89話:命を賭ける
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「……は? だ、ダーリンが、依頼した?」
この偽装生活の全てを告白すると決意し、俺が話し始めた直後、リアーネさんが真っ先に驚いていた。
当たり前か、娘を騙していた人間に、自分の夫が関わっているなど思っても見なかっただろう。
しかし、これはギュンター卿が始めて、俺が続けた偽装生活である。
「はい、ギュンター卿が我が父であるケイ・ユビキタスを通して俺に依頼をしたのが事の始まりでした。病気で――いや、今となって分かった事ですが、パールセノンに呪い殺されたティコを、生きているように見せかけられないかと相談されたんです」
「ケイ・ユビキタスというと、そうかユビキタス商会の……。確かに、ギュンター卿はユビキタス商会と仲が良かったのぅ」
「はい、ギュンター卿と父の縁があって、俺に極秘の依頼が回ってきました」
ありのまま誠実に話すべく、俺は真実を語る。
全ては、娘を思う父親と、欲に流されて偽装を請け負った魔法使いの謀であったことを。
「俺が相談を受けた時点で、レナータちゃんの相棒はみんな死んでいました。……この学校は、飼育している魔物を3匹死なせた生徒は退学処分になる。そうですよね、学園長」
「うむ……。つまり、ギュンター卿がお主に相談した理由は――」
「レナータちゃんの将来のため。退学をどうにかして避けるためです」
愛する娘の将来を案じて、ギュンター卿は俺を頼ってきたのだ。
マジックアイテムを作ることだけが取り柄の俺を。
「そして、俺がギュンター卿の依頼に応えるためにやったことが……コレです」
ふにゃふにゃの着ぐるみマンティコア君を手に取り、みんなに見せつける。
このマジックアイテムこそが、俺の罪の象徴であるかのように。
「レナータちゃんが卒業するまでの長期間、ティコを生きているように見せかける。俺は……対価として貴重なマンティコアの死体が欲しかった。だから、ティコの死体から皮だけを剥いで、その皮に魔法陣を書き込んで、着れば誰でもマンティコアになれるマジックアイテムに改造しました」
「「―――っ!?」」
エリーちゃんとシャーロットが、思わず息を飲んでいる。
魔物の死骸を弄り回す――その所業は、魔物使いにとって悪魔の所業に違いあるまい。
ティコの死を徹底的に冒涜した俺の行為、きっと、彼女達は俺に失望しただろう。
「じゃ、じゃあてめぇは、何だ……!? レナータが卒業するまで、ずっとその着ぐるみを着続けて、ティコになりすまし続けるつもりだったっていうのか!?」
「……はい。それが、ギュンター卿との依頼であり、レナータちゃんと偽りの主従関係であった俺の、願いでもありました」
「ふっ、ふざけてやがるっ……!」
皮を被った人間がマンティコアを演じる、そんな荒唐無稽な事を3年もの間続けるつもりだった。
それを聞いたリアーネさんは、激しく狼狽する。
「「「…………」」」
否、リアーネさんだけではない、この場にいる全員が、信じられないといった風に俺を見つめていた。
「……そのとおり。俺は、そんなふざけた事をやり遂げようとして――――しくじった。それだけの男です」
言った、言い切った。
この偽装生活の全てを、俺の罪を、全て白日の元に曝け出した。
これで俺は、全てが終わり次第犯罪者として扱われることになるだろう。
果たしてマンティコアに成りすましたことがどんな罪に問われるかはわからないが――――
「俺は確かに、レナータちゃんをずっと騙していました……でも、偽りの主従関係だったとしても、俺は本気で彼女の相棒をやってたんです。それは今も変わらない。俺は相棒として、レナータちゃんを助けたいんです!」
――まだ、全ては終わっていない。
レナータちゃんを助けるまで、俺は終わるわけにはいかないのだ。
「俺に、この事態を終息させる考えがあります。でもそれは、俺1人じゃ絶対にこなせません。この国のみんなが協力してくれない限り絶対に無理なんです。ですからお願いします――どうか俺を信じて、協力してください」
俺はこの場の全員に対し深々と頭を下げる。
そう、何とかするための策はある。
ただ、そのために人手が必要なのだ、それこそパールセノンに操られてしまった魔物と同じくらいの数の人手が。
みんなの視線が、真剣な表情が、突き刺さる。
果たして俺を信用するべきなのか判断しかねている――そんな間が、しばらく続いて。
「……お前のことは、俺はどうにも信用できねぇ」
リアーネさんは、首を横に振った。
「学校に来るまでの間に国の惨状も見ちまった。お前なんかの策をうだうだやるより、俺がさっさと行ってパールセノンをぶち殺した方が犠牲者も少なくなるんじゃねぇかとも思ってる」
