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88話:彼女を救うため、この日常の幕を引く

お待たせしました、88話更新となります!

 俺は、マンティコアとして過ごすこの偽装生活をどう思っていたのか。


 最初は本当に運が悪く巻き込まれてしまっただけだと、そう思っていた。

 偽装生活をやるつもりなんて全くなくって、ただ犯罪者にはなりたくないから必死にこなしていただけだった。



 でもレナータちゃんと一緒に過ごしていく内に、俺はレナータちゃんの事が気になっていった。

 レナータちゃんと昔の俺はどこか似ていたから、というのも勿論ある。

 俺をティコとして大切にしてくれる彼女に情が移った、というのもあるのだろう。


 ともに過ごした時間が長くなるにつれて、俺にとってもレナータちゃんは「相棒」となった。


 やがて俺は、ダグラスとして彼女の将来について忠告してみたり、ティコとして彼女の理想の将来探しやアルバイトに付き合ってみたりした。

 きっと、昔の――偽装生活を始める前の俺では、考えられなかっただろう。


 結局の所、俺はこの偽装生活を気に入っていたのだ。

 レナータちゃんなら、俺とは違うもっと素晴らしい将来を選択できると期待していたのだ。

 俺はティコとして、彼女がどんな人生を歩んでいくのか―――彼女の隣で見届けたかったのだ。



 ――それが、まさか、こんな形で終わりを告げるなんて。





「――――」


 植物の蔦に貫かれた「着ぐるみマンティコアくん」の横で、俺は立ち尽くしていた。

 着ぐるみマンティコアくんは中身が無くなったせいで、ふにゃふにゃの皮だけと化している。


「ダグラス、さん……?」


 シャーロットが、震える声で俺の名前を呼ぶ。

 この場の全員の視線が、ダグラス(おれ)へと突き刺さっていた。

 

「ティコ……? おい、お前、誰だ……? なにが、どうなってやがる?」

「な、なんでダグラスさんがココにいるんだー……? ティコはなんで、ふにゃふにゃに……?」

「こ、これは……お主は一体……!?」


 目の光景に、全員が驚愕している。

 今までティコだと思っていたソレが、皮を被っていただけの人間だったという事実を、認識できてすらいない様だった。



(――――)

 

 ―――言葉が、出ない。

 頭が真っ白になって、何も考えられない。


 決して明かしてはならない秘密が、最悪のタイミングでばれてしまった。




『「―――くっ、くふふふふふ! く、くふっ、ふふふ!! まさか、まさか中に人間が入っていようとはな!!! 死んだマンティコアの皮を被った人間か! くふふふ面白い! 面白い事を考える人間もいたものよ!!!」』 

