87話:妖華憑臨
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そして、お待たせしました……急転直下の87話になります!
「っグググ……」(いっててて……)
メルツェルに渾身の体当たりをぶちかました俺は、地面に這いつくばり傷む顔面をさすっていた。
すごい勢いでぶつかったからなぁ……いくらマンティコアの皮を被っていても、痛いものは痛い痛い。
「…………」
(でも、お陰でメルツェルは完全に気を失ってるみたいだ)
メルツェルは少し離れた位置で仰向けにぶっ倒れており、ピクリとも動く気配はない。
もとよりリアーネさんの一撃をモロに受けていた身で止めの一撃を喰らったのだ、意識を取り戻しても碌に動けないだろう。
「はぁ……はぁ……お、終わったの?」
「キュ、ククッ……」
気絶したサンドワームを下敷きにして、シャーロットとココは周囲を見渡していた。
あたり一帯に展開していたメルツェルの魔物たちは、俺たちに襲いかかることもなく、ただひたすらにその場で茫然と立ち尽くしている。
「クェェ……」
「ん? 終わったか……っち。これはこれで物足りねーな」
「んなぁぉ」
ルフ相手にグラウンドパンチを打ち込もうとしていたリアーネさんは、突如敵意を失ったルフを見て終わりを察したようだ。
自慢の統率力も、どうやらご主人様あってのものらしい。
正直言って、メルツェルを倒してもこいつらが止まる保証がなかったものだから、俺は内心ほっとしている。
「いたた……。あっ、メルツェル先生。大丈夫ですか……?」
ぶつかった衝撃で、レナータちゃんは俺と離れた位置に投げ出されている。
倒れているメルツェルとも近い場所にいるからか、彼女は起き上がるなり視界に入った彼の心配をしていた。
モンスターフードで相棒たちの命を奪って、その上魔物をけしかけてきた相手だというのに、本当に優しい子だ。
レナータちゃんはいち早く起き上がって、メルツェルの容態を確認するべく、そちらへと歩いていく。
これでメルツェルも捕まり、モンスターフードの製造も止まるだろう。
俺がこの偽装生活を始めるきっかけとなったティコの死、その元凶に決着がついたのだ。
――俺は、この時本気でそう思っていて、メルツェルに近寄るレナータちゃんを呑気に見ていた事を、後悔し続けることになる。
《一体どうしたんだ!? ってか今、メルツェルの胸で何か光ってたような――》
メルツェルの様子がおかしくなったあの瞬間、俺だけが気付いていた違和感の正体を、もっと考察していれば。
何も知らないと言わんばかりだったメルツェルの態度に対して、もっと考えていれば。
この偽装生活を、続けることができただろうに。
『――――くふ、くふふふ……待ちわびておったぞ、この時を』
「え?」
レナータちゃんがメルツェルを抱き起こし、肩を貸して歩こうとしたその瞬間。
初めて聞く女の声が、メルツェルの胸から――「パールセノンの星」から聞こえて、そして。
『漸く、わらわの器となるに相応しい肉体を――手に入れられる!』
どぱ、とパールセノンの星から触手のように大量の蔦が生え、レナータちゃんの身体中へと巻きついていった。
「っきゃぁぁぁぁ!?」
「ガオォッ!?」(レナータちゃんッ!?)
レナータちゃんの悲鳴を聞いて、俺は状況がまるで飲み込めないまま、彼女を助けるべく駆け出した。
何が何だかわからない、けれどあの首飾りがレナータちゃんに対して、取り返しのつかないようなヤバい事をしようとしているのだけは、直感で分かる。
「いやっ、なに……!? 離してっ……んんっ!」
パールセノンの星から大量に生えた蔦は、レナータちゃんの動きを封じ込めるようにその肢体に這い回る。
さらに言えば星型の宝石部分が、レナータちゃんの顔へとどんどん近づいている。
「――ッ!? レナータ! どうしたの!!?」
「おいレナータ!?」
「レナータ大丈夫かー!?」
「レナータ君!?」
一歩遅れて皆も異変に気付き、一斉にレナータちゃんの方へ動き出す。
急げ、走れ、駆けろ、一刻も早くあの首飾りを破壊しないと――
『くふふ……無駄じゃ。これほど優れた器、わらわが逃すはずなかろう? ほれ――』
「うぅっ……!? あ、あ……頭に、入って……ああぁ……」
またあの女の声がした途端、レナータちゃんの眼前まで移動した宝石部分から緑色の光が発せられる。
光を見たレナータちゃんは抵抗する力が奪われているように見える。
(あれはまさか――洗脳魔法か!?)