「リアーネさん、それは――ッ!?」
リアーネさんの言葉に息を呑む。
このままパールセノンを殺すという事は、即ちパールセノンごとレナータちゃんを殺すという事だ。
確かにそれはこの事態を最も早く終息させる手段だろう、しかし、レナータちゃんの命と引き換えにするなんて――
「だがよ。てめぇ言ったよな? レナータを無傷で助けられるって」
「! は、はい!」
リアーネさんの言葉に、俺は勢いよく肯定する。
そう、俺にはレナータちゃんを助けられる確信があった。
パールセノンに立ち向かったあの瞬間に、その可能性があることに気付いたのだ。
「悔しい事に俺はレナータからパールセノンを引き剥がす方法なんて分からねえ。パールセノンの言った事が本当だとしたら、俺にレナータを助ける手段は無いことになる」
「俺は英雄だとか言われてるが……それ以前に、レナータの母親だ。だからそう、マンティコアの皮被ってまで娘の傍に居続けた変態野郎のいう事だったとしても……娘を助けるためなら、その話に乗ってやる」
「リアーネさん……!」
リアーネさんは、英雄である事よりもレナータちゃんの母親であることを選んでくれた。
俺の事は信用できなくとも、俺の言葉に賭けてくれたのだ。
「ダグラスさん。一つ、質問させてください」
「……うん。シャーロット。何でも聞いて」
次に、シャーロットが話しかけてきた。
今までしてきた所業を鑑みてみれば俺は軽蔑されても当然だというのに、彼女は真剣なまなざしで俺を見ている。
「もしダグラスさんが死体の偽装じゃなくって、ティコを助けてほしいって頼まれてたら……ココと同じようにティコも助けてあげたんですか?」
すると彼女は、そんな事を聞いてきた。
全てが始まったあの時、もしティコがまだ生きていたら。
もしギュンター卿がティコの死を偽装するのではなく、ティコを助けてほしいと依頼したら、果たして俺はどう返事をしただろう?
……そんな事は、分かりきっている。
「勿論助ける」
それこそが、俺の趣味なのだから。
俺は向こうからどう思われようが構わず、そいつに一番必要なマジックアイテムを作り、提供する。
着ぐるみマンティコアくんではなく、体内魔法陣無力化くんが必要だったというのなら、きっと俺はあの時点で作っていただろう。
「……それなら、私がダグラスさんを疑う理由はありません。私とココもダグラスさんに協力します」
「キュアッ!」
「シャーロット……」
シャーロットは俺の話を聞いてもなお、俺の事を信用してくれていた。
……きっと、俺がココを助けたことと無関係ではないだろう。
それが嬉しくて、少しだけ泣きそうになる。
「あたしは、正直ティコをあんなふうにしたのは引いたけど……でも、レナータの為にやった事だって分かったし! あたしとジンクスも協力するぞー!」
「ちゅうちゅう!」
「エリーちゃん……!」
エリーちゃんもまた、俺に協力すると言ってくれた。
彼女の中で俺はまだ「良い人」であったことに、俺は感謝する。
「ふむ……ダグラス君といったの? わが校の生徒は君の話を聞いた上でなお信頼しておる。ならば、学園長であるワシにも君の作戦を聞かせてほしい」
「学園長……!」
学園長先生は、そんな二人を見て俺の作戦は聞くに値すると判断してくれた。
これほど助かることは無い、俺の作戦にはこの人の影響力が必須なのだ。
こうして、この場に居るみんなが俺に力を貸してくれると言ってくれた。
皆に偽装生活のことを正直に話したお陰もあるのだろう。
ならば俺は、その信頼に応えねばなるまい。
「それじゃあ、今から作戦を話します――」
満を持して、俺はレナータちゃんを救うための作戦を話すのであった。
「作戦の肝は、俺の作ったマジックアイテム「体内魔法陣無力化くん」になります」
「体内魔法陣……?」
「はい、パールセノンが魔物を洗脳する手段を逆手にとって……まあ簡単に言うと、魔物に飲ませるだけでパールセノンの洗脳を解くことが出来る液体です」
「そのようなものを既に作っておるのか。あまりに都合が良過ぎてにわかには信じがたいが……」
首を傾げる学園長に、思わず一からマジックアイテムの効果を説明しかけてしまうが、ぐっと抑え込み簡潔に説明するにとどめる。
「学園長先生、ダグラスさんのいう事は本当です。私のココも、このマジックアイテムであのパールセノンの呪いを解いてもらったんです」
「キュアッ♪」
「ふむ、シャーロットくんが言うのなら間違いあるまい。」
今重要なのは洗脳を解く手順を解説するのではなく、コレを飲めば洗脳が解けるという情報を理解してもらう事だ。
シャーロットの援護もあってか、学園長には体内魔法陣無力化くんの事を信じてくれたようだ。
