーちゃんとシャーロットから猛抗議を受けた。
2人が止める気持ちも痛いほどわかる。
三つ目のめっちゃすすめる君を使うということは、死の危険を伴うからだ。
「残念だけど、他に手段がない。学校からレナータちゃんの実家までは時間がかかりすぎる。そんな悠長な事はしてられない」
パールセノンに操られた魔物達の数はあまりにも多く、もたもたしていては体内魔法陣無力化くんが来る頃には魔物使いの国が滅んでしまう。
だが、めっちゃ進めるくんなら魔法使いの国とこの学校を直接つなげられる。
大量のマジックアイテムを素早くこちらへ持ち込こまなければ、この国とレナータちゃんを救うことはできない。
俺は死の危険を背負ってでもやり遂げなければならなかった。
「でも、真っ二つになったら死んじゃうんだぞー!」
「大丈夫、リスクを下げる方法はあるんだ」
確かに、三つ目のめっちゃ進めるくんを作り出しそのまま使えば、俺の体は真っ二つに裂けてレナータちゃんの実家とユビキタス家の屋敷へ転送され――即死するだろう。
だが、絶対とは言えないものの、即死する可能性を下げる手段が俺にはあった。
めっちゃ進めるくんの「分割」の法則性を利用するのである。
まず、送り先の数だけ質量を基準に分割されて送るということ。
要するに、転送先が二つある状態で送れば、転送物の質量はちょうど半分ずつにされるということだ。
そして、「分割の回数」は送り先の数ぴったりとなる最低の回数分だけ行われるということ。
送り先が二つあるなら分割数は一回、まるで大きな刃で一刀両断されたかのように分割されるのだ。
つまり、二つの法則を最大限利用すれば。
「魔法陣に重たい物をのせて質量をかさ増しするんだ。そうすれば分割に巻き込まれる可能性は減る」
そう、俺の質量なんか目じゃないくらいの重いものを置けば、そっちを優先して分割されるはずだ。
運が良ければ、俺は分割に巻き込まれずに魔法使いの国側へ転移できるかもしれない。
最悪の場合は、分割に巻き込まれて致命傷を負うかもしれないけど……。
「でももしダグラスさんが大怪我をしたら……」
「身体中にメモを仕込んでおくよ。俺の身に何があっても、体内魔法陣無力化くんを届けてみせる」
「そ、そんな!?」
シャーロットはどうしても俺に危険な橋を渡って欲しくないらしい、その声は悲鳴に近い。
だが、何が何でもこれだけは成し遂げなければいけない
「学園長、早速このお部屋に魔法陣を書かせて下さい」
「むぅ、魔法陣は良いが、他に手は無いのかね?」
「ありません」
この場の誰もがその行為に反対する雰囲気の中、俺はさっさと魔法陣を書き始める。
ほかに手段は無い。
この国で何が起きたのか、その全容を知っているのが俺達しかいない以上、この中の誰かがユビキタス家の屋敷まで行ってマジックアイテムを取り寄せてくるしかないのである。
怖くないのかと言われれば、もちろん怖い。
だがレナータちゃんを助けるためなら、多少の身の危険くらい覚悟の上だ。
そうして俺は三つ目のめっちゃ進めるくんを完成させ――――
「はーい、ストップ」
――学園長室のドアから響く声と、魔法陣を書いていた俺の手を掴み止める手があった。
その腕は細く、そして女性的な腕であった。
同時に筋肉の繊維がむき出しになったかの様な外観をした、異形の腕でもある。
否、腕だけではない。
ソイツの身体全体が女性のシェルエットを持ちながら、全く同じ作りになっていた。
掴まれている腕からは恐ろしく冷たくて無機質な感触が伝わってくる。
ソイツの顔を見てみれば……輪郭は辛うじて人の形を成しているものの顔のパーツは見当たらず、魔法陣だけが書かれた顔が俺に向けられていた。
明らかに、人間ではない。
「――ッ!? な、なんだてめぇ!?」
「「「「!!?」」」」
突然の乱入者に、俺以外の全員が警戒する。
――が、俺は知っている。
コレは、マジックアイテム、他律操作型絡繰人形。
着ぐるみマンティコアくんを超える膨大な数の魔法陣を、精巧な人形に書き込こむことで人間を再現――否、人間を遥かに超えるスペックを持たせた、マジックアイテムの究極系。