『――おぬしはわらわの器、わらわの依代、意思は要らぬ。故に眠るがよい、心地よく……』
「や……あっ……ふあぁ……ぁ」
まずいっ、まずいまずいまずいっ!!!
レナータちゃんの瞳から光が失われ、その瞼は眠るように下がっていく。
「ガウッ……!!!」(とどけっ……!!!)
――それでも間に合う、大丈夫だ、俺の駆ける速度の方が速いっ!
大きく右腕を振り上げ、指の間からナイフの如き大爪を展開。
パールセノンの星の宝石部分めがけて、全身全霊最速のネコパンチを叩き込み。
『先ほどからおぬしら、目障りじゃな』
「ガッ……ア……!?」
―――叩き込め、なかった。
その直前で、真下から生えてきた太い蔓が、がっしりと俺の胴体に巻き付いていた。
見れば、他の皆も同じように蔦に捉えられてしまっている。
魔法にしては余りにも発生が早く、そして強大な出力に、あのリアーネさんですら捕まっている。
これはまさか、魔法じゃなくて――
『人間と魔物如きがわらわの邪魔をするでない』
「ガァァァァ!!?」(うわぁぁぁぁ!!?)
ぶん、と俺達は空中へと放り出され、無様に地面へと叩き付けられた。
ダメだ、早く行かないとレナータちゃんが……!
「…………」
「グッ……ガォォォッ!!!」(くっ……レナータちゃんっ!!!)
かくん、とレナータちゃんは頭を垂れる。
動け……動け俺の身体っ……ご主人様の危機なんだぞっ……!
『「…………くふ、くふふふふふ。わらわの力に勘付かれた時は肝が冷えたが、上手くいった……! これで、この娘の肉体はわらわのものとなった……!」』
「ガァ、ッ……!?」(レナータ、ちゃん……!?)
パールセノンの星は月桂冠の如くレナータちゃんの頭に冠状になって巻きついていた。
その肢体や顔には、茨模様の紋様があちこちに浮かび上がっている。
そして、彼女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべ、発する声は彼女の声と正体不明の女の声が重なっていた。
そう、俺は――俺たちは、間に合わなかった。
「おいレナータ! レナータっ!! しっかりしやがれっ!!!」
『「無駄じゃ、この娘の精神には眠ってもらった。二度と目覚めさせる事はない」』
「――ッてめぇ!」
『「おおっと、わらわを無理やり引き剥がすか? おぬしの力なら可能かもしれぬのぅ? もっとも、それを行えばこの娘の精神は引き裂かれ、廃人と化すじゃろうが」』
「っ……くそがぁっ……!!!」
パールセノンの星を引きはがしにかかろうとしたリアーネさんは、その言葉を聞いて思わず手を止めた。
リアーネさんは歯がみしながら、レナータちゃん……否、彼女を乗っ取った何者かを睨みつける。
……あまりに狡猾な手法、こいつの言うことの真偽に関わらず、その可能性があるだけで俺達は手出しが出来なくなってしまった。
「てめぇ、何者だ。レナータに何しやがった」
『「わらわに名乗らせるか、無礼者め。じゃが許そう、わらわはいま気分が良い。……わらわの名は「パールセノン」、アルラウネ種の頂点に立つ者。この娘は、光栄にもわらわの新しい器に選ばれたのじゃ」』
モンスターフードの原料、パールセノンと全く同じ名前を名乗ったソイツは、自分をアルラウネ種の魔物だと言った。
アルラウネ……それは知性を得た植物型の魔物の総称だ。
植物そのものな見た目をしているものから、中には人を模した姿をとる種類も存在すると聞いた事がある。
だがしかし、人語を喋り、人の体を乗っ取るといったことは聞いたことがなかった。
「器って……! レナータを物みたいに言うんじゃないわよ! 今すぐ身体を返しなさい!」
「キュアッ! キュアーッ!」
『「……生意気な小娘じゃな、オマケにドラゴンまで従えておる、まったく忌々しい……。この国の礎を築いたわらわに対しその態度、無礼極まりないぞ」』
レナータちゃんの体を自分の物と言って憚らないその態度に、シャーロットは思わず声を荒げる。
が、パールセノンと名乗ったソイツの口からは、さらに衝撃的な言葉が飛び出す。
「!? この国の礎ってどういうことよ……ま、まさか500年以上も生きたアルラウネだっていうの……!?」