「―――っ!!」


 ただ一人、パールセノンだけは俺を見て大笑いをしていた。

 レナータちゃんの身体で、ティコが死んでいたという事実を笑った。

 彼女に絶対させてはいけない、その行為を―――




レナータちゃんの顔(そのかお)で――――笑うなぁっ!!!」


 怒りが頂点に達する。

 コイツにレナータちゃんの身体を好きにさせるのが我慢ならない。

 真っ白になった頭がぐつぐつと煮えたぎる。



『ガォォォッ!!!!』

『「!」』


 着ぐるみマンティコアくんに魔力を送り、遠隔操作で再起動。

 胸を貫いたままの蔦を尻尾のひと薙ぎで切断し、パールセノンへ向けて襲い掛からせる。


「ラフ、ラム――」

『「ほう、単独でも動くようになっておるのか、つくづく面白い」』


 着ぐるみマンティコアくんに気を取られている隙に、俺も魔法を詠唱する。

 俺はティコとの二人がかりとなって、パールセノンへと立ち向かい――――




『「面白い、が――気になった事はもう片付いた。わらわは国を作る作業に取り掛からねばならぬ。余興はもうよい(・・・・・・・)」』



 パールセノンが表情を氷のように冷たくした瞬間。

 大木の如く太い蔓が一斉に、火山が噴火するかの如き勢いでその足元からり上がった。

 それは巨大な壁となって、俺達の前に立ちふさがる。


「――――!!!」

「きゃあああ!?」

「うおおお!?」

「のわーーー!?」

「むぅぅっ……!」


 レナータちゃんの最大の魔法「名無しの森」すら上回る、爆発的な植物の成長。

 あまりの勢いに大地は地震を起こしているかと錯覚するほどに揺れ、落ちてくる瓦礫への対処や態勢を保つことで精いっぱいとなってしまう。


(一体何をする気だっ……!?)


 見ればパールセノンは、伸びあがっていく蔦の上に立ち、どんどん高い所へと登っていく。

 周囲からは次々と蔦が生えてきて、それらは成長し、結びつき、一つの形を成そうとしていた。



『「くふ、わらわの城が完成じゃ」』


 そうして成長しきった蔓の軍勢は、巨大な城の形をとっていた。

 アルラウネの女王を迎える、深緑の城砦。



『「――さあ、わらわの一部、従僕の蔓、あるいはモンスターフードを食した魔物達よ。女王の降臨である! 女王たるわらわの命に従い、仮初かりそめの主を捨てよ!!!」』

 

 パールセノンはその城の頂点に立ち、そう宣言する。

 その瞬間、パールセノンの額の宝石から眩い光を放つ。


 間違いない、パールセノンは国中の魔物達を操るつもりだ。



「くそっ……!」



 ブチ切れてたお陰か、一週回って冷静になった俺は辺りを見回す。


 パールセノンは遠い場所にいて、その行為を止めることは出来そうにない。

 そして、未だ俺がティコであったことの衝撃が抜けきらない他の皆。

 そうこうしているうちに、メルツェルの支配下にあった筈の魔物に敵意が宿っていくのも感じ取れる。


 状況が、加速的に悪化していく。

 そしてなにより、今のままではレナータちゃんの肉体を取り返すことが出来ない……!

 