「これさえあれば、国中で暴れている魔物を正気に戻せます。でもモンスターフードが広まってるせいで俺達だけじゃあとても対応しきれない。だから学園長、この学校に避難してきた国の人達にも協力してもらえるように呼び掛けて欲しいんです」
「なるほどのぅ、数には数をというわけか。あいわかったぞ」
パールセノンが数多の数の魔物を洗脳したのであれば、この国の魔物使いの手で魔物達を取り戻させる。
それが、この事態を終息させるための第一歩だ。
「おい、魔物どもを大人しくさせるのは分かった。レナータを無傷で助ける話はどうなんだ?」
「それも、体内魔法陣無力化くんで何とかなります」
「なに?」
リアーネさんが怪訝な表情をするのに対し、俺は自信に満ちた返事を返す。
そう、レナータちゃんの身体をパールセノンから奪い返すのにも、このマジックアイテムが有効だと俺は確信している。
なぜなら……。
「パールセノンがレナータちゃんの身体を乗っ取った時、彼女の身体に「茨模様の紋様」が浮かんでいたのを覚えていますか?」
「模様……なんかあった気がするけど、それが一体なんなんだ?」
「あの模様は魔法陣でした。それも、身体を乗っ取るための魔法を行使する魔法陣です」
そう、パールセノンがどうやってレナータちゃんの身体を乗っ取ったのかと言えば、それもまた魔法によるものであった。
俺はパールセノンに挑みかかったあの時、視力強化の魔法を使ってレナータちゃんの身体に起きた異変を観察していたのである。
パールセノンはレナータちゃんに取りついた時に、例の微生物を使って魔法陣を身体中に刻み込んだのだろう。
そして魔法陣を使って身体を乗っ取っているという事は、即ち。
「それで、体内魔法陣無力化くんで何とかなるって……!」
「シャーロットも気付いたみたいだね。そう、体内魔法陣無力化くんをレナータちゃんの身体にぶちまければ、乗っ取るための魔法陣を消すことが出来る」
ただし、パールセノンにそう易々と体内魔法陣無力化くんをかけられるとは思えない。
パールセノン自身の抵抗や、操った魔物達に邪魔されるだろう。
そこで、第一の作戦で相手の戦力を削いでおこうというわけだ。
「という訳で、国の人達は操られた魔物の沈静化を、俺達はそれに並行してレナータちゃんを救う……これが作戦の全容です」
「なー、ダグラスさん。ちょっと聞きたいんだけどなー」
「ん、どうしたんだいエリーちゃん、何か分からない所があった?」
作戦を粗方説明し終えると、エリーちゃんが質問してきた。
「ダグラスさんの作ったマジックアイテムを、皆で使うのは分かったぞー。でも……肝心のマジックアイテムはどこにあるんだー? 国中の皆に使ってもらうなんて、とんでもない数だろー?」
「――――!」
エリーちゃんの鋭い指摘に、俺は驚きで思わず閉口してしまった。
まさか、エリーちゃんに最大の障害を言い当てられるとは思っていなかったのだ。
「……数の方は問題ないよ。魔法使いの国で、体内魔法陣無力化くんを大量に作るよう手配してあるんだ。間違いなく、国中の魔物に飲ませるだけの数は確保してある」
「魔法使いの国だと!? そんな遠くからどうやってここまでそのマジックアイテムを運ぶんだよ!?」
要となるマジックアイテムが、はるか遠くの魔法使いの国にある。
その事実にリアーネさんは声を荒げた。
そう、この作戦最大の障害とは、魔法使いの国から魔物使いの国へ体内魔法陣無力化くんを持ってくることにある。
魔物使いの国が滅ぶ瀬戸際にある今、通常の運搬手段では遅すぎる。
「あっ! でもダグラスさんなら「あの魔法陣」を使えば魔法使いの国まで行けますよね!?」
シャーロットはこの問題を解決できる可能性に思い当たり、表情を明るくした。
そう、幸い――否、不幸にも素早く運搬できる手段はあるのだ。
「そう、だね。……危ない橋を渡るけど、俺がマジックアイテムをここまで運んでくるつもりだよ」
「え? 危ない? それってどういう――?」
魔法陣の上に乗ったモノを、もう一方の魔法陣の上へ移動させるマジックアイテムがある。
大地に循環する魔力を利用することで、どれだけ距離が離れていようと関係ない。
この世界のどこだって繋ぐことが出来るそのマジックアイテムは、「めっちゃ進めるくん」という。
一方で、このマジックアイテムは二つまでしか配置してはならない。
三つ目を置いて転送を行えば、二つの転送先へと真っ二つにされて送られるからだ。
今この世界に配置されているめっちゃ進めるくんは、ユビキタス家の屋敷とレナータちゃんの実家の二つ。
「決まってるだろ? レナータちゃんを助けるために――命を賭けるのさ」
俺はこの場に三つ目のめっちゃ進めるくんを作り出し、マジックアイテムを持ってくるつもりだった。