『「レディに年を聞くとは、躾もなっとらんようじゃな……。いかにも、おぬら人間の言葉で言うなら、わらわは古代種と呼ばれる魔物。そこらの魔物とは格が違うという事を知れ」』
「古代種ですって……!?」
古代種、それは遥か昔に誕生し、今もなお生き続ける魔物の事だ。
凄まじい生存競争が行われる外の世界において、長い年月を生きるという異常を許される程の強大な力を持つ個体、人々はその魔物をエンシェント――あるいは、古代種と呼ぶのである。
つまりこいつは、怪鳥ルフやシャッピー以上に強大な魔物なのかもしれなかった。
「パールセノン……といったの。モンスターフードを食べた魔物を殺したのも、そして先のメルツェル君の暴走も……お主の仕業じゃな?」
学園長はパールセノンを指差し、そう言い放つ。
すると、パールセノンはレナータちゃんの顔で、にぃぃと邪悪な笑みを浮かべた。
『「くふふ、御名答。わらわの肉体の一部を食したにも関わらず、わらわのいう事を聞かぬ魔物は皆殺した。メルセスの子孫は、わらわの器となる才能が無かったゆえ、無理やりに動かしたからあのようになったのじゃ」』
(こいつが……!)
パールセノンの告白により、俺の頭の中に渦巻いくいくつかの疑問が氷解する。
なぜ呪いをかける手法が微生物を使った特異な方法だったのか。
そして、何故メルツェルは最後まで自分の関与を否定したのか。
答えは実に単純。
――万能食物パールセノンは微生物も含めてこのアルラウネの身体の一部であり、摂食により魔物を従える手段であったということ。
――洗脳の呪いにより魔物を殺そうとしたのはメルツェルではなく、このパールセノンの星の「正体」であるパールセノンだったということ。
この事件は、パールセノンがメルツェルを利用して引き起こしたことだったのだ。
「ならばパールセノンよ、お主は何が目的じゃ。魔物を洗脳し、レナータ君の身体を奪い……なぜこのような事をする?」
事件を引き起こした原因について学園長が問い詰めると――パールセノンは笑みから一転して、苛立った表情となる。
『「何が目的じゃと……? そんなものは決まっておる、メルセスとの契約を果たすためじゃ」』
「契約……?」
『「メルセスの小僧め、わらわを利用するだけしておいて、わらわについて伝聞ひとつ残さなかったようじゃな……! よく聞くがいい、何も知らぬ愚か者ども」』
そうしてパールセノンは、怒りの表情のまま語りだした。
この魔物使いの国がどう成り立ったのか、そして魔を飼う者メルセスの真実を。
『「遥か昔、この国が興る前。わらわはエンシェントドラコンと相討ち、本来の肉体を失ったまま。分け身たる「従僕の蔓」のみを伸ばし、僅かな下僕を従え細々と生きる事を強いられておった」』
『「そんなわらわを見つけたのが、魔物から逃げ隠れしながら生きる一族の人間、メルセスじゃった」』
『「わらわとメルセスは、一つの契約を交わした」』
『「わらわは魔物を操る力を貸し、魔物どもを人間にも従うようにする事。その対価として人間どもはわらわの力をより効率的に広め、魔物を扱う者たちの国を興し、肉体を失ったわらわに新しい器の献上と女王の地位を約束する……そういった契約じゃ」』
『「――じゃが、メルセスはわらわを裏切った。国を興した後、わらわに器を献上せぬまま不毛の土地へ封じ込めた」』
『「それから何百年、そこのメルセスの子孫がわらわ見つけ出すまで。わらわはずっと屈辱的な日々を送り続けておったのじゃ」』
思い出すのも忌々しいといった風にパールセノンの表情はどんどん不機嫌になっていく。
一方の俺たちは、何百年も前の隠された真実に、衝撃をうけて固まっていた。
今の話が真実だとしたら、魔を飼う者メルセスはとんだ詐欺師だ。
ありとあらゆる魔物を従えたのも、この魔物使いの国を興したのも、全てはこのパールセノンの力を利用しただけじゃないか。
「ま、まさか……お主の目的はっ……!」
今し方聞いたメルセスとの契約の内容、それを聞いた学園長は酷く狼狽している。
そうか、メルセスの契約を果たすということは、こいつの目的は……!