「皆っ!! いったん引こうっ!!!」

「「「「!」」」」


 ならば、ここはもう逃げの一手を打つしかない。

 俺は混乱の渦中にある皆に向けて、大声でさけんだ。


「学園長! 魔物使いの学校なら、モンスターフードを食べてる魔物は少ないはず! あそこを避難場所に!」

「た、確かにあそこは適切じゃが、君は一体……!?」

「俺の事も、俺が今まで何をしてきたのかも、全部そこで話します!」


 この場で一番冷静になれるだろう学園長に向けて、魔物使いの学校へ逃げるよう促す。


「まてよ! てめぇいきなり出てきて逃げるだぁ!? ふざけんな! あそこには俺の娘がいるんだよ!」

「――っ、すみませんリアーネさん! でも、お願いします! 俺に考えがあるんです!」

「そんなの信用できるか!」

「レナータちゃんを無傷で助けられるかもしれないんです! そのために、今は引いて準備をさせてくださいっ!」

「~~~~っ! くそがっ、後でしっかり事情は聞かせろよ!」

「はいっ!」


 リアーネさんは俺の提案を突っぱねるものの、レナータちゃんを助けるためであると話すと、辛うじてだが納得してくれた。


「ダグラスさん……、その、私、何が何だか……」

「シャーロット、エリーちゃん。今は混乱してると思う、無茶を言ってるのも承知の上だ。だけど、ここは一緒に逃げてほしい」

「うー……、ダグラスさんは、良い人なんだよなー……?」

「……っ。その答えは俺が学校で全てを話してから、君たちが決めてくれ」

「……わかりました、ココ、行くわよ」

「キュアー!」


 シャーロットとエリーちゃんの二人はひどく狼狽えていたものの、これまでの信頼もあってか俺のいう事を素直に聞いてくれた。

 ……きっとその信頼も、事情を話せば失われてしまうのだろうけど。



「クゥーン、クゥーン……!」

「っておわ!? ウルフヘジン……って、それ……メルツェル?」

「クゥーン……」

「安全なとこまで、連れて行って欲しいのか?」


 全員を説得し、さあ植物園を脱出しようとしたその時、一匹のウルフヘジンが俺の前に立ちふさがった。

 そのウルフヘジンは気絶したメルツェルを抱きかかえ、俺に差し出すような素振りを見せている。

 ……今にもパールセノンの命令に従いそうになる身体を、押さえつけているようにも見えた。


「わかった、連れて行く」

「アォン……」


 この事件においてメルツェルは只の被害者だった、ならば連れて行かない理由は無い。

 メルツェルを遠隔操作した着ぐるみマンティコアくんの上に乗せる。

 ウルフヘジンは済まないといった様子で、短く吼えた。



(レナータちゃん……)


 植物園を出る直前、俺は一度だけ彼女の方を振り返る。

 たとえパールセノンに身体を乗っ取られていたとしても、俺は彼女の前で正体を明かしてしまった。

 その事実が頭によぎった途端に、ずきん、と胸に刺すような痛みが走る。

 ……全てが終わった時、俺は彼女に何といえば良いだろう?


(――ッ。今は、それを考えてる場合じゃない……)


 一番すべきことは彼女を助けるために行動することだと、首を振って不安を紛らわせる。

 俺達は植物園を後にして、魔物使いの学校へと避難するのであった。




 そうして、学校へと向かう俺たちの目に入ったものは。


「ブルヒヒィィン!!!」

「くそっ!? おちつけグレープ! うわぁぁぁ!!?」


 植物園に向かっていたはずの憲兵隊、秩序を守る彼らの愛馬グレイプニルが暴れ狂い、馬上の彼らを振り落とす姿。



「ダメ! 燃やしちゃだめよバオリー! どうして……どうしていう事を聞いてくれないの!!?」

「ブシュゥゥゥ!!」


 相棒の火トカゲ(サラマンダー)が今まで暮らしていた家を焼き払う事を止められもせず、若い女性が悲鳴を上げる姿。



「だめだアリアっ! 今ポチマルに近づいちゃだめだ!」

「でもお兄ちゃん、ポチマルが……ポチマルが……」

「ガルルルルル!!!」


 幼い兄妹が、突如として牙を向いた愛犬に対し泣き叫ぶ姿。


 いつもの活気あふれる姿は見る影もなく。

 心から信頼していたはずの魔物達に反逆され、人々が絶望に染まっていく姿が、駆ける俺たちの視界に入ってくる。


 パールセノンめ、本当に魔物達を操って人間を追い出すつもりなのか……!


「皆さん! 魔物を置いて学校まで避難してください!! 他の皆さんにも同じように伝えてください!!」


 絶望が広がっていくその光景に対し、俺たちは学校へ避難するよう促すことしかできない。

 

(くそっ……!)


 現状ではなにもできない事実に打ちのめされながら、学校へ向かう。






「学園長殿! 空いた教室の数も十分、国民の避難状況は順調であります!」

「うむ、御苦労。引き続き頼む。一人でも多くの国民をここへ避難させるのじゃ」


 衛兵が学園長室のドアを開け、ハキハキとした声で報告すると、学園長はゆっくりと頷く。

 学校にたどり着くや否や、学園長は職員や無事な憲兵隊へと指示を出し、この場所を国民の避難所として機能させていた。



 ――俺たちがここにくるまでのわずかな間に、魔物使いの国は大混乱に陥っていた。


 パールセノンによる魔物の一斉蜂起……その数は定かにはなっていないものの、モンスターフードの普及率からして、国で飼われている魔物の半数はパールセノンの支配下にあるかもしれないと、学園長は言っていた。