魔法を使い、魔法陣を書き込むことができ、ドラゴンすら単機で打倒する戦闘力をもったコレは、普段はユビキタス商会の商品の輸送やマジックアイテムの量産に使われている。
そして同時に、コレはある人が操る端末であり、目であり、耳でもある。
「ふっふーん、危ない所だったねダグちゃん」
つかつかと、いつの間にか開いていた学園長室のドアから、間延びした声と共にもう一人の女性が入室してくる。
この非常事態にまったくもって見合わない、緊張感のまるでない声だった。
一見すれば20代半ばの若々しい女性で、白衣を身にまとっている。
肩まで伸ばした茶髪は俺の髪色と全く同じ、その肌の色も俺と同じで外に出る事が無い故に、不健康そうな白い肌をしていた。
ともすれば、他人から見れば俺とこの人は兄妹に見えるくらいに、雰囲気が似通っている。
だがこの人は俺の妹、ましてや姉でもない、非常に近いが。
「まあ仕方ないよね! 古代種アルラウネの覚醒に、ダグちゃんが贔屓してた魔物使いの女の子も身体を乗っとられ、挙句国中の魔物達が暴れ出す。おまけに着ぐるみマンティコアくんを被ってたのがバレちゃうんだもの。急いで家に帰らないとって焦るのも分からないでもないかな!」
矢継ぎ早に繰り出されるその声は、これまで起きた全ての事態を、魔物使いの国に配置されたマギアゴーレムを通して見ていたことを表している。
俺がマンティコアをやっていることまでバレている以上、着ぐるみマンティコアくんを作ったあの時から、ずっと覗いていたのだろう。
そう、この人こそマギアゴーレムの製作者にして操作者。
俺にマジックアイテム作成の基礎を教えてくれた人であり、そして――――
「母さん!? こ、工房から出てきたの!?」
「うん、出てきたよ! 可愛い息子のためだもの、そりゃあ母さんだって出てくるよ!」
「「「「「か、母さん!!?」」」」」
――俺の母親、パトリシア・ユビキタスである。
「おおっと驚いているようだね皆の衆! 私はパトリシア・ユビキタス、このダグちゃんのお母さんです!」
「え、ええ? な、なんで母さんが、ここに……!?」
命を賭けて魔法使いの国へ行こうとする俺を止めたのは、まさかの母さんだった。
俺は母さんが事情を知っていることはともかく、「工房を抜け出してここに来た」という事実に驚いている。
なにせこの人は、俺以上の引きこもりだ。
俺以上に他人を嫌っていて、工房にある老化を抑えるマジックアイテム「反老化くん」の中に引きこもり、身の回りの世話は全てマギアゴーレムに任せているような人なのだ。
「ああそういうこと? いやー、ダグちゃんがとんでもないマジックアイテムを量産してくれって頼んできたから。何する気なのかマギアゴーレム使って覗き見してたんだよねー。そしたらダグちゃんがピンチになってるのが見えちゃってさー、コレは思わず助けに行かないと! って思い立ったわけだよ!」
えへへー、褒めて褒めてーと言わんばかりにふんぞりかえる母さん、この人は本当に俺の母親なのか疑わしくなってくる。
しかしなるほど、俺が体内魔法陣無力化くんの量産を頼んだことが、巡り巡って母さんの元へ情報を届けていたとは……。
まあ確かにアレはとんでもないマジックアイテムではある、摂取するだけで体の中に魔法陣が書けてしまうのだから。
「というわけで、ダグちゃんに頼まれた通り体内魔法陣無力化くんを大量生産して持ってきたよ!」
「「「「!!!」」」」
母さんのその言葉に、この場全員が驚愕する。
当初俺が取りに行く予定だった体内魔法陣無力化くんを、母さんが既に持ってきてくれている。
これほど助かることはない、これで、俺が命を賭ける必要も無くなったのだ。
「さらにさらに、今動かせるマギアゴーレム500体を、ダグちゃんの作戦に協力させちゃう出血大サービスまでしちゃうよー!」
しかも、マギアゴーレムを使った作戦の援護までしてくれるという。
母さんのマギアゴーレムは商品の運搬に使われていることもあって、収納の魔法により大量のマジックアイテムをその身に格納している。