『「くふ、いい驚き具合じゃ。わらわの目的は契約の通り新たなる器を手に入れ、魔物の女王として君臨しこの国の支配者となること」』
『「そしてわらわを陥れた人間どもは、わらわの国には要らぬ。1人残らず出ていってもらうことにしよう」』
魔物使いの国の支配、そして、人間達への復讐。
「なななな……! め、めちゃくちゃだぞー! いきなりそんな何百年も前の話の所為で、レナータやみんなが犠牲になってたまるかー!」
余りにも荒唐無稽で理不尽なその目的に、エリーちゃんが思わず叫ぶ。
この国に居る人達は、みんな強い訳じゃない。
過酷溢れる外の世界に追い出されれば、いったい何人の犠牲が出るか分かったものではない。
そしてなによりも、そんな契約のせいでレナータちゃんがコイツの器になるなんて、俺が許さない!
『「お主ら人間や魔物どもがどう思おうと無駄じゃ。わらわはたった今、それができる力を手にしたのじゃからな。……さて、目的は話した。わらわからも一つ聞きたい事がある」』
「――ッ」
パールセノンは俺を指差して、そんな事を言い出した。
まるで着ぐるみマンティコア君の中にいるダグラスを見透かすかのようなその瞳に、俺の背筋に怖気が走った。
「わらわは、わらわの言う事を聞かぬ魔物は皆殺した……1匹たりとて例外は無い。そこのマンティコア、なぜ貴様は生きておる?」
「!!!」
ドクン、と心臓が飛び出してしまいそうなほどに高鳴る。
こいつ、まさか……呪いを刻んだ魔物1匹1匹を把握してるっ……!?
このままじゃまずい、でも、どうすればいい……!?
「残念ね! アンタがココやティコにかけた洗脳の呪いは、ダグラスさんが解呪したのよ!」
『「勘違いするでないぞ、小娘。貴様のドラゴンが呪いから離れた事なぞとうに知っておる。じゃがそこのマンティコアは、わらわが確実に殺した」』
「は……?」
シャーロットが得意げに洗脳の呪いを解呪した事を話すが、パールセノンが聞きたい事はソレではなく……。
『「貴様、何者じゃ? 蘇ったとはあり得まい。大方そのマンティコアの死体を操って――――」』
やめろ、それ以上いうな。
それだけは絶対にバレてはいけないんだ。
ティコがダグラスであることだけは、絶対に――――
「――っガァァァアァァ!!!」(だまれぇぇぇぇ!!!)
「ティコ!?」
無我夢中で、パールセノンの口を塞ぐべく俺は飛びかかる。
何か算段があるわけでもなく、ただひたすらに、秘密だけは守る一心からの行動だった。
『「――まあよい。語らぬなら、二度殺せば済むこと」』
「ガ、ア」
ドス、と鈍い音が辺りに響く。
俺が飛びかかるより遥かに速く、地面から蔦が伸び、俺の胸を貫く音だった。
『外装及び内部の結界の貫通を確認、装着者の生命の危機を感知しました。これより緊急脱出機能を作動します』
頭の中で警告音声が鳴り響く。
……着ぐるみマンティコアくんには、着ぐるみの中にいる人間が危険に晒された時、着ぐるみから脱出させる機能が付けられている。
そして蔦による一撃は、俺の心臓を確実に捉えた一撃であった。
つまりこの一撃によって――
「ティコ――――え? ダグラス、さん……!?」
「――っ」
シャーロットが、みんなが声を失う。
着ぐるみマンティコアくんから脱出し、俺はダグラスの姿をさらけ出した。
――俺の偽装生活は、唐突に、終わりを告げた。