 操られていない魔物というのは家畜として飼われているのが大半で、これはモンスターフードが飼料として扱うには値段が張っていたからに過ぎない。

 他に例外があるといえば、モンスターフードを警戒していたこの学校の魔物や、モンスターフードを使わない物好きな魔物使いの相棒くらいである。


 その結果、操られている魔物のほとんどは愛玩、あるいは戦いのために相棒として飼育されてた魔物であった。



「――ふぅ、モンスターフード、いやパールセノンか……ワシの想像以上に危険な代物じゃったとはのぅ」

 

 衛兵が学園長室から立ち去る事を確認すると、学園長は長い髭を撫でながらため息をついた。

 その視線の先には、この混乱の間接的な原因……深いダメージを負い未だ気絶したままのメルツェルがベッドに寝かされていた。


「じじい、なんか知ってたのか」

「……ただの推測じゃったよ。メルツェル君が提出してきたモンスターフードの情報は完璧じゃった。あらゆる魔物が摂食でき、なおかつ栄養豊富、そしてこれによる魔物の餌付けは非常に効果が高い。まさに、魔を飼うものメルセスの伝説の真髄は、この食物にあったと確信できるほどじゃ」


 かつてメルツェルが提出していたモンスターフードの資料を、どうやら学園長はしっかりと読んでいたらしい。

 学園長はモンスターフードの効果事態は認めていたのである。

 しかし、学園長は「それゆえに――」と言葉をつづける。


「故にじゃ、ワシはモンスターフードを疑っておった。それ程までに完璧な食物を、なぜメルセスは後世(・・)に伝えず(・・・・)禁域の森(・・・・)へ持ち出したのか(・・・・・・・・)。そこには何か明かされぬ秘密があると睨んでおったのじゃ」


 モンスターフードが魔物を手懐けるのに最も適しているのなら、なぜそんな便利なものをメルセスは魔物使いの国に残さなかったのかという疑問が、学園長にはあったのだ。


 魔を飼うものメルセスは、その最後を魔物使いの国で過ごさず、放浪のうちに没したと伝えられている。

 パールセノンの証言から察するに、メルセスはこの事態を見越して、この国からパールセノンを遠ざけたのだろう……。



「その秘密が、あのパールセノンっつー魔物だったわけだ」

「うむ……なんの因果か、メルセスの子孫であるメルツェル君が、パールセノンを持ち帰ってしまったとはのぅ……」


 学園長はモンスターフードに疑問を持ちながらも、この事態を未然に防ぐことができなかった事を後悔しているらしい。



「……ったく何か知ってると思ったらそんなことかよ」


 リアーネさんはそんな学園長の後悔をばっさりと切り捨てるように言い放つ。


「じじい、いま重要なのは、どうやってレナータを助けるかって事と……コイツ(・・・)が今まで何をしてきたのか、洗いざらい吐かせる事だろ」

「…………っ」


 じろりと俺を睨みつけるリアーネさんに、怖気が止まらなくなる。

 ついに、恐れていた時が来ててしまった。

 偽りの日々を過ごしてきた事を、断罪されるこの瞬間が。 


「ダグラスさん……」


 シャーロットが不安そうに俺の名前を呟く。

 隣のエリーちゃんもまた、俺を不安げに見つめていた。

 2人とも俺の事を、必死に信じてくれているようであった。


「おい、そろそろ話せ。てめえは何なんだ?」


 だが、俺はその信用を一度裏切らなければならない。



(……怖い、な)


 口の中がカラカラに乾き、緊張で手が震える。

 ティコになり替わっていたのは事故みたいなもので、成り行きだった――ともすれば、保身の為の言い訳が出そうになるところを、ぎゅっと抑える。


 誤魔化すつもりは毛頭ない、すでに事態は誤魔化しが効かないところまで行ってしまっている。

 なにより、ここで俺がやるべきことは、きちんと真実を話して――



「……俺の名前は、ダグラス・ユビキタス。ギュンター卿からの依頼により、ティコの死を偽るためその皮を被り、ティコに成り代わっていた者です」


 ――この偽装生活の幕を引き、レナータちゃん救出に協力して貰えるだけの信用を再び得ることだ。

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