マギアゴーレムがうまく動いてくれれば、国民全員に迅速に体内魔法陣無力化くんが行き渡ることは間違いなかった。
「お、おおー!? ダグラスさんのお母さんって、めちゃくちゃいい人だなー!?」
「いきなりすぎて事情が飲み込めないけど、すごい援軍が来ちゃったってことよね……?」
突如として現れ、協力してくれるという母さんに対し、みんなは非常に困惑しつつもありがたいと思っているようだった。
(いや、まてまて……)
――だが俺は母さんを警戒する。
この人は「息子を助けたい」なんて殊勝な理由で、外に出てくることだけはあり得ない。
「……母さん。本当は違う目的があってここに来たんでしょ。でなきゃ歳を取るのを嫌がる母さんが、工房の外から出てくるわけがない」
「ぎくっ」
俺が指摘すると、母さんは図星だったらしくぎくりと身をこわばらせた。
やはりそうだ、この人が外に出てくるということは……それ相応のロクでもない理由がある。
「う、うーんそうだねー? そのぉ、ダグちゃんの許可が欲しくってさー? ほら、体内魔法陣無力化くんのことだけど、あれ霧状にばら撒いて大勢を洗脳する兵器に転用しちゃっていいかなー? なんて……。あ! もももちろんダグちゃんを助けたいって意思もあるんだよ? ほんとだよ?」
「「「「「え゛」」」」」
「はあ……やっぱりか……」
罰が悪そうに告白する母さんに、俺以外の全員が洗脳兵器という単語に固まってしまっていた。
……この人は、ある意味では俺より優れたマジックアイテムを作れる人だ。
ただし、母さんの作るマジックアイテムは、そのこと如くが他者を害し、蹂躙する「兵器」と呼べる代物しか存在しない。
マギアゴーレムなんてまだ生優しい方だが、それでも全機を総動員すれば魔法使いの国を容易く蹂躙できると言えば、その強力さが分かるだろうか。
……しかも、こんな国一つ滅ぼすようなマジックアイテムを母さんは趣味で作っているというのだ。
リアーネさんが最強の魔物使いなら、俺の母さんは最悪の魔法使いに違いない。
それはさておき、体内魔法陣無力化くんは、元はと言えばパールセノンの洗脳手段をマジックアイテム化したものだから、そんな使い方もできるんだろう。
母さんは間違いなく、マジックアイテムを兵器に転用するため、俺に恩を着せるべくこの場へ来たのだ。
「そんな事だろうと思ったよ……。今は緊急事態だし、判断する間も惜しい。全部終わったら考えとく」
「ええ!? 保留するのかー!?」
「よっし! それならちゃっちゃと解決しちゃって! うっひっひっひ、これで魔法使いの国を滅ぼせるファクターがまた一つ揃う……」
「……本当に大丈夫かコイツ。危険すぎやしねーか? 今のうちに俺が殺っとくか?」
「や、約束は守る人なんで多分大丈夫です……」
子供のようにガッツポーズをとる母さんに俺は嘆息する。
エリーちゃんが驚いているが、俺の考えた作戦には体内魔法陣無効化くんが必須だから、母さんを邪険に扱うこともできない。
それに、母さんの力もあればレナータちゃんを救える可能性もぐっと上がる、あるものは全て利用しなければ。
「学園長、こちらの準備は全て整いました。ここへ避難してきた人たちに協力の呼びかけをお願いします」
「うむ、色々と驚くことはあったが、すぐに動くこととしよう」
こうして俺たちは、国中の人々に協力してもらうため、動き出す。
魔物使いの国と、レナータちゃんを取り戻すための戦いが始まろうとしていた。
今回の解説
パトリシア・ユビキタス:趣味は魔法使いの国を滅ぼす妄想と、それを可能にするマジックアイテムを作る事なダグラスの母親。愛する夫の抑えが無ければ確実に指名手配されているほどに気まぐれで危険。
一応、息子の力になりたいという気持ちはある模様。
マギアゴーレム:マジックアイテムの大量生産はこのゴーレムを大量動員した手作りで行っている。効率がいいのか悪いのかは微妙なところ。
反老化くん:人がすっぽり入れる大きな容器に、とても怪しい液体が満たされているマジックアイテム。中に入っている間、老化を止めて若さを保ち続ける事が出来